会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

あばら家にはどんな人が住んでいるのか

ただ築年数が古いだけではなく、
屋根や壁が壊れたままになってい
たり、いまにもペチャンコにひし
ゃげてしまいそうになってたりす
るあばら家。
 そんな家の住み心地を、当の住
人たちはどんな風に語るのか。
 過去2度に渡って掲載してきた
ルポを、今回は舞台を大阪に移し
て敢行したいと思う。土地柄にふ
さわしい、ユーモアのある返しが
聞ければいいのだが。
一軒目
「今度見つけたら
叩っ殺したろ思てんねん」
 大阪に土地勘がないため、現地
に住む知人から、ボロい家が立ち
並ぶエリアを教えてもらった。さ
っそくその住宅街へと足を運び、
しばらく散策していたところ、目
の前に気になるあばら家が。
 相当に年季の入った木造住宅。
よく見れば、建物全体が左へ傾き、
隣接した鉄筋ビルに寄りかかって
いる。ビル側からすればはた迷惑
もいいところだ。
 インターホンが見当たらないの
で、直接、玄関の引き戸を開ける。
「ごめんくださーい」
 奥の部屋から坊主頭のオッサン
が顔をひょいと覗かせ、こちらへ
ズンズンと歩いてきた。歳は60くらいだろうか。
「誰? なんの用?」
「お忙しいところすいません。通
りを歩いてたらこちらのお宅が目
に止まったものですから。私、古
民家が大好きなんですよ」
 オッサンは無反応だ。が、拒絶
されてるわけでもなさそうなので、
質問を始める。
「この家ってどれくらい古いんですか?」
「さあ、どうやろ。80年は経って
るんとちゃうの? ここ、ワシの
ジーサンが建てた家でな、ワシが
物心ついたときには、すでにボロ
ボロやった気がする」
 オッサンにはお子さんが3人い
るのだが、みなすでに独立して出
ていったため、現在は奥さんと2
人暮らしだという。

「住み心地はどうです?」
「ボロ家やけど、住めば都やし、
タヌキ以外は別に不便はないな」
「タヌキ?」
 オッサンがやっと笑顔を見せた。
「動物のタヌキや。タヌキが家の
中を走り回りよるねん」
 いつごろからか、この界隈に住
み着いたタヌキが、家に侵入して
くるのだという。こんな都会でも
そんなことが。
「外出して家を空けるやろ。そし
たら必ず入ってきよんねん。屋根
に近いとこの壁にスキマがあって」
「この家が好きなんですかね?」
「食いモンやな。米袋とか噛みち
ぎってくし、かなんわ。今度見つ
けたら叩っ殺したろ思てんねん」
 立派なヒゲの生えた口から、
「ふふ、ふふふ」と笑い声を漏ら
すオッサン。いまの話、どこがお
かしかったんだろう。
「そういえば、この家、ちょっと
傾いてません?」
「傾いてるで」
「安全面での心配は?」
「まあ、地震はちょっと怖いけど
な、隣りのビルが支えてくれてる
間は、大丈夫ちゃう?」
「じゃあ、ビルが建て替えること
になったら…」
「たぶん、終わりやな。でもお隣
りさん、ええ人やし、そんなんせ
んと思うけど」
 惚れ惚れするほど図太い人だ。
二軒目
「そのあたりに表札落ちてませんでした?」
 お次もかなりパンチの効いた物
件だ。壁の至る所にヒビが入りま
くり、屋根の一部にはビニルシー
トが。軒下の植木鉢がなければ、
廃屋の可能性を疑うレベルだ。
 こちらのお宅にもインターホン
が見当たらないので引き戸に手を
かけた。カギはかかっていない。
「ごめんくださーい」
 すぐに奥の部屋から40後半くら
いのオッサンが姿を見せた。不意
に質問が飛んでくる。
「そのあたりに表札、落ちてませんでした?」

「え、表札ですか? いや、見て
ませんけど…」
「やっぱないか〜」
 何か困っているらしい。
「表札がなくなったんですか?」
「そうなんですわ。弱ったな〜」
 先ほど出先から戻ってきた際、
今朝まであった表札が紛失してい
ることに気がついたのだという。
 オッサンが尋ねてきた。
「子どものイタズラですかね?」
「さあ…」
「近所にタチの悪い子どもが何人
かいてるんですわ。そいつらの仕
業ってことにしとこうかなあ」
 どうやら問題が解決したような
ので、あらためてあいさつした。
「実は私、古い民家が大好きなん
ですよ。ちょっとお話を伺っても
よろしいでしょうか?」
「まあ、僕でわかることなら」
「この家はいつぐらいに建てられ
たんですか?」
「ああ、そういうのはわからない
です。ただの居候やから」
 詳しい経緯は語らなかったが、
住んでいたアパートを追い出されたため、知人の住むこの家に転が
り込むことになったらしい。
「屋根にビニルシートがかかって
ますけど、あれは?」
「瓦が壊れて雨漏りするからって
ことらしいです。ちゃんと修繕す
るカネがないんと違いますか?」
「この家に住んでて何か不便なこ
とあります?」
 オッサンが力強くうなずく。
「たくさんありますよ。まず、こ
のニオイが嫌ですね。うっすら便
臭が漂ってるでしょ? でもトイ
レはボットンやなくて水洗やから余計に不気味なんです。どっから
ニオイが来るんでしょうね」
 おれも家にお邪魔してすぐ感じ
たことだが、たしかにクソっぽい
臭いが充満している。これは地味
にきつい。
「まだ他にあります?」
「すきま風ですわ。最近、夜と朝
が寒いじゃないですか。夜中、ト
イレに起きるとガタガタ震えるん
ですよ。断熱材も絶対に使ってへ
んでしょうし」
 オッサンは、両手で体を抱きし
め寒がるジェスチャーをしてみせ
たあと、こんなことも口にする。
「あと嫌なのは、ここらのビンボ
ー長屋の住人ですね。人の家の玄
関先に立ちションするとか、酔っ
払ってゲロ吐くとか、そういうこ
と平気でやりよるんですよ」
 そう言うとオッサンは、サンダ
ルをつっかけて家の外をキョロキ
ョロしだした。例の表札がまだ気
がかりなようだ。
「ここに居候さしてくれてる人、
すごく気難しいんですわ。表札が
ないとわかったら絶対に僕のせいにするんやから。あー面倒くさ」
 どうか見つかりますように。
三軒目
「家賃は〜〜、いちまんえんです〜〜!安いです〜〜!」
 次のあばら家もかなりいい味を
出している。
 全面トタン張り、物置小屋のよ
うな外観とサイズ感。周囲の家も
そこそこボロいにもかかわらず、
目立ちまくりだ。
 さっそく引き戸を開けて中へ。
「ごめんくださーい」
「はーい」
 現れたのは50手前のふっくらしたオバハンだ。
 例によって「私、古民家が大好
きでして…」と来意を説明したと
ころ、オバハンが申し訳なさそう
に口を開く。
「私、ヘルパーだから家のことよ
くわからない」
 ことばに関西弁とはまた違う、
妙なアクセントがある。どうやら彼女、この家に出入りする中国人
ヘルパーのようだ。
「この家の方は?」
「部屋で寝てる」
 彼女によると、ここの家人は
90才になる寝たきりのジーサンがひ
とりいるだけらしい。寝たきりだ
と会話は無理っぽいな。別の家を
探すか。
 と、そのとき、家の奥から大き
なしわがれ声が。
「だ〜〜れ〜〜? お〜〜い、誰が来たんや〜〜?」
 ジーサンが寝たまま声を上げて
いるっぽい。ヘルパーが戻ってこ
ないので気になったのだろう。
 こちらも負けじと大声で返した。
「こんにちは! 私、古い家が大
好きなんですけど、お話を伺わせ
てもらえませんか?」
「なんて〜〜〜? よ! よ〜〜
う聞こえまへんね〜〜ん!」
 この後、同じやり取りを2度繰
り返し、ようやく「何が知りたい
のか?」というような返事があっ
たので、質問を始めることに。
「この家は築年数どれくらいなん
ですか?」
「ひ! ひゃくねん以上は経って
るらし〜です〜〜! 家賃は〜〜、
いっ! いちまんえんです〜〜
〜! 安いです〜〜!」
 家賃ってことは、借家なのか。
しかしこんなあばら家が1万円っ
てのは、安いのか高いのか、判断
がつかないな。
「じゃあ、住み心地はどうですか
ね? もし不便なことがあれば教
えてください!」

10秒ほど待っても、ジーサンか
ら返答がない。大丈夫かな? と
少し心配になったとき、ようやく
声が。
「雨漏りが〜〜〜〜するんで〜〜
〜す。あ! 雨漏りが〜〜難儀な
んですわ〜〜!」
 なるほど。いかにも屋根が傷ん
でそうだしな。
「他にまだありますか?」
「水道管が古くて〜〜〜………」
 どうしたのだろう、ジーサンの
声が途中から急激にしぼんでいく。
声が小さくなっても何か言い続け
ているようだが、ハッキリと聞き
取れない。やがて完全にジーサン
は沈黙した。
 ヘルパーがちょっと心配そうに
ジーサンの部屋に向かう。すぐに
玄関に戻ってきた。
「疲れたから寝るって」
四軒目
「変なちっちゃい虫が
湧いて出てきよんねん」
 そのあばら家に出くわしたのは、
古民家が密集する一角に入って、
すぐのことだ。
 パッと見は完全にバラック小屋。
そう思えるのは、大量の家財道具
が玄関の外まで溢れ出し、青いビ
ニルシートが軒先の物干しにかけ
られているからだ。しかし、注意
深く観察するとちゃんとした家の
構造になっている。どんな人が住
んでるんだ?
 無施錠のドアを開けて中に入っ
た。ぷーんとすえた臭いが漂って
くる。ごめんくださーい。
 現れたのはハゲ頭のオッサンだ。50後半くらいだろうか。
「なんの用?」
 表情には露骨な警戒心が。しか
し、おどおどしながら訪問の目的
を伝えた途端、態度が軟化した。
「へえ、古民家が好きなんて変わ
ってんな。でも俺んちは古民家い
うか、ほとんどボロ小屋やで」
「いやいや、ステキですよ。何と
いうか趣がありますよね。住み心
地もやっぱりいいですか?」
「そうやね。悪いか良いかでいう
と良いんとちがう? 自分好みにいろいろと手をくわえてるしな」
 もともとこの家は彼の両親が建
てたもので、2人が亡くなってか
らは好き勝手にDIYを楽しんで
いるそうな。木槌で壁をぶち破っ
て二間を一間にしたり、屋根に自
作のベランダを設置したりして。
「でもな、ベランダ作ったとき、
屋根に穴を開けてしもてん。あれ
は失敗やったな」
「なんで業者に頼まなかったんで
すか?」
「なんでって、カネがもったいな
いやんか」
「穴の開いた屋根は?」
「ん? 拾った板を持ってきて自
分で直したで」
 しかし、修理後は雨漏りがする
ようになり、豪雨のときは大変だ
という。つまり屋根はまったく直
ってなかったというわけだ。
「逆に、この家の不便なところっ
てあります?」
「まあ、築60年以上の家やし、そ
りゃいろいろとな」
「たとえば?」
「まずは便所コオロギがよう出る
ことやな。あれはほんまに嫌やね
ん。便所コオロギ、知ってる? 
めっちゃキショイやろ?」
 便所コオロギが出るのは1年中
らしいが、特に夏場になると、台
所の床下あたりから大量に発生す
るのだという。
「ぜったい、床下に巣かなんかあ
るんやと思うわ」
 遠い目をしてからオッサンが再
び口を開く。
「虫で思い出したけど、畳の下か
らも茶色くて、変なちっちゃい虫
が湧いて出てきよんねん」
 何それ! 
 その後も不便さの説明は延々と
続いた。結局、住心地悪いんじゃん!
五軒目
「四六時中、ねずみが
屋根でレースしとるわい」
 バラック小屋から少し歩いた先
でまたもや香ばしい物件が。
 ひとつの建物に玄関がいくつも
ある長屋のような造りなのだが、壁一面に貼られたトタンが錆びた
り、破損したりしていて、とにか
くみすぼらしい。トタンが剥がれ
てむき出しになった木材がボロボ
ロに腐っているあたり、倒壊の恐
れもある。
 4つある玄関のうち3つは空き
家だが、残りひとつは誰か住んでるようだ。半分開けっ放しのドア
から中に入った。
「すいませーん」
 奥からテレビの音が聞こえるが、
いくら呼んでも家人は現れない。
外出中だろうか。
 あきらめて玄関を出たとき、目
の前に広島カープのキャップをか
ぶったジーサンが立っていた。手
にはストロング酎ハイが握られて
いる。
「うちに何か用?」
「いや、ステキなお宅なので、住
人の方からお話を聞きたいなと思
ったんです。私、古民家が大好き
なんですよ」
 ジーサンは吐き捨てるように言
った。
「何がステキやねん。ただのボロ
長屋やないか」
「けっこう年季が入ってますよね。
どれくらい前の建物なんでしょ
う?」
「知るか、ボケ。そんなもん大家
にでも聞けや」
 酔ってるんだろうか。やけに攻
撃的だが、住人に会えたせっかく
のチャンス、きっちり話を聞かせ
てもらうぞ。
「あの〜」
「なんや」
「できれば住み心地とか教えても
らえないですか? 私もこういう
長屋に住んでみたいんです」
「あのなニーチャン、こんなボロ
ボロの家に住んでて、住み心地が
良いわけないやろ」
「そうでしょうか?」
「当たり前じゃ、四六時中、ねず
みが屋根でレースしとるわい。ナ
メとんか、ボケカス!」
「いや、でも…」
「なんや、まだ何か言うんか。し
つこいなワレ」
 ジーサンの目がスッと座り、ふ
らふらとこちらに歩きだした。う
ーん、こりゃ話し合いにならない
な。てことで退散!