会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

日本一特異な街・大阪・西成の現状

現代日本において、大阪・西成以上に特異な街はない。路上にあふれる無数の日雇い労働者とその他得体のしれぬ流れ者たち。公然と行われる盗品売買や違法賭博。
 しかし、とりわけこの街に無法地帯の印象を植えつけているのは、あちこちの路上
に立つ覚せい剤の売人たちの姿だ。
 本来、人目を避けて取り引きされるべきシャブが、まるで弁当の路上販売のごとき
おおっぴらさで売り買いされる異常さ。こんな光景は全国津々浦々を探してもこの土地以外では絶対にあり得ない。このような状況をなぜ警察は黙認しているのか。そもそも西成におけるシャブ密売の実態とは?
 長年、同エリアの覚せい剤密売組織に身を置いた男の獄中手記を通して、シャブ街・
西成の驚くべき全貌をご覧いただきたい。今から7年前、35才のとき人生のどん底にいた。19才で極道の世界に身を投じてからというもの、ムショ暮らしや組の解散など様々
な苦難はあったが、これほどの絶望を味わったことはなかった。ある殺人未遂事件に絡んだゴタゴタに巻き込まれ、住む家も貯金もいっさいがっさい失ってしまったのだ。
 働こうにも小指も薬指もない左手では、まっとうな職に就くこともかなわない。こ
れからどうやって生きていけばいいのか…。考えるまでもなく、足は自然と動いた。ヤクザ時代、シノギで使う人材調達のためによく足を運んだ街へ。今の自分が身を置ける場所は、はみ出し者が寄り集まる西成しかあり得ない。
 とはいえ、日雇い労働をしながらせこせこと暮らすつもりなど毛頭なかった。この街にはもっと稼げる仕事があることを俺は知っている。シャブの密売だ。西成に流れ着いて数日後の夕方、目星をつけていた街の一角へ出向くと、案の定、売人らしき男が数人立っていた。連中が周囲にキョロキョロと視線を走らせる様は、語らずして「シャブありまっせ!」と言ってるようなものだ。実にわかりやすい。
 そのうちのひとりに話しかける。
「すんません、あの…」
「はいはい、アレのことでっしゃろ? どんだけ要ります?」
「ブツを買いに来たんやないんですわ。自分もニイサンとこで働かしてもらえないかと思いまして」
 男の反応は想像と違い、ずいぶんあっさりとしていた。
「ああ、そうですか。ほんなら今、責任者に連絡つけますわ」
 この対応からして俺のような志願者はけっこう多いのかも。
 間もなく現場にチャリンコに乗った40半ばの男が現れた。この、まんまヤクザ崩れらしい風貌の男が責任者のようだ。挨拶もそこそこに近くのマンションに案内された。室内のテーブルの上には大きな容器が無造作に置いてあり、大小様々なサイズのパケが詰め込まれている。いかにも〝らしい〞光景だ。
 勧められるままイスに座ると、責任者のオッサンが口を開いた。
「ワシ、カズヒト言いますねん。北川さん、見たところカタギの方やなさそうでんな。こういう仕事は初めてでっか?」
 親しみを込めてるつもりなのか、カズさんのしゃべりは典型的な〝でんがな・まん
がな〞口調だ。
「ええ。個人でシャブを右から左に転売したことが何度かあるだけです」
「さよか。ま、仕事はすぐに慣れまっしゃろ。ところで北川さん、えらいガタイがえ
えけど格闘技でもやってはったんかいな」
「はい。柔道を7年、空手は9年ほどです」「そら心強いでんな。うちはいろいろとト
ラブルが多いからね。とにかく話はわかりましたよって、さっそく明日の夕方から働
いとくんなはれ」
 こうして俺の売人生活はあっけなくスタートすることになる。気になる報酬は、そ
の日に自分が売上げた分の3割。つまりシャブを10万分さばけば3万が懐にはいる計
算だ。捕まるリスクを考えればやや安い気もしないではないが、それでも重労働で日
給8千円なんて仕事と比べれば条件ははるかにいい。やったろうやないか。
 迎えた初出動の日、夕方6時。カズさんに指定された街頭へ足を運ぶと、上田と名
乗る若い男が待っていた。俺と同じカズさん配下の売人らしく、命令で仕事のやり方
を教えにきてくれたらしい。
「客はたいてい車で来ますんで、自分たちの前に停車したら窓越しに欲しいシャブの
量と、道具(注射器)が要るかどうかを聞いて手渡すだけです。品物は全部そこの植
え込みに隠してありますから」
 シャブは0・1グラム単位でパケに小分けされており、一つで1万円だという。ど
うってことのない簡単な仕事だ。了解したところで、ふと先ほどから気になっていたことを上田に尋ねた。
「あの人らもお仲間ですか?」
 俺のいる場所から15メートルほど離れた場所に1人、そこからさらにまた15メートル先に1人、計2人の男が佇んでいるのだ。雰囲気からしてどことなく売人のように思
えるのだが、いったい何者なんだろう。
「ああ、あの人らも同業ですわ。ただ、うちらとは所属組織が違いますけど」
 上田の話によれば、彼や俺が所属している密売組織は「Xグループ」と呼ばれ、西
成にある3大シャブ屋のひとつに数えられているらしい。
 そして、これら3つのグループは共存関係にあり、西成にある7カ所のシャブ密売
スポットをすべて共有、それぞれの場所に俺たちのような売り子をひとりずつ派遣し
ている(例外もあるが割愛)。あの男たちもそうやって送り込まれた連中というわけだ。ちなみに0・1グラム1万円というシャブの値段は3グループの協議で決められた
共通のもので、売上げを伸ばすためにいずれかのグループが勝手に値下げすることはできない。売り場を共有するのは、そういった事態が起きないよう、互いを監視し合
う意味合いもあるようだ。
 そうこうするうちに1台の軽自動車が目の前に停まった。上田の合図を受け、すかさず俺が近づく。
「まいど。ナンボほどご入り用で? 道具はどないされます?」
 まるでどこぞの商売人だが、たとえ売り物がシャブであろうと商いは商い。接客の際は明るく元気に愛想よく振る舞うようにと、責任者であるカズさんから言い渡されている。 
「1万円分ちょうだ〜い。ペン(注射器)は今日はええわ」
 運転手はどこにでもいそうな地味な若い女で、けだるそうに万札を1枚寄こしてきた。この手慣れた感じ、常連だろう。
 すぐに植え込みからブツの入った小さな紙袋を取り出し、女に手渡す。
「はい、どうぞ。おおきに!」ふう、これで一丁上がりだ。
 その後も断続的に客は現れ、そのたびに愛想よくシャブを売るという行為を繰りか
えした。時刻は午後8時。路上に立ちはじめたのが6時だからまだ2時間しか経って
いない。上田がまるで俺の気持ちを察したかのように言う。
「まだまだ朝まで長いですよ」
 売り子の勤務は早番と遅番の2種類があり、どちらもその長さは12時間と決まって
いる。本日、俺が入っているのは遅番で、翌朝6時に早番の人間と交代するまではシ
ャブを売り続けなければならないのだ。
 ややウンザリしていたその時、背筋に緊張が走った。前方から自転車に乗った警官
がふらりと近づいてきたのだ。アカン、ポリや!
 慌てて上田に目配せするも、彼は「ああ」と頷くばかりで動じる気配はない。どうい
うわけか、別グループの売り子たちも腹立たしいほど落ち着き払っている。ちょ、な
んでみんな逃げへんの!?
 呆然としているうち、警官のチャリが俺の目の前で停車した。
「おっ、お前さん新入りか? 客と違うやろな?」
「え?」
 どう答えていいのかわからず黙っていると、横から上田が助け船を出してくれた。
「そうです、新入りです。客やないですわ」
 警官は満足そうにうなずいてから、こちらに笑顔をむけた。
「ま、何かと大変やろうけど、気いつけてがんばりや!」
 立ち去る警官を眺めながら、俺の頭は混乱していた。新入り? がんばりや? あ
の警官、俺が何者かわかってへんのかいな。
「そんなワケないですよ。俺らがここでシャブ売ってるのはちゃんとわかってますって」んなアホな。売人とわかってて放ったらかすなんてあり得へんやろ。何を言うとん
ねんな。
「普通ならあり得へんことでも、西成ではあり得るんですわ」上田いわく、路上でのシャブ密売という営業スタイルは、警察にとって非常に都合がいいらしい。西成に7カ所ある路上密売ポイントをマークしておけば、購入者を容易に逮捕できるからだ。つまり、薬物事犯の検挙で一定の成績をあげるため、警察はあえて路上の密売を野放しにしている、というのが上田の見解だ。それまでフンフンと話を聞いていた別グループの売り子のオッサンが割って入ってきた。
「実際、路上で職質受けたり逮捕されるのは買う側だけや。売る側がパクられたなん
て話、ワシ聞いたことないで」
 直後、今度は警ら中のパトカーが俺たちの方へゆっくりと近づいてきた。それを見
てサッと一礼する売り子のオッサン。パトカーの警官は威厳たっぷりにコクリとうな
ずき、そのまま通り過ぎていった。なんなの、この関係。その後も売人生活は、無難に続いた。いや、収入面でいえば無難どころではない。むしろウハウハだ。
 前述どおり、売り子個人に入る報酬は自分が売上げた分の3割だが、1回路上に立
てば平日で約5万、週末になれば倍の10万が手に入るのだから財布が温まるのも当然
なのだ(もっとも給料の大半は自分用のシャブ代やバクチですぐに消えてしまうのだ
が)。
 一介の売り子である俺ですらこれほど儲かるのだから、Xグループ全体の1日の利
益はそれはもう莫大だ。仕入れや人件費を差し引いた純利でなんと150万〜300万! 換言すれば、いかに大勢の人間にシャブが蔓延しているかの証左でもある。
 実際、シャブを買いにくる人種は実にさまざまだ。チンピラ風情やフーゾク嬢っぽ
い女はもちろん、一見シャブとはまったく縁のなさそうな一般人までもがコンビニに
立ち寄るような気軽さで近づいてくるのだ。
「ご苦労様です。また買いにきましたわぁ」が口クセのサラリーマン。「お宅んところ、ちゃんといいネタ扱ってるんやろね?」と質にこだわるOLのネーチャン。「おっさん、シャブ売ってや」と生意気な口をきく学生も珍しくない。
 俺が言うのもおかしな話だが、ここまでシャブが一般層に浸透している事実に少し
背筋が寒くなるくらいだ。
 路上に立ち始めて1カ月ほど経ったころだろうか。その日、遅番(夕方6時から翌
朝6時)で仕事に入っていた俺は、例によってシャブをさばきながらちょっとした違
和感を覚えていた。
(ん? 今日はいつもよりなんか客が多いな。どないしたんや)
 週末だったら納得もできるが、今日は平日だ。それに車ではなく、自転車や徒歩で
やってくる連中が目立つのも気になる。普段ならこういうパターンは珍しいのに、ど
ういうこっちゃ。
 近くにいた顔見知りの売り子に何気なく尋ねてみたところ、彼はこともなげに答えた。「ああ、それ福祉の連中や」
 福祉とは西成の住人が好んで使う、生活保護費の別称だ。
「福祉の支給は毎月29日やろ。だから、あいつら日付が変わる夜中の0時にコンビニ
でカネ下ろしてその足で買いに来よるねん」
 …ナメてるとしか思えん。まさか生活保護の金でシャブを食ってるヤツらがこれほ
どいるとは。
 しかし、その10倍ナメてるヤツが目の前にいた。いましゃべっている売り子だ。
「ていうか、ワシも福祉もろてるねんけどな」
「は、ホンマけ?」
「おう。シャブ食うてると福祉の金なんかすぐになくなってまうやんか。ほやからこ
こでちょいちょい働かせてもろてんねん」
 ムチャクチャである。
 来る日も来る日も路上でシャブを売っていると、おかしな客と遭遇することも珍しくない。もっとも多いのはいちゃもん系だ。
 そういうヤカラはたいてい、購入したシャブをコンビニの便所などで一発キメ、興
奮状態のまま売り子のところに舞い戻ってくる。
「おい、コラボケ! 全然効かんやないか!もっと(シャブを)寄こさんかい!」
 瞳孔がモロに開いているから効いてないはずはない。むしろ効きが強すぎてワケが
わからなくなっているだけなのだ。
 こういう時の対処法は2つだ。相手が追加で要求してきたシャブの代金をちゃんと支払うなら黙って渡してやるが、タダにしろと怒鳴り散らす場合は問答無用で制裁を加える。人気のない場所まで連中の車を誘導してからタコ殴りにするのだ。これで大
半のやつらは大人しく帰っていく。
 一方、女客の場合はやはり誘惑系が多いだろうか。1万円分のパケを買ったついでに、「ウチ、よう自分で注射打てへんし、オニーサンその辺のホテルでやってくれへ
ん?」と懇願してくるのだ。つまり、今すぐシャブセックスをしたくてしょうがない
エロ女だ。むろん、こういう手合いは役得としてありがたく頂戴するが、うっとうしいのは頭のネジが外れた女たちだ。
 いわゆる「私の体と引き替えにシャブをタダでちょうだい」というやつで、売り子
たちの前でパンチラを見せつけて誘惑してくるならまだしも、路上でオナニーや放尿
まで平気でやらかすのだから、さすがに呆れるというか薄気味悪いというか。
 まるで漫画だが、こういったおかしな連中がわらわらと近寄ってくるのも、路上で
シャブを売るという特殊な状況であればこそ。一般的な売人には、まず縁のない話だ
ろう。意外に思うかもしれないが、路上の売り子から覚せい剤を買うのは、たいてい西成以外の土地からやってくる連中だ。あの街を根城にする日雇い労働者やホームレスに、ワンパケ1万の高価なシャブを日常的に手に入れる余裕などない。
 しかし、そこはシャブの街・西成である。あまり金をもってない彼らにもシャブを提
供する業者がちゃんと存在する。
 やって来た客に1回分のシャブ(0・02グラムほど)を3000円という手頃な
価格で注射してやる、通称一発屋だ。
 Xグループに入って数年後、それまでの働きぶりを評価され、カズさんと肩を並べ
る責任者に抜擢された俺は、とあるドヤを拠点にシャブの密売を始めたのだが(路上
に売り子を差し向けたり、電話注文の客にシャブを配達するなど)、同じドヤの中には、西成の3大シャブ屋のどこにも属さない小規模な密売グループも数多く存在し、そこに一発屋もいくつか紛れ込んでいた。
 一発屋の部屋に出入りする顔ぶれを見ていると、西成という街の特殊性をあらため
て思い知らされる。労働者のオッサンに食堂の店員、屋台の店主やノミ屋(違法賭博
屋)でスッテンテンになった客。もうそれこそ、この街で見かけるありとあらゆる人
種が軽いノリでシャブを一発ブチ込み、シャッキリとした顔で帰っていくのだ。
 1円も持たないホームレスでさえ、3000円の代わりにゴミ同然の腕時計や指輪
を抱えてクスリを打ちにくる様を見れば、もはや、この街はシャブ抜きでは成り立た
ないのではないかとすら本気で思えてくる。
栄華を誇ったXグループに終焉が訪れた。グループの統括者がとある事件をきっかけに大阪府警を敵に回し、パクられてしまったのだ。そして、そのあおりを受けた俺までもが逮捕という結末に。これにてXグループの消滅は決定的となった。
 しかし、既存のシャブ密売業者がなくなっても、また新たな勢力がどこからともな
く生まれるのが西成という街である。この街からシャブが消えて無くなることなどあ
り得ないのではないか。