昨今は飲食業界にも古民家ブームが巻き起こっております。古民家カフェ、古民家BAR、古民家レストランなどと、何でも古民家にすれば一段レベルが上がったかのような風潮が蔓延しているように思います。どこからどう見ても極普通のレトルトカレーなのですが、作務衣を着てバンダナ巻いて髭を生やした親父に「古民家風特製カレーでございます」と言われてしまうと
「古風な味ですね。故郷を思い出しました」と言わざるを得ません。たまに皿やグラスがやけに汚れてたり欠けてたりしていても「古民家なんで」と言われたらそれまでなのです。そんな古民家ブームのさなか、
「廃墟だと思ったら古民家だった」
というほど筋金入りの古民家仕立ての洋食屋が東京北西部に存在するとの怪奇情報が有志から舞い込み、早速調査を開始。地図で位置を確認するとやはり古民家と言うだけあり、大通りの目立つ場所ではなく、住宅街の脇道を入った、地元民しか知らないような場所にひっそりと佇んでいるようです。しかも都心から電車で1時間ほど掛かるようなので、念のため事前に電話で営業の有無を確認。すると出たのはチャキチャキの江戸っ子、中年女性の声。「昼なら15時に閉まるから!14時には来て!」と威勢よく言われてガチャ切りされました。ラストオーダーが閉店1時間前とは個人経営の店にしては早いように感じますが、そうしなければ客をさばけない人気店なのかもしれません。
電車を3回乗り換え、某私鉄駅で下車。東京とは思えないほど長閑な駅前からまっすぐ伸びる国道沿いを15分ほど歩き住宅街へ。細い脇道に入り地図と格闘しながら歩くも、いつまで経っても目的の店には辿り着けず、ついに店に電話をしようと立ち止まり顔を上げたその時、目の前に一軒のバラック小屋がまるで自分を待っていたかのように静かに優しく佇んでいました。窓にはやたらと探偵事務所のポスターが貼ってあり、看板には「定食キッチン」と書かれていますが、雨風のせいかほとんど剥がれ落ちており目を凝らさないと認識できません。暖簾が下がっていることから営業中なのは間違いなく、中から会話をする声も聞こえてきます。おそらく常連でしょうか。しかし店に最も入りづらいパターンなのが、この〝閑古鳥だけど常連だけが店にいる状態〞なのです。
誰もいないならまだ入りやすいのですが、常連だけがいる店に入るとそれまで会話を楽しんでいたマスターと常連がこちらに気付き、店内に一瞬流れる気まずい沈黙、それが毎回かなり辛いのです。なのでどうしてもドアが開けられず、一旦大通りまで戻り、いたこともないような謎のコンビニで酒を購入。閑古鳥の店に入る勇気を付けるためのガソリンとして酒を飲むのは日本でも自分ぐらいかもしれません。ワンカップを一気に飲み干し、目を血走らせながら店に戻り、今度は勢いよくドアを開けるとなんと客はゼロ。さっきまで会話をしていた常連はどこに…と思いつつ、入口上部のテレビを見上げると宮根誠司と森永卓郎が阪神タイガースが負けたことで生じる経済損失について激論を交わしているところでした。なんということでしょう、自分が常連だと思っていた話し声はミヤネ屋だったのであります。8畳ほどの店内は左に6席ほどのカウンター、右に座敷のテーブルが2つ。壁には富士山とネコの写真が無数に飾られています。ハチマキを巻いた中年女将が奥の厨房から現れて手前の黒板を指差します。黒板には1〜38 番まで番号がズラリと振ってあり、定食が38種類表記してありました。やる気の感じない外観とこのメニューの豊富さのギャップにしばし唖然としていると、女将が辛抱ならんとばかりに「どれにしますか!」と強めに叫んだので思わず目に入った海老フライ焼肉定食を注文。女将が厨房のマスターに注文を通し、「さて…」と言ったかと思うとなんと店の暖簾を中に仕舞い始めたのです。まだ14時半前、閉店時間までは30分以上ありますが、ここから客が来ることはないと読んだのか、女将はあっという間に暖簾を店内に仕舞い込み閉店モードへ。電話で言ってたのはこのことだったのかもしれません。その後、キューピー三分クッキング並に驚異の早さで運ばれてきた海老フライ焼肉定食、これがなんとかなりの美味。これだけの味ならもっと客が入っても良さそうなものですが、そこはやはり外観を古民家風にしすぎているせいかもしれません。気付くと厨房奥のマスターと女将があとは客が帰るのを待つだけの状態になっているらしく、腕組みをしてこちらをじっと見つめています。しょうがないから急ピッチで完食してお会計を済ませ店を一歩出ると、たまたま歩いていた通行人がこちらに驚き二度見してきたのでお化けと間違えられたのかもしれません。人間だと説明して店をお薦めしておけば良かったとあとで小さく後悔しました。