とんかつ屋にハズレなしとはグルメファンの問では占くから語られている名句の一つであります。
確かにとんかつに入ってマズイとか2度とくるかボケと思った記憶がありません。男なら月に1度はとんかつを食べますし、我々の生活には常にとんかつが密接に関わっております。
東京下町、台東区はとんかつ屋の激戦区としても知られ数多くのとんかつが連ねております
その中でも異彩を放つのがとんかつ屋Hです
ドアには「お急ぎの方はご遠慮ください」という札が掛けられており、ひょっとして普段は行列ができてたり店の前は静まり返ってるけど中には客が山ほどいたりするのかと期待させてくれます。看板には
「悪揚げ油をまったく吸収しません
当店ではこの程度は常識です」などよくわからないことが書いてあり、頑固親父が経営していそうな雰囲気を醸し出しているのに加え、「とんかつ定食2300円」という強気な値段がただのとんかつではないと感じさせ興味をそそります。
前の晩から絶食し腹の減り具合が限界を迎えた夕刻6時過ぎ、そのとんかつ屋の中カウンターの内側でテレビを見て爆笑しており、客は人っ子一人いませんでした。カウンターは8席ほどあり、テーブルが一つ。奥の座敷にもテーブルが見えますがそこは物置き場となっているようで店主の私物と思われる物が散乱しています
店内は清潔感がまったくなく、ソースはかたまってるようにも見えます。店主はロンゲの金髪を後ろで束ね、Tシャツ、半ズボン、エプロンという摩詞不思議ないでたちでありました。早速とんかつ定食を注文するとは何やらブツブツと眩きながら指差し確認をした後、おもむろにでかい豚肉を油に放り込みました。
「店の前に書いてあった油がどぅのってなんですか」と訊ねると
「こいつ素人か?」って顔をして黄色い冊子を渡してくれました。冊子には「地球保護
と飢餓救済のためにとんかつ屋における公害と犯罪」と記されています。やけに話が大きくなってきた気がしました。
冊子をめくると「とんかつ屋から出る油がいかに公害か」「当店はいかに他店と油が違うか」という内容がギッシリと記されていました。しかしその「他店との油の違い」が何度読んでもよく分かりません。とにかく「当店の悩みはライバル店がいないこと」
とんかつ屋「当店は常に進化する」など自信溢れる言葉が延々と並んでいるのです。ここまでとんかつに情熱を注ぎ、とんかつ一筋でやっているなんて立派な人だなと思いふとメニュー表を見ると意外と手広く扱っているようでした。
とんかつで「ホタルイカ」がメニューの4番目にきてる店はなかなかありません。そのあとがチーズですから他店にライバルがいないのも領けます。「こりやモノが逆うな」と思いました。店主は指差し確認を繰り返しながら目の前でとんかつを油から入れたりしています。先客がいないにも関わらず出き上がる様子はありません。
「お急ぎの方はご遠慮ください」の札の意味がここで分かりました
待つこと約20分、一瞬姿を消した店主が汗びっしょりになりながら奥の厨房からご飯と味噌汁を持って現れ、何があったんだと思いましたが、ようやく「おまちどさん」と一言ありました。目の前に出されたのはまさに初めて見るタイプのとんかつでした。とにかく黄色いのです
和民のだし巻き玉子かと思うほど衣が黄色です。他店と油が述うというからにはやはり衣にこだわりがあるようです。
しかし嫌な予感がして箸で衣に触れてみるとやはりその感触は脂まみれというか、ブッニョブッニョで一気に食べる気が失せてしまいました。じっとりと脂が溜まってきています
通常のとんかつより脂ぎっている気がしました
肉はブ厚くてまともなのですがとにかく衣が食べられません。しょうがないから衣だけ残して食べるという小学生みたいな食べ方をしてしまいました。
これは絶対に怒鳴られると思い、衣をポケットに入れて持って帰ろうとしたのですが店主がテレビを爆笑しながらも10秒おきにこちらをチラチラ見てきます。
「いつも混んでるんですか?」
と訊いてみるとそれを聞いたが一瞬包丁を握りなおした気がしたので自分も腕をクロスさせて身構えたのですが「ウチはね、バラバラだから。バラバラ」と何がバラバラなのかよくわからない回答を得ることができました。
衣だけを残して帰るタイミングを完全に失ったのでも一度貰った冊子を読み返していると「家で読んだらどうですか」と閑古鳥の鳴く店では異例中の異例とも言える、「早く帰れ」的な思いのほか冷たい言葉を浴びせられたので、代金をカウンターに置き、店を出て薬局でキャベ2コーワを買って帰路に着きました。