会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

閑静な住宅街のアパートの自室で経営している居酒屋

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酒飲みにとって居酒屋経営はいつか実現したい夢の一つでありますが、いざ開業するとなると小さな物件を借りるのすらハードルが高く、なかなか現実的ではありません。そんな中、閑静な住宅街のアパートの自室で赤提灯系の居酒屋を経営している猛者がいるとの怪奇情報を有志から入手。一体全体どういうことなのか。将来店を開く時の参考になるかもと思い立ち、さっそく現地へと赴きました。渋谷区の某メトロ駅で下車し、地上に上がるとそこはファッションブランド店や高級車専門店などが立ち並ぶセレブな繁華街。こんなところに赤提灯系の店が存在してるのか半信半疑のまま雨降る青山通り
15分ほど東に歩き路地裏の住宅街へ。小道を何度も左右に曲がり、目的地を探すこと20
分。ようやく年季の入ったアパートの2階に「居酒屋」と記された赤提灯がぼんやり点いているのを発見することができました。
 赤提灯には焼き鳥でもおでんでもなく「居酒屋」としか記されおらず、1階の集合ポストを見ても店名はありません。恐る恐る階段を上がると部屋が3つ並んでおり、どの部屋にも看板は一切なく、どれが居酒屋なのか見当がつきません。ベランダの赤提灯の位置からしておそらく手前の部屋なのですが、まともな人間ならこの時点で入店を諦めるでしょう。ここでチャイムを押して「ここ居酒屋ですか?一杯呑みたいです」なんて
聞けるのは重度のアル中か朝日新聞の勧誘ぐらいのものです。たまたま重度のアル中に該当する自分は勇気を振り絞り震える手でチャイムを押すと中から野太い声で「おーい」という男の声がしました。ドアをゆっくり開けるといきなり目の前に店主らしき60代の男が一人立ち尽くしており、「居酒屋やってますか?」と訊くと「やってるよ、酒と餃子しかないけどね」と店主は高らかに笑いました。靴を脱いで部屋に上がり、中央のテーブル席に着席。メニュー表も何もないので酒は何があるのか訊ねると「ビール、ホッピー、焼酎、ウイスキーなんでもあるよ」とのことでとりあえずビールを注文。家庭用の冷蔵庫から瓶ビールを取り出して薄茶色に変色したコップと一緒に渡してくれました。さらに店主は冷蔵庫から何やら小鉢を取り出してそれを電子レンジでチン。「ウチの店、餃子しかないんだけどそれとは別にこれサービスね」と言って赤い液体が入った小鉢を目の前に置いてくれたので、これは何かと訊ねると「トマトの…何だっけ…」と言ったきり最後まで答えてくれず、テレビの中国経済崩壊のニュースに「まいったなぁ」などと呟きながら釘付けになってしまいました。しょうがないからその赤い物体を食してみるとどうやら鶏肉入りのトマトシチューのようで、思ったより手も込んでいて美味しく、この部屋で作られているのか甚だ疑問でした。この店を始めたきっかけを訊くと「これの前にラーメン屋で35 年以上働いててさ、そこがなくなったから急にここを始めたんだよ」とのこと。ラーメン屋を35年以上やって餃子オンリーの店を始めるのもよく分からないのですが「ぜひそのラーメン食べてみたいです」と伝えると「まあ、再来週ぐらいから始める予定だよ」と悠長な事を答えてくれました。真偽のほどは定かではありません。
 ビールとトマトシチューでちびちびやっていると店主が「そろそろ餃子焼くかい?」と聞いてきたので内心「まだ焼いてなかったんかい」と思わずにはいられませんでした。唯一のメニューなのにこちらから注文しないとオーダーが通らないとは、考えようによってはとても謙虚な店なのかもしれません。店主は冷凍庫から冷凍餃子を手づかみで6つ取り出してそのまま鉄鍋に放り込み豪快に焼き始めました。あっという間に餃子は出来上がり、さすが元ラーメン屋だからか既製品だからか餃子も美味しく、酒が進んでホッピーを追加注文。ふと棚の横を見るとなぜかぺヤングの18個入りの段ボール箱が積まれていたので「そのぺヤングは?」と訊ねると「おっ、〆に入るかい」と言って店主は段ボールからぺヤ
ングを一つ取り出して台所のヤカンでお湯を沸かし始めました。元ラーメン屋がぺヤングを出すことに何か引っ掛かるものはありましたが、お湯を切って完成したぺヤングと「お好みでどうぞ」とソースとスパイスを渡してくれました。
 ぺヤングを食べ終わった時点で入店から1時間ほど経過していましたが当然ながら客は一向に来る気配はありません。聞けば「ラーメン始めるまでは本気じゃないからね」とのことでした。会計の段になり、そう言えば酒や料理の値段が一切不明だったことに気付き、途端に不安が襲いました。最近巷でボッタクリ被害が横行していることからも、この完食したぺヤングもいくらなのか分かったものではありません。恐る恐る会計を聞くとなんと1700円と良心的。胸を撫で下ろし「ラーメンが始まった頃にまた来ます」とぺヤングの味と匂いが広がる口で伝えてアパートをあとにしました。