会話のタネ!雑学トリビア

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NHKの受信料集金屋の1日

みなさんはNHKの受信料を支払っているだろうか。
 毎月2620円。見せてくださいとお願いしたわけでもないのに決して安くない金額を持って行かれるこのシステム、なんとも理不尽である。
 と考える人は多く、東京・大阪で約4割、沖縄では約6割が未払いという数字が出ている。「NHK地域スタッフ」、山本安弘さん(仮名、39才)は、受信料契約10年のベテランだ。未払い率4割の東京で、常に上位30%に。
 彼はいったいどのようにして好成績を生み出しているのか。ある日の仕事に同行させてもらった。平日午後2時、彼の担当エリアのある都内某駅で待ち合わせた。
「おはようございます。今日は1日よろしくお願いします」
 半袖のワイシャツにネクタイ姿がって現れた山本さん、営業マンらしい爽やかな雰囲気の男性だ。
「では、行きましょうか」
 自転車で併走し、ごく普通の閑静な住宅街の一角へ到着した。
「こちらが今日予定してる範囲になります。ここから1ブロックずつ、時計回りに回っていきますね」
 山本さんが地図を取り出し、本日の訪問エリアを見せてくれた。
「暗くなる前までに、だいたい10ブロックぐらいは回ろうと思ってます。広く感じますけど、この辺は畑があったり、あとはマンションやアパートなんかだと一気に回れますから」
 午後2時からおよそ5時間で、世帯数およそ600軒以上を回る予定らしい。
 ちなみに彼ら地域スタッフは、正確にはNHKの社員ではなく、個人委託事業者と呼ばれる自営業者と同じ立場なので、事務所に出勤する必要はなく、自分で自由に労働時間を決められる。山本さんの場合は、週休2日、毎日午後2時から夜9時ぐらいまでと決めているそうだ。
「新宿エリアを担当していたころは、深夜1時ぐらいまで訪問してたりもしたんですよ。ホストが集団で住んでるマンションとか。でも一般の住宅街ではありえませんね。あまり遅い時間は印象が悪くて契約に結びつきませんし」
 最初の一軒家の前で、山本さんは自転車にまたがったまま、首からぶら下げたタッチパネル式の端末をチラリと覗き、すぐに自転車をこいで隣りの家へと移動した。あれ、この家のチャイムは押さないんですか?
「ここはもう契約してる家なので次に行きます。一軒家の場合は契約してる確率が高いんですよ」
 首にぶら下がった端末は、彼らにとって最も重要なお仕事ツールで、この中に、エリア内にある各世帯の名前や住所、入居人の有無や空室の期間、NHKとの契約の有無など、過去何人もの地域スタッフたちが集めた情報が蓄積されている。
 つまり一軒目のお宅は、すでに契約済みとなっていたのでスルーされたわけだ。
 続いて2軒目、3軒目も、端末情報が「契約済み」のようで、次々にスルー。
 と、数軒目の前で突然、彼は自転車を降り、敷地内のガスメーターを覗き込んだ。何してるんですか?
「あ、ガス栓が開いてるかどうか確認したんです。ここの家、表札がはずされてますよね。端末には居住者の名前があるので、引っ越しちゃったのかもしれないなと」
 ガス栓は閉まっていた。すなわち空室、引っ越し済みだ。
 すぐに山本さんが端末のタッチパネルをポチポチと押す。
「いま端末の情報を『空家』に変更しました。次に部屋に誰かが越してきたら、新しく契約がとれるかもしれませんよね」
 このように、契約のための訪問とはいえ、今後につながる作業も同時にしておくことは原則中の原則だ。
ガスメーターは本当に役立つんです。開栓日のシールを見れば、最近引っ越して来た人がわかりますから。引っ越したばかりの家はいいネタになりますんでね」
「ネタ」とは彼ら地域スタッフの間で使われる隠語で、「まず契約が取れるであろう家」のことを指す。一番おいしいネタは、引っ越してきたばかりの大学生や新社会人だ。
 と、今度は一軒の大きな家の前で自転車を停め、玄関のインターホンを押した。しばらく待っても家主の反応はない。
「ここは表札がないんですが、一応新しい人が越してきてないかの確認が必要かなと。ほら、あそこのガス栓のシールが綺麗ですよね。最近開栓された可能性が高いです」
 つまりここもネタ候補ということになる。
 とある古いマンションを上の階から確認していく途中で、山本さんが不意にインターホンを押した。未契約の人だろうか。
 スピーカーから「はい」と声が聞こえた。家人としゃべるのは本日初めてだ。いよいよ契約の手腕が発揮されるのか。
「こんにちは。NHKの山本と申します。受信料の件で参りました」
「あー、すみません、いま主人がいないので」
「あ、わかりました。では後ほど訪問させていただきます」
 あっさりとあきらめてしまった。こんなことでいいのか。
「いいんです。ご主人が戻ってくれば可能性があるという意味では十分ネタ候補ですから、後でまた来ましょう」
 その後も山本さんは端末を見ながら表札との照合を続け、データと現状が一致しないケース、つまりはネタになりそうな部屋があれば自転車を停めて、ガス栓をチェックし、玄関のチャイムを押していった。 
15秒ほど待って反応がなければすぐにその場を離れる。そして反応があっても引き際は早い。
「NHKの山本と申します。テレビの受信料の件で参りました」
「あ、うちはテレビないんで」
「あ、そうですか。では状況が変わりましたらまたよろしくお願いいたします」
 こんなあっさり具合だ。テレビがないわけない。もっとしつこく食い下がればいいのに、なんでそんなに淡泊なのだろう。
「僕も仕事を始めたころは、何とかして契約を取ろうと、『放送法で決まってますので』なんて言ったりしてましたけど、結局は払ってくれないんですよね。時間がもったいないんで、さっさと次に向かった方が効率的なんです」
 一軒の古いアパートに立ち寄った際、山本さんが怪しげな行動をとった。表札のプレートの上を指先で軽くこすったのだ。いまのは何だ?
「表札とかインターホンの上とかの汚れ具合を見れば、新しく誰かが越してきたかどうかわかるんですよ。人が入ると大家さんが綺麗にするので」
 他にも、玄関脇に置かれた洗濯機の汚れを指でこすって、新しい住人かどうかを確認することもあるそうだ。
「指でこすってみないと古い汚れかどうかわかりませんからね。あとは空き家かどうかなら、チャイム押せば音でわかるんですよ。家具がないと響くんで」
 チャイムの響き。そんなもんを聞き分けられるとは。
 その後も、全戸訪問を黙々と進めていく山本さん。途中で強風とゲリラ豪雨に見舞われたが、多少の天候悪化ぐらいで仕事を切り上げたりはしないようだ。
 次に家人と対面できたのは、とある古いマンションの一室だった。チャイムに応対したのは、ハッキリとは聞き取れないがお婆さんの声のようだ。
「こんにちは。NHKの山本と申します。テレビの受信料の件で参りました。玄関先までよろしくお願いします」
 ドアがチェーンロックされた状態で3センチほど開き、奥からボソボソと声が聞こえた。
「受信料の件で参りました」
「いや〜……」
「ではご案内だけ入れておきます。またよろしくお願いいたします」
 言い終わる前にドアが閉まった。相手は何て言ってたんだろう。
「すみません、だけですね。顔も見えませんでした」
 と言いながら山本さんは、ポストに次回の来訪日時を知らせる紙と契約書類を入れた。
「対面が苦手な方もいるんで、また来ますと圧迫を与えて、封筒つきの契約書類を入れておくんです。たまにこれで契約されることもあるんですよ」
13ブロックおよそ600軒を周り終えたところで、あたりが暗くなってきた。
「表札の文字が見えなくなってきたんで、ごはん休憩取ります」
 ようやく休憩タイムか。と胸をなで下ろしたところ、山本さんは「コ
ンビニで軽く食べたらすぐ後半の仕事に入りますね」と涼しい顔でいう。
 結局、オニギリ2個と焼き鳥1本を買い、近くの公園で立ったままの食事を終えた。
「いつも夕食はこんな感じですか?」
「そうですね。コンビニで買って食べてます。今日は種市さんがいるので公園まで来ましたけど、だいたいコンビニの前でそのまま食べちゃいますね」
 のんびり晩メシを食べられるほどの余裕はない。そう、これからは日中にネタ候補としておさえておいたお宅を順番に回る仕事が残っている。昼間は不在でも、たいてい夜間には誰かしら帰っているものだ。
「今日はネタが多めで全部で8カ所ぐらいありましたんで、2〜3件は契約が取れると思います」
 すっかり日が落ちて暗くなった住宅街を、さっきの2倍ほどのスピードで自転車をこいで移動する山本さん。付いていくのがやっとだ。
 すぐに見覚えのあるアパートへ到着した。外から窓の明かりをチェックすると、目的の部屋に電気が点いている。
「もう帰宅してますね。叩いてみます」
 玄関先まで回り、チャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
「はい…」
 現れたのは地味な出で立ちの若い男性だ。
「夜分にすみません。NHKの山本と申します」
「あー、はい」
「テレビの受信料の件で参りました」
「あのー、実家の方で親子なんとかってヤツをやってるんですけど…」
「あ、家族割引ですかね?」
「はい、そうです」
「それは地元で1人暮らしをされたときのものですかね?」
「いえ、実家にいたときです」
「あ、そうですか。そうしますとですね、家族割引というのはご実家での契約になりまして、こちらの住所で登録がないので、1人暮らしを始めた場合、こちらの住所であらたに契約が必要になるんですよ」
「ああ、はい…。わかりました」
「では、こちらの書類に書いていただくところがありますので。お願いします」
 あっさり契約ゲットだ。玄関先で書類に必要事項を書いてもらい、学生なので半額の1310円を徴収し、領収書を渡して終了。以降は口座からの引き落としだ。
 この後、残りのネタ7件の部屋を順番に回ってみたが、6軒は不在。最後のネタへ自転車を走らせる。お、ここも部屋の電気が点いてるぞ。
 ピンポーン。
「NHKの山本と申します。テレビ
の受信料の件で参りました」
「あー、ウチ、テレビの線に繋げてなくてですね。ネット用にしか使ってないんですよ」
「あ、そうですか。テレビは観ない状態だと」
「はい」
「わかりました。ではまた状況変わりましたらよろしくお願いいたします」
 インターホン越しに一礼して、玄関から離れる山本氏。
「まあ、今はダメでしたけど、また時間をあけて訪問すると、うまくいくこともあるんですよ」
 過去にあったケースでは、旦那さんがNHK嫌いな人で支払い拒否どころかスタッフとケンカするほどの家だったのに、その旦那さんが亡くなって世帯主が奥さんに変わったときに再訪してみたら、『わたしは払ってもいいと思ってたんです』とあっさり契約を結んでくれたそうな。
「ただ、押せばいいわけでもないんです。以前、何度も同じ家にしつこく訪問してたら、そこの奥さんがあきらめて対応してくれて契約してくれたんです。ところが契約書を書いてる途中に旦那さんが後ろから現れて、オマエ何してんだ! なんて大もめになっちゃって」
 結局、興奮した旦那が警察を呼びつける騒ぎになり、契約どころの話ではなくなったそうな。
 時刻は8時半を回った。ようやくこれで終わりかと思いきや、
「帰ってきてるかもしれないんで、不在だった部屋にもう一度回ってみますね」
 今度は立ち漕ぎで移動を開始。もう勘弁してくれよ!
 結局、不在だった部屋を3巡もして、誰とも対面できないことが決まったところで、本日の仕事は締めくくられた。
「今日はこのぐらいで終りですかね。不在だったネタはリストしておいて、週末にまとめてまわりますんで」
 1日これだけ回ってたった1件の契約だったが、週末の朝から、不在だったネタ部屋だけをめがけて訪問するのでもっとたくさんの契約が取れると見込んでいるそうだ。
「では、お疲れ様でした」
 笑顔で自転車にまたがり颯爽と
帰っていく山本さん。ホントにお疲れ様でした。こっちはもうヘトヘトだ。