会話のタネ!雑学トリビア

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客よりも酒を飲む呑み屋のマスター

酒飲みなら誰もが一度は憧れる職業が呑み屋のマスターであります。自分好みの酒を置き、肴を作り、音楽を流す。なんなら勤務中に酒を飲んでいても誰も咎める者はいないでしょうし、そもそも酒を飲みながらできる仕事なんてのは呑み屋のマスターぐらいかもしれません。そんな折「埼玉県北部に、客よりも酒を飲むマスターが存在する」という有志からの勇気ある匿名投書が届きました。
都内から1時間以上もかかるため、向かう前に念のために店に電話をして営業を確認すると天龍源一郎ばりのガラガラ声の男性が「店、営業、してましゅよ。年中むきぃう」と呂律の回らない言葉で教えてくれたので安心してすぐに現地へと赴きました。帰宅ラッシュの満員電車に40分以上も揺られて埼玉県北部の某私鉄駅で下車。土砂降りの中、駅からまっすぐ伸びる幹線道路を東へ徒歩10分ほど進むと薄暗い住宅街にポツンと一軒の呑み屋がその姿を現しました。壁には幸福を実現してくれる政党のポスターが無数に貼ってあり、看板の灯りはうっすらと点いているのでどうやら営業はしてるようですが、入り口は真っ暗。恐る恐るドアの小さな窓ガラスから店内を覗くとカウンターに3人ほどいる様子。すると一番手前にいたニッカポッカを着たオヤジがこちらに気付き、手招きをしてきました。金貸してくれとか言われたらどうしようと思いつつもドアを開けるとニッカポッカは「お客?」と訊ねてきました。どうやらそのオヤジが店のマスターだったらしく「ご飯食べたいの? お酒? 飲むの? お酒強い方?」と矢継ぎ早に質問攻めをされ、とりあえずカウンターの手前に着席してホッピーを注文しました。隣には40代後半らしき革ジャンを着た女性、その奥には60代の歯の抜けたオヤジ。どちらも常連なのか、店の奥の厨房に勝手に入っていきジョッキに焼酎を注いで飲んでいます。その2人に「お客さんですか」と訊ねると「半分客で半分店員みたいなもん」と曖昧な返事。どうやらかなり緩めの呑み屋のようであります。マスターはワンカップに日本酒をなみなみと注ぎ、当たり前のように「じゃあ乾杯ね」と言ってグビグビと飲み始めました。訊くと普段から客は基本的にこの2人含めて知人数人だけで、あとは彼らの友達がたまに来る程度。確かにマスターは明らかに客の自分より早いペースで酒を飲んでるし、厨房には一切立たずにカウンターの中央に陣取り客と共に喋っては豪快に飲んでいます。
「東京から来たの? 俺、東京は行かないね。年に2回ぐらい池袋でデリヘル使う程度かな」と言い、そのあと隣のオヤジとデリヘル談議で盛り上がり「俺ぐらいになるとホテル代浮かせるために車内に呼ぶからね」などと言ってると、革ジャンの女性が機嫌を損ねたのか憮然とした表情で「私、帰るね」と言って急に席を立ち、会計もせずにスタスタと帰ってしまいました。そんなカオスな状況の中、マスターとオヤジの話題は競馬、宝くじ、風俗を無限ループして、最後は「女性芸能人で誰とやりたいか」という定番の話に行き着き、大信田礼子派のマスターと堀江しのぶ派のオヤジがお互いに一歩も譲らず、何やら不穏な空気になったかと思うとついには「大信田礼子堀江しのぶ、どっちが真の美人か」で丁々発止の口喧嘩に発展し、なぜか自分はスマホでそれぞれの画像をググる任務を命じられて「もっと可愛い写真あるだろ」とか「『同棲時代』歌ってた頃の写真よこせ」と要求がエスカレートしていきました。しょうがないから一旦奥のトイレに逃げ込むと、なんとトイレの室内には壁一面に80年代のアイドルの写真と謎のカップルのプリクラがビッシリ。トイレの奥には座敷の部屋が一つあり、その部屋の壁にもギャル雑誌の表紙の切り抜きがズラリと並んでいました。鳥肌が立ちつつも再び席に戻ると「もう一杯、甘めの酒でもいくかい?」とマスターが勧めるのでお願いすると、なんとカルアミルクが入ったジョッキの上に巨大なバニラアイスが乗せられている摩訶不思議ないでたちの飲み物が運ばれてきたので、どうしていいのか分からず戸惑っていると「とけちゃう、とけちゃう!」と言われて、ますますパニックに陥りました。
そのあとは競馬、宝くじ、風俗の話を3周して最終的に「小柳ルミ子が80万でやらせてくれるならやるかやらないか」という世にも奇妙な話題でその日一番のピークを迎え、マスターもかなり酔ってるようで最後には2リットルのミネラルウォーターをペットボトルのままガブ飲みしていました。気付けば滞在時間も1時間強。ここにいては幸福が実現しそうにないと感じ、お会計。帰り際マスターは呂律の回ってない声で「また来てよ。さっきの革ジャンのババア、やれるかも」と不敵な笑みを浮かべて耳打ちしてくれたので丁重にお断りして、雨の上がった帰り道を足早に駅へと向かいました。