チワワらしき犬を連れて出てくる女性を発見した。
年は40代半ばだろうか、サングラスをかけて赤いコートとは、たかが散歩にしてはずいぶんキメてらっしゃいますなぁ。
●カワイイなぁ。
○……。
●この子のお名前なんて言うんで
すか？
○『モカ』です。
●（しゃがんで犬に触る）モカちゃんカワイイね〜。いやぁ、本当可愛いワンちゃんだなぁ。
○（犬に）良かったねぇ。
●ここはいつもの散歩コースなんですか？
○まあ、そうですね。
●やっぱり色んな人に声かけられるでしょうね。
○アハハハ。
●飼い主としては嬉しいですよね。
○まあねえ。カワイイって言われたらやっぱり嬉しいですよ。
●鼻高々ですね。
○そうねえ。ウフフ。
●でもそれはモカちゃんの手柄ですからね。
○手柄？
●失礼を承知で聞きますけど。
○はい。
●なんというか、けして飼い主さんがチヤホヤされてるわけじゃないってことはわかりますかね？
○ええ？ どうしたの？
●ボクにはどうも、その、こんな人混みにイヌを連れてくるなんて、ご自身がチヤホヤされたいんだろうなぁと思えるんです。
○そんなこと考えてないわよぉ。
●そうですか。じゃあなんでわざわざ人混みに来るんですか？ 散歩なら近所の路地とかでいいんじゃないかと…。
○わざわざって…。
●モカちゃんがもてはやされてるのが、まるで自分がチヤホヤされてるみたいで気持ちいいんじゃないですか？
○…どうかしらねぇ。まあワタシが飼ってるイヌだからそりゃあ嬉しいわよ。
●つまりこのイヌを選んだワタシのセンスを褒めてもらってると思いたいってことでしょうか？
○そうやって言っちゃうとアレだけど…。
●何度も言って申し訳ありませんけど、あくまで人気者は犬だと思うんですよね。
○そうねえ。わかりました。ちょっと考えてみるわね。それじゃあ、ワタシ急いでるから。
自分のセンスを褒められたいってことみたいだ。小走りで逃げていったあたり、あんまり意図は伝わってなさそうである。
次に足を運んだのは原宿・表参道だ。通りは人でごったがえしており、歩くのもひと苦労だ。
人間でさえ歩くのがやっとなのに、オッサンが犬にリードをつけて歩いている。いったいどういうつもりなのか。
●（犬に向かって）おっ、元気だなぁ。
（オッサンに）この子、なんていう種類なんですか？
○ダックスフントだよ。可愛いでしょ？
●へえ。利口そうな顔してるな、オマエ。
○（立ち止まって）お利口だよ。なに、犬が好きなの？
●まあ、はい。
○可愛いでしょ。褒めてもらって良かったな。
●すごい嬉しそうな顔してらっしゃいますね。
○そうだね。犬でも褒められると
わかるもんだよ。
●ああ、そうじゃなくて。
○はい？
●いや、嬉しそうなのはこの子じ
ゃなくて飼い主さんのほうだなぁ
って思いまして。
○あっ、ワタシ？ あははは、そ
りゃあ嬉しいよ。
●ですよね。自分が褒められてる
みたいな感覚ですか？
○まあねえ。
●それはちょっと違うんじゃない
でしょうかね。
○どういうこと？
●ボクが褒めてるのはあくまでワンちゃんのほうなので、ちょっと
違うなぁと思ったんですよね。
○ん？ ああ、そうだね（歩きだす）。
●（追いかけながら）あの、ちょっと待ってください。どうして犬が褒められて嬉しいんですか？
○そりゃあ自分の子なんだからそうでしょう。なに？
●僕は違うと思うんです。ワンちゃんが褒められて嬉しいんじゃなくて、ご自分が褒められたと勘違いしてらっしゃるんじゃないですか？
○え？ よく意味がわからないけど…。
●つまりですね、わざわざこんな人混みにワンちゃんを連れてきたら、こうやって色んな人にチヤホヤされますよね？
○はあ。
●それって、犬が人気者ってことですよね？
○うん。
●でもアナタはそこで、自分が人気者だと勘違いしてるんじゃないでしょうか？ すいません、わかりますか？
○なんとなくわかるけど。それのどこが悪いの？
●悪いとは言ってないですよ。どういう心理でこんなところを散歩させようと思ったのか知りたくて。
○はあ。
●そうじゃなかったら人混みに連れてくる必要がないかと…。ご自宅はこの辺なんですか？
○え？ 家は目黒のほうだよ。
●じゃあ目黒の公園を散歩すればいいと思うんです。
○……。
●ご自身がチヤホヤされたいからって、犬をこんな人混みに連れ出すのは、変じゃないですか？
○それのドコが悪いの？ 犬を連れてここまで来てもいいと思うけどなぁ。
●いや、だから…。
○失礼な人だね（足早に去っていく）。
悪びれる様子すらなかった。このオッサンは確実に、自分がチヤホヤされたくて表参道までやってきたものと考えられる。
