某エリアにあるファストフード店で、私は清掃員のアルバイトをしている。お店が閉った深夜数人のメンバーで分担して掃除する2時間程度の作業だ。
メンバーは私以外みな年配者で、その中には清水さんという71才のオジイさんも。清水さんとは、たまたま家の方向が同じなので、いつもバイトが終わると車で家の近くま
で送ってもらっていた。
そんなある日のこと。バイトが終わり、更衣室(清掃員は男女共用)で身支度していると、清水さんが小さな箱を手に現れた。
「カスミちゃんさ、ドーナツ好きだったよね」
「あ、ミスドですか!大好きですよ!」
箱の中にはイチゴ、チョコ、抹茶の3つの小さなドーナツが入っていた。
「ひとつあげるよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、どれか2つを選んで指差してみて」
「2つですか? じゃ、コレとコレで」
私は箱の中のイチゴとチョコの2つを指差した。
「よし。じゃこれはぼくがいただこう」
清水さんは残りの抹茶ドーナツを手に取り、ムシャムシャ食べてしまった。
「じゃ残りの2つのうち、どっちか1つを指さして」
「はい。じゃこっち」
私はチョコドーナツを指さした。
「よし。じゃこれもぼくが食べよう」
清水さんはそのチョコドーナツも食べてしまった。箱に残されたのはイチゴドーナツ
がひとつ。
「実はね、カスミちゃんがイチゴドーナツを選ぶことはわかってたんだよ」
「え? ウソ!?」
清水さんは胸のポッケから1枚の小さな紙切れを取り出した。そこにには黒いペンで
“イチゴドーナツ”と書かれていた。
「すごーい! 清水さん、なんでわかったんですか!?」
「教えられないよ〜。じゃあ
どうぞ食べて」
「はーい、いただきまーす」
大げさに驚いてはみせたけれど、タネはわかっている。
清水さんは三種類の紙を用意していて、イチゴが残れば胸ポケットの紙、チョコならズ
ボンポケット、という具合に事前に入れておいただけのことだ。まったく、かわいいオ
ジイちゃんだ。
ところがどっこい、かわいいオジイちゃんなんかではなかった。その手品の後、車で
送ってもらったとき、私はいつの間にか車中で2時間も眠ってしまい、しかも体をまさ
ぐられたような痕跡があったのだ。
「ずいぶん寝てたねぇ」
「あ、どうもすみません」
何かをされた証拠があるわけでもなく、その場はそのまま帰ったのだが、おそらくド
ーナツに睡眠薬でも入っていたに違いない。それを裏付けるように、翌週、清水さんは
バイトを辞めてしまったし。
ただ、それにしては不可解なことがある。
あのときのイチゴ残しを当てられたのはあくまでカラクリがあったわけで、実際に予言されていたわけじゃない。
である以上、睡眠薬はすべてのドーナツに入っていたと思われる。抹茶とチョコを食べた清水さんはどうして車を運転できたのだろう。
あの手品を何度も思い返してみる。最初、私はイチゴとチョコを指さして、清水さん
が抹茶を食べ・・・その次はチョコを・・・。
そうか! わかった!
あの手品はメモを3枚用意するというカラクリではなく、私が何を選んでもイチゴ(睡眠薬入り)が残るように仕組まれていたのだ。
たとえば最初にチョコと抹茶を選べば、「その二つはぼくが食べる」と言って私に残りのイチゴを差し出せばいい。
イチゴと何かを選べば、あのときのように残り一つを自分が食べてから、次の選択へ。そこでイチゴを選べばそのまま食べさせ、逆を選べば、残りのほうをあたかも「選んだ」かのごとく差し出し、メモを見せてビックリ、というわけだ。
やられた。絶対に胸ぐらいは揉まれたに違いない。ま、証拠もないことだし、今となっては冥土の土産にさせてあげるしかないんだけど。