会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

神戸の新開地のドヤ街で呑む

関東民は神戸と聞くとオシャレで上品な港町のイメージがあるが、この新開地の周辺
はいわゆるドヤ街と呼ばれるエリアも一部にあり、日雇いの現場作業員を募集している看板が街のあちこちに掲示されていた。
 さらに東側には福原と呼ばれるソープ街もあり、そこから数十メートルも歩けばやたらデカい場外舟券売り場( ボートピア) が365日絶賛営業中だ。入口には酒類持ち込み禁止の貼り紙がしてあり、場内には平日の夕方にも関わらず、オッサンたちでごった返している。
 一応距離を取るようには注意書きがしてあるが、普通にレースを見ながらオッサンたちが大絶叫していたのでその飛沫から逃げるべく急いでその場をあとにした。
 周囲は当然のように昼間から営業中の呑み屋が多く、その中でもひと際オッサンたちで賑わってたのが紹介された立ち飲み屋だった。
 店の屋根には「酒」と一文字だけ記されており、外までオッサンたちの声が聞こえてきた。
 この手の店は一見さんにはやたら厳しい可能性もあるので警戒しながらドアをゆっくり開けると
「いらっしゃ~い」と桂文枝ばりの明るく通った声で店員のオッサンが言ってくれたのでひとまず胸を撫で下ろした。
 入口すぐ手前のスペースがちょうど1席だけ空いていたのでそこを陣取って瓶ビールと鶏のチューリップを注文。すかさず隣で一人で飲んでいた桂小枝に似た50前後のオッサンが話しかけてきた。
「兄ちゃん、ボートの帰りかー?」
 いきなり見知らぬ相手への第一声がそれかいと思ったが、よく考えたら確かにこの店で他人にそれ以外に掛ける言葉が一個も見当たらなかった。
他愛もないボート談義をしていると「兄ちゃん、どこから来たんや? 地方か?」とそのオッサンに訊ねられた。一応さっきから自分なりに関西弁を使ってたつもりだったが、やたら「ほんまでっか」を多用し過ぎたせいか、地元民ではないとオッサンには見抜かれてしまったようだ。
 自分が関東から来てることを告げるとオッサンは「そうなんや!
自分えらいところから来たな!」

となぜか喜んでくれ、この周囲のオススメの呑み屋を数軒教えてくれた。「信号渡ったとこの赤ひげは行ったんか? あっこの串、安いで。何の肉使ってるか知らんけど。ガハハハ」とテレビで関西芸人がよく使ってる語尾に「知らんけど」を付ける話芸を初めて聞くことができて感動した。
 そのあともこの周囲の呑み屋の特長を一つ一つ説明してくれたが、いかんせんオッサンの歯の本数が人より若干少ないせいか、天龍ばりに滑舌が悪く、店の名前が一個も聞き取れず、あとで食べログで1から調べ直すことにした。ーブルに瓶ビールとチューリップが届き、スマホでそれを写真に収めようと何気なくカシャッとシャッターを押した時だった。そのシャッター音に反応して店員と客のオッサンが一斉にこちらを振り返って怪訝な表情をした。どうやらこの店でカメラはあまりよろしくないらしい。
 確かに近くにドヤもあり、千円の木賃宿が多く点在する地域。きっと訳アリのオッサンたちも多いことだろう。さっきまであんなに饒舌だった桂小枝似のオッサンもそれ以降は日本酒のグラスを目を細めながら静かに傾け、高倉健のように寡黙に飲むようになってしまい、キャラが激変したので躊躇った。
そういえば昔、東京のドヤ街・山谷の呑み屋でも写真を撮った際に店主から「あんた、殺されても仕方ないよ」と言われたのを思い出した。
そのあとは大人しく酒を嗜んで、オッサンに勧められた別の店へそそくさと移動した。
 その立ち飲み屋でも別のオッサン︵タージン似、推定50代半ば︶からボートの話を持ち掛けられて、今度はスマホは取り出さないように細心の注意を払いながら相槌を打った。ただ何度数えてもそのタージンの右手の指が一本足りないような気がしたので、粗相の無いように両手でコップを持ち、茶道で煎茶を頂くかの如く背筋を伸ばして酒を嗜んで退店。
そのあと2軒ほど同じような店をハシゴして最後に福原をくまなくパトロール。神戸の長い夜を堪能して翌日帰京した。