会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

山谷のドヤ街の路上酒場

「オヤジギャル」なる存在が持てはやされたことがあった。若いギャルたちが競馬場や安い飲み屋、雀荘、ゴルフ練習場などいわゆるオヤジ趣味と言われるようなスポットで敢えて遊ぶという現象が起こったのである。
 

しかし飽きっぽいギャルたちのこと、当然それらに長く没頭するはずもなくブームはあっという間に去ってしまった。
 

そして令和元年、どうやら再びオヤジたちの集まるスポットに出没してその場の女神を気取るブスな女たちが増加傾向にあるという。
チヤホヤするオヤジたちも悪いが、アタシ見て~のオーラを醸し出してくる女たちが自分はどうも苦手である。

だけども考えようによっては、そんな自称オヤジギャルですら寄り付かないスポットこそが真のオッサン天国と言えるのではないだろうか。まだオヤジギャルに知られていない、オッサンのみのサンクチュアリ。
 

そこで今回浮上したのが東京・山谷のドヤ街である。この一帯と言えばだいたい裏モノ系のライターなら新人の頃に一度は取材に行かされている登竜門的なエリアだろう。
自分も若い頃には山谷の木賃宿の潜入取材を命じられて、張り切ってバズーカー砲みたいな一眼レフのカメラを持ってドヤ街ど真ん中の木賃宿に宿泊。休憩室で詰め将棋をしていた両肩に刺青のあるオッサンを一眼レフで下から舐め回すようにカシャカシャ撮ってたら「死にてーのか、お前」とストレートに言われ、裏社会の洗礼を浴びたものであった。
残暑厳しい9月半ば、都営バスに乗って、あしたのジョーでお馴染みの泪橋停留所で下車。一歩そこに降り立つと他所とは雰囲気がまるで違うことにすぐ気付かされる。町中のあらゆるところにオッサンが酒を飲みながらあぐらをかいており、パトカーがその周囲を衛星のようにぐるぐる周回していた。当然オヤジギャルなどは人っ子一人いない。
界隈で有名な呑み屋に直行してみるとあいにくシャッターは下がっており、店の前のパイプ椅子には謎のワンカップ酒︵おそらく自家製︶を飲んでいるオッサンが一人で佇んでいた。
店はやってないのか訊ねると「今日やってないみたいなぁ。いつもならやってる時間だけど」と教えてくれたので「明日は空いてますか?」と訊ねるとその途端にオッサンはなぜか急に眠りに陥ってしまった。
 このタイミングで? と思わずにはいられなかったが、しょうがないから翌日また同じ時間帯に行ってみるとなんと再び同じオッサンが今度は2人組で氷結とワンカップを手に持って鎮座していた。
向こうもすぐさまこちらに気付き
「今日もやっとらんみたいね。最近マスター体調悪いから当分休みかも。近くのスーパーMに行けば他の連中がいるからそこでどうだ?」とわけの分かんない代替案を提示してきた。
 スーパーMとは大手チェーンのスーパーマーケットであり、グーグルマップで見ると確かに徒歩5分ほどのところに存在する。とりあえずそこに徒歩で向かい、スーパーMの前に到着してみると、なんと還暦オーバーのオッサンたち7人前後がまるで﹃純烈﹄のごとく横一列にズラッと並び、酒をグビグビ飲んでいるところだった。
 どうやら先ほどの店が開いてない時はこちらに集まるのがオッサン同士の決まり事らしい。
こでは酒を手に持っていないと逆に不審者だと思われる勢いだったので、自分もとりあ
えずスーパーに入店して酒を買おうとしたらレジで酔っ払いのオッサンがパートのオバサンに「責任者出せ」といきなり詰めているところだった。
 オバサンが電話で外出中の店長を呼び出し、3分ほどで店長が到着。オッサンはすごい剣幕で「缶詰の缶が錆びていた」と主張しているらしいが、店長はこの手の場面によほど慣れているのか、一切動揺せずに「メーカーに問い合わせて下さい」の一点張り。「新品よこせ」「メーカーにお願いします」
というラリーを10分ほど続けたのち、オッサンが折れたのか「そもそもこの缶詰不味すぎる」と言い残してその場を去っていった。
 適当に缶チューハイを買って外に出ると謎のキャップをかぶったオッサンがいきなり「週明けの仕事決まってるか」と話し掛けてきた。「決まってないです」と答えると「俺の先週やった○×運輸の横乗りは6時間保障で楽だったぞ」と仕事を斡旋してくれる流れかと思いきや、最近やって楽だった仕事、キツかった仕事をいくつか教えてくれた。「とにかくこの暑い時期の自販機補充の仕事はやめとけ」とのことだった。

右脇の道路では6人ほどが輪になって何やら揉めている様子だったので聞き耳を立ててみると「お前は競馬の裏情報を独り占めした」「競馬で勝ったなら奢れ」「奢らないなら勝ったことを自慢するな」と全国のオッサンたちが日々喧嘩してる内容と寸分狂いはなかったので安心した。
 そのあとも仕事と競馬の話を交互にして真面目なのか不真面目なのかよくわかんなかったが、自分のようなよそ者にも気軽に会話してくれるのはオッサン天国ならではで有り難かった。しかし、いかんせん刺青率が異様に高く、どの話題に地雷があるのか不明なのであまり踏み込んで対話することができず、「死にてーのか」のトラウマも蘇えってきたので一旦退散することにした。
 奥のベンチでは氷結を握りしめたまま瞳を閉じて安らかな表情のオッサンが鎮座しており、その様はあしたのジョー最終回そのもので、オヤジギャルがいたならインスタ直行の映え方であった。