会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

毛皮展示会商法の洗脳方法

「土日でできるアルバイトがあるんだけど、怪しそうだから体験してきてくれないか」という。絶妙なタイミングにして絶叶の仕事が来たもんだ。バイト代を懐に入れながらリポートを書き、ダブルで稼ぐ。今の自分にとっては、渡りに舟以外のナニモノでもない。載っていたのは某夕刊紙の三行広告内にある求人コーナーだ。
そもそも土日のイベントという言い方自体、相当暖昧だ。オタク系コミケのスタッフか、それともコンサートか何かのタコ焼き屋か。範嬬があまりに広過ぎて皆目見当がつかない。翌日、広告に載っていた携帯電話番再号をプッシュしてみると、若い男の声が聞こえてきた。
「ハイ、塩田です。どの媒体をご覧になったのでしょうか?」
「夕刊××ですけど。あのコレ、何の仕事なんですか?」
「今回は、お祭騒ぎしながら毛皮を売るというのがテーマなんですよ。それ以上は事務所に来てからになりますので。前日に1回、来る1時間前にもう1度電話してから来てもらえますか」
その異様さは十分伝わってきた。まず、お祭り騒ぎと毛皮というワケのわからない組み合わせ。お祭的イベントで毛皮の販売員を募集していることくらいはおおよそ察しがついたが、二度も電話をかけさせる慎重さはなんなのか。どこかに裏があるとしか思えない。気になったのがその丁重な説明口調の背後から聞こえてくる爆音に近いユーロピート。パチンコ屋でもこうはうるさくないだろう。それとも、すでにお祭り騒ぎとやらが始まっているのか。
夜8時、電話の男に言われたとおり、事務所へと出向く。場所はJR山手線某駅近くの雑居ビルだ。エレベーターがピンポーンと指定階に到着。と、眼前に広がったのは、オフィス…じゃないぞ、これは。確かに、落ちついた照明や小ギレイな応接間はちょっとした商談スペースという感じもしなくはないが(奥半分はガラスの間仕切りで隠されている)、電話で聞いたあの爆音ビートが声がとんでもない音量で鳴り響いている。ピンサロならまだしも、普通のデスクワークがこんな環境でこなせるとは到底考えにくい。
ボーッとしていると、居合わせた背広姿の男たち5〜6人が(以降チーフと呼ぶことになる)、いっせいに士屋とかけてきた。
「ウォォォーはようございます!」
威勢が良すぎるのは、どうも騒音のせいだけじゃないらしい。下は高校出たてのような若造から、上でもせいぜい20代半ばくらい。田舎のホスト然とした風貌が忙しそうに動き回っている。
「ど-もど-も、よくいらっしゃいましたぁ」
電話の主、塩田も20代半ばの男だった。180はゆうにある長身、グリーンのダブル、笑っているように見えてその実、ドーピングしたかのように血走っている目。そして、その上にはケンカの跡らしき古傷…。どうやら高卒の若造とは格が違うようだ。彼の説明によれば、このA社は、大阪に本部を持つ毛皮製品の販売会社。毎月、全国各地で即売会を設けているという。即売会では5〜700着の毛皮が並び、1日の平均売上はなんと2億円。業界6割のシェアを持つ会社がバックにあり、会場も毛皮もそこから調達
できるので、ほとんどコストがかからないらしい。
「で、今回は販売員っていうか、いっぱい着させてあげるから一緒に遊ぼうよ、お茶飲みに来てよ、って感覚なんですよ。専門の知識なんかいらないし、みんなで夢を実現させようって目的さえあればでいいから」
壁に目をやると、確かにそこには夢の数々が。免許を取る、一人暮らしのための資金を稼ぐ、外国を3ヵ月旅する、車を買う、店を持ちたい…。1人5つほどの目標が壁一面、百人分ぐらい貼られている。正月、帰省するための新幹線代を稼ぎたい僕とは大違いである。それもそのはず、このバイト、自分が売った分の1割が手に入るフルコミッション制なのだ。逆に一着も売れなければ、もちろんタ
グ働きになってしまう。塩田は言う。「買ってくれなさそうな男の客でも大丈夫。僕だって最初の客は洋服に無頓着なネクラくんだったんだから。何着も着せてあげて似合うよって言ってあげたら、ものの5分で商談成立してね、あれは15万円だったかなあ」
言っておくが、15万は商品の値段じゃない・彼が儲けた額である。そう、この男は1着150万もの毛皮をたった5分で売ったと言っているのだ。いったいどんな即売会なんだよ。
「毛皮の値段?下は5万から上は2千万まで。デパートでも見れない貴重な商品まで揃ってますよ。見てみます、実際の商品」
ア然とする僕に向かって、当たり前のように答える塩田。見せてもらうと、なるほど、どれも手がとろけそうになるぐらい触り心地がいい。毛皮というと、あらゆる洋服ア
イテムの中でもっとも敷居の高い、それこそ高級クラブのホステスやヤクザの妻なんかが着ているようなモノを想像しがちだが、実際に目にしたのはハーフコート調のカジュアルな一着。毛並みも短かく、紺や黒など押さえ目の色が多いので、ムサい僕が羽織っても思ったより違和感はない。
「でもソレ、100万するんですよ。デパートに卸されると、倍はしますけどれ」
えっ、これが100万…。確かにモノはいいかもしれんが、この不景気のさなか、いったい誰が買うのだろうか。また、いくら歩合制でも、こんな単発バイトで入ってきた素人に売りさばけるのかという疑問も涌いてくる。僕は素直に疑問をぶつけてみた。
「でも、いきなり売れるもんですかね、僕らに」
その答は、即売日までのスケジュールにあるらしい。本番となる即売会までには、5日の研修、9日の前夜祭、実践練習と、事前に三度もこの事務所へ足を運ばなければな
らない。つまり、きっちり社員教育(実際はバイトだが)を受けた者だけに稼ぐ資格があるということなのだ。それから5日後僕は研修のため、再びA社へと足を運んだ。
今日の講習では、かなり実践的な話をするらしい。例の商談スペースは、机が同じ方向に並べられている。平均年齢20才くらい、男女比にして7対3ほどだろうか。すでにスーツの社員がほとんどの席を占めつつあった。そこで、僕は改めてこのA社の異様さを知る。講師が壇上に上るやいなやチーフたちがやや過剰ともとれる拍手で盛り上げたかと思えば、ちょっとしたギャグをはさむたびにソレ最高ですと合いの手を入れてみたり、「ハッハハハ」と大げさに笑ってみたり。そう、知っている人も多いだろうが、彼らが言うところのお祭り騒ぎ的なこの雰囲気、マルチ商法の集会と酷似しているのである。そして、そのマルチ的性格を決定づける発言がコレだ。A社がバイトに求めているのは、労働力よりコネ、すなわち僕らの人脈だったのである。
「いいですか。まず何より君たちにやってもらう仕事は集客です。親や仲のいい友達など情で動いてくれる人に頼み込んで来てもらうようにしましょう。20才以上で定職がある人が条件ですよ。『来て見ていっぱい毛皮を着せてあげるから楽しもう。で、もし良かったら買ってください』と頼むんです」
つまり、あれかい。僕に自分の友達を売れっていうのか。いや、それはイカンだろう。
ただ一方で、商売のカラクリをこの目でとくと確かめてみたい気もする。こんなバカ高い品物をどうやって売りさばこうというのか。巷ではジイサンバアサンが高価なフトンを買わされているなんて話をよく聞くが、そんなにホイホイひっかかるもんでもないだろう。ま、バイト代と原稿料で一石二鳥という当初の目論見は丸ツブレだが仕方ない。ここはひとつ、夢の一つや二つデッチ上げて潜入取材を続けるとするか。
「ではさっそく当日のアポを取ってもらいたいんですが、電話は各自の携帯でかけてください…」
やがて講義が終わり、僕らの人脈が試されることに。ま、バイトにまで自費で電話をかけろとは、恐ろしいほどの経費削減ぶりではある。が、これも「投資なくして夢の実現はない」という社の考え方が浸透し始めているせいか、誰一人として疑問を感じている様子はない。どころか、とたんにヤル気すら出し始めてるぞ。
「もしもし?俺、タナカ。今度毛皮の展示会で販売のバイトやるんだけど、遊びにこない?いっぱい毛皮着られて楽しいよ。お茶するだけもいいからサ」
僕の隣にいた大学生が早口でそうまくしたてる。「中国を3ヵ月旅行したい」というのがコイッだ。他にも、新宿2丁目で働いているというゲイ、カラ元気ぶりがどこか痛々しい小太りのOL、気の弱そうな20才のネクラ男など、ワケアリっぽいバイト連中のほぼ全員が必死に電話をかけている。ただ1人、ダイヤルするブリをしているこの僕を除いて。
祭とはよく言ったもので、いつものテーブルの上にはのり巻やピザ、ポテトチップスなどが置かれており、食べ放題。おまけに酒もたんまりと用意してある。個人的にはかなりありがたみを感じてしばらくはモゴモゴ食ってばかりいたが、他の連中は夢のお披露目大会に興じ始めた。暗くて内向的な感じのヤセ男は「喫茶店を開く資金を作りたいんだよ」。元保母という小柄でショートカットの女は「とにかく稼ぎまくって買い物しまくりたい」。「世界一周の船に乗るためまとまったお金が欲しい!」と叫ぶのはボンボンタイプの男前の男子大学生だ。しまいには、チーフまでもが「アメリカ西海岸にアメ車を売る会社を作りたいんだ」とプチまける。「ウォーッ頑張ろうぜ-」
奇声にも似た乾杯の音頭で、宴会の熱気は頂点に登りつめ、このあいだと同じく電話のアポ取りへとなだれこんでいく。酒をひっかけた後に営業電話をかけるというのもスゴイが、僕もここでアポを取ることに成功。とはいえ何のことはない、この潜入部員に協力してもらうべく知り合いのフリーカメラマン、イワタ君に事前に声をかけておいただけのことだ。友達を1人も呼べないヤシは必然的にメンバーから外されてしまうので、仕方なく誰かに協力してもらわざるをえない。その点、口の達者なイワタなら付きあってくれるだろうと踏んだのだ。「初日午後2時に決まりました」
ニセアポをさもデ力したかのように興奮してチーフに告げると、「お-つ、やったなぁ」と背広のチーフ軍団が握手を求め、抱き着いてきた。僕ばかりじゃない。数十分に一度、あちらこちらで「×日目の○時に決まりました」との声が上がると、ササッとスーツ軍団が駆け寄ってもうやんややんやの大祝福。こんな光景が延々、部屋の中で繰り広げられる。結局、この前夜祭、バイトや社員同士の親睦を謀るというより、熱狂させて場の雰囲気に巻き込むのが目的なのかもしれない。おびただしいほどの酒と催眠的にすら感じられるユーロビートの響きで会場はますますヒートしていく。さて本番に移る前に、実際どうやって毛皮を売りつけるのかをちょっと説明しておこう。これはたたき込まれた実践練習でわかったことだ。
客が来ると小走りで入口まで駆けつけ笑顔でお出迎え。
すぐにクローザー(接客役。ほとんどはチーフが担当)に客を紹介。3人で会場を回る。どんどん毛皮を着させてあげ、「似合うよ」を連発。みんなで囲んで楽しい気分にさせる。買う買わないに関係なく、しばらくするとクローザーが「お茶飲んでよ」と言う。この言葉が商談席に連れていくサイン。バイトはすかさず「そうだよ。飲んでいきなよ」と同調。商談席に着いたら、その後は「これ似合うんだし決めよ」と今度は客を押す。ローンで購入となれば、立ち上がって「信販さん」と大声で叫んでローン会社が登場。疑ってなかなか決めたがらなかったり、迷っている客には「キミなんかに毛皮なんかもったいないか。やっぱ買えないよね」と引いてみる。これも状況を見てバイトとクロージャーが行う。客がローン用紙にサインし終わったら途端に雑談に切り替える。
これは、客が後悔しないよう、頭を切り替えさせるため。パッと読んだだけでも、かなり綿密に決められたマニュアルであることがわかるだろう。つまり、チーフたちが白々しいほど大げさに実践してきたお祭り騒ぎの雰囲気を、今度は僕ら自身が客に対して打つのだ。が、頭じゃわかっているつもりでも体がなかなかついていかない。塩田の指導の下、シミュレーションを何度繰り返しても「積極性がない」と言われる始末。それでも必死に演技しながら合格をもらうと、今度はまたまた激励の嵐だ。
「このとおり動いていれば、きっと買ってくれるさ。ガンバレよ」
ワーッという皆の拍手の元、バイトの研修期間は終了。いよいよ明日から本番だ。
着慣れないスーツに身を包んだ僕は、都内某所へ。向かったのは、某ファッションピル
の最上階である。貸し切りだというその大フロアでは、わがA社以外にも同業他社が参加しており、ローン会社3社もしっかり待機していた。どれもテレビCMで名のとおった信販会社である。さっそく受付裏にある控え室に回る。と、まずは開店直前のかけ声からスタートだ。「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
「お似合いですっ、お似合いです」
しかしそんな気合いの入っていたのは最初だけ。平日ということもあり、客はいっこうに来る気配がない。ガンガン流れるユーロビートがむなしく場内に鳴り響く。ムリもないだろう。バイトは、僕を入れてわずか3人ほどしかいないのだ。
残りのバイトは両方とも女。自称京大卒の25才でポチャッとした明美と、おっとり型の俊美28才である。明美の方は「売りまくるぞ」と体からオーラが出るなど積極的で、控え室でも名簿とにらめっこしながらずっと電話かけに没頭しているのに対し、俊美の方はどういうわけか目の前の珍しい毛皮たちに興味津々らしく、会場に出ては毛皮を着て回っている。なんだかしまいにはコイッが買わされそうな気がしてならないよ。僕もあまりにヒマなので、売り場の毛皮を見て回ることにした。まず、入ってすぐのところにあった黄色い派手な1着を手に取り、恐る恐る値札を見る。と、これが560万。ところが、悲しいかなこつちは何の知識も持ち合わせていないので、この額をどう受けとめたらよいのかわからない。奥へ進むと、ようやく毛が短かめの男性用毛皮が置かれているが、それでも値段は100万は下らない。レザーなら安いだろうと値札をチラリと見てみたが、最低でも68万円。カシミヤでやっと25万円だ。やはり、どう考えても庶民が買う洋服の値段じゃないよな、これは。