会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

外国人コンプレックス打破へのチャレンジ

高校のころから、外国人の友だ
ちがほしいと思っていた……くう、
なんだコレは。これまで腐るほど
の原稿を書いてきたが、そのなか
でも屈指の恥ずかしい書き出しで
ある。
だが、事実だ。ほのかな憧れというか、ガイジンコンプレックス
というか、そういう意識を長い間
持ち続けてきた気がする。
みんなは違うのだろうか。いや、
心の底ではぼくと同様に、外国人
の友だちがほしいと思っている人
が多いに違いない。東京あたりで
は外国人などめずらしくもない時
代だが、それでもなお、彼らとフ
ランクにつきあえる日本人がどれだけいるのか。
根拠はないがきっと少ないと思
う。いくら数が増えたって、何も
きっかけがなければ彼らと知り合
うことはできないし、わざわざ知
り合う機会を作る必然性もない。
占領軍が威張っていた昔のように
引け目を感じ萎縮するなんてこと
はないにしろ、どこかよそよそし
く、彼らと触れあわないように生きている人が結構いるのだと思
しかし、石を投げれば外国人に
あたりそうな衷尿で、ひとりの友
人もいないってのはヘンじゃない
か。昔から友だちになりたかった
はずなのに。
知人ならいる。たとえば、いま
ぼくは個人出版した本をブックフェアに出品すべ
く、ドイツ人コーディネイターや
カナダ人翻訳者と協同作業をして
おり、昨日も一緒に昼飯を食べたところだ。
でも、これはあくまで仕事上の
関係。彼らと知り合ったのも知人
の紹介である。紹介がなければ、
まず知り合えなかっただろう。街
で彼らと出会い、意気投合して協
同作業をはじめるなんて展開は想像もできない。


唯一の例外はインド人の友人。
インドに取材にいったとき知り合
い、彼が日本で就職したので交際
が続いている。仲良くなれたのは、
日本語がぺラペラであることと、
同じアジア人だからである。
不思議なことにアジア人ならさほど緊張しないのだ。

 

外では単独行動を好み、必要に応
じた会話ぐらいはしている。ひょ
んなことでスペインの女子大生と
仲良くなり、1週間ほど一緒に過
ごしたこともある。
唯一とも言うべき勇気ある行
動に出たこともあった。ニューヨ
ークに行った際、ライブハウスで
1人、ドクター・ジョンを聴いたのである。
だが、それで人生が変わること
はなかった。日本に一戻れば、以前
のように白人が苦手な、それでい
て友だちになりたいと思っている
男に逆戻り。今日まで奇跡は二度
と起きていない。
なんとかしたい。いまやらねば、
このまま年老いていくだけなのが
はっきりわかる。それで不自由は
ないとしても、つまらないではな
いか。ぼくは白人の女をナンバし
たいわけではない。ほしいのは友
人。どっちかといえば男がいい。
ど》?すればいいのか。カンタン
である。話しかけ、気が合えば交
際が始まるはずだ。考えるまでも
ない。問題はやるかやらないかで
ある。うまくいくとはかぎらない
が、話しかけなければ永遠に友だ
ちにはなれない。
相手だって日本で暮らしている
のだから日本人の友だちは歓迎だ
ろう。ぼくのように、なんとなく
接触を避ける日本人が多いために、
なかなか仲良くなれず寂しい思い
をしている人がいるかもしれない。地元の西荻窪で、そんなタイプ
のガイジンを発見した。秋祭りの
日、威勢よくみこしをかつぐ人た
ちを、遠くから物珍しげに眺めて
いる男がいたのである。
年齢は30歳ぐらい、やや髪の毛
が薄く、優しそうな顔をしたヨー
ロッパ系の男である。地元、優し
い、イギリス人の可能性ありとく
ればゴーサインだ。
5分後、ぼくは男の隣まで行き、
軽い感じで話しかけてみた。
「ドゥ・ユー・ノウ・ミコシ?」
いちいち英語表記はかったるい
ので日本語に切り替えよう。ここ
からの会話はすべて英語だと思っ
てくれ。
「何ですか」
「みこし、みこし。あれはみこし。
あんた日本語しゃべるか」
「しゃべらない」
「あんたイギリス人か」
「違う、スウェーデン人」
「オー、オレ間違えた。いつきた
ニッポン?」
「オー、みこしは祭りのシンボル
だ」
「何ですか」
「だから、みこしは、オー、オレ
はトロ」
「何ですか」
「踊るか、あんた」
「は.…..」
「だから、アンド、だから……」
「。・・。。。」
「……あれはみこし」
それ以上は会話にならず、ぼく
もアセるぱかりで言葉に詰まって
いるうちに、彼は「バーイ」と虚
しい笑いを浮かべて離れていった。
失敗である。積極的に話しかけ
たのは良かったが、あとが続かな
いのが痛かった。近所に住んでい
るのかとか、もっと具体的な話が
できればと思うが、もう遅い。結
局、嬉前すら聞けずじまいだ。
考えてみれば、英語能力のない
ぼくが、何の必然性もなく話しか
けても、話題が続くわけがない。
今日の会話はあまりにもツカミが
弱いのである。運良く日本語が堪
能ならいいが、そうでなければ盛
り上がらなくて当然。ヘタすりや
ホモ疑惑を抱かれかねない。何か話のキッカヶとなる小道具
がほしい。場所も白人比率の高い
都心のほうがいいだろう。
そうだ、六本木に行けば白人が
たまっているバーがあるかもしれ
ない。そういうところに乗り込ん
で片っ端から話をすれば、打ち解
けてくれる人もいるのではないだ
ろうか。日本語がうまい欧米人だ
っていそうである。3日後、ぼくは前述のドラァグ
クイーン本と、近いうちに行くこ
とになりそうなジャマイカのガイ
ドブックをバッグに入れ、夜の六
本木に出かけた。
ドラァグクイーン本はブックフ
ェアに出展する予定になっている
から、欧米人がどういう興味を示
すかぜひ知りたいところ。「これ
これしかじかで出品するので外国
人の意見を聞いておきたい」とい
うのは、話しかける動機としてそ
れほど奇異ではないと思える。
一方のジャマイカは押さえ。初
めていくので、現地情報を仕入れ
たい。必然性としてはさほどでもないが「ユニークな記事にするた
め」との理由付けにはなると思っ
た。とにかく、話題が途切れず、
相手の警戒心(ホモ疑惑やヤバイ
野郎じゃないかなど)が溶けてく
れればOKだ。
欧米人が集まる店がどこかわか
らないので、適当な外国人に目を
つけ、彼らの後を追うことにした。
それで六本木をかなり歩いたのだ
が、どうもいまひとつ気分が乗っ
てこない。
理由のひとつは先月も書いたよ
うに、酒が弱いこと。バーで腰を
据えて飲むわけにはいかない。で
も、そこはビールでごまかせばな。

25年に及ぶコンプレックス打破へのチャレンジなのだ。
これぐらいの緊張はあってしかる
べき。そう考え直してドアを開け
ると…暗がりの中にわさわさと外
国人がいた。
欧米人専用の、日本の中の外国
みたいなところは場違いだ。入っ
たって浮きまくりだし、うまくい
く予感はゼロ。足がすくみ、前に
進まなくなったぼくは、そのまま
ドアを閉めてしまった。
自分には無理だ。こんなところ
へ単身乗り込めるぐらいなら、と
っくに友だちのひとりぐらいでき
とるわい。ぼくがやろうとしてい
るのはキモ試しじゃないんだ。
「ハロー、あんたたちジャマイカ人か?」
このまま帰宅したのでは意味が
ない。どうしようかと歩いている
と、スターバックスに白人男のふ
たり組がいた。
外から見ると、ふたりでおとな
しくコーヒーを飲んでいるようだ。
その姿は退屈そうに見えなくもない。年齢はどちらも30代後半とい
うところで、服装などもカジュア
ルで親しみやすい。何より、ヒゲ
を伸ばしたひとりの顔つきが柔和
なのがいい。あいつとなら仲良く
なれそうな気がする。ぼくは勇ん
でスターバックスに入り、彼らの
隣に腰を下ろした。
ドラァグクイーンに反応するよ
うには思えないので、バッグから
取り出したのはジャマイカ本のほ
うだ。
取材のテーマは、ブルーマウン
テンコーヒー。ぼくが現地で取材
したいことのひとつは普通のジャ
マイカ人がどんなふうにコーヒー
を飲んでいるかということだ。そ
のためには一般家庭を前閲するの
が一番である。だから「ジャマイ
カに知り合いがいる人間を捜して
いる」というのが、話しかけるキ
ッカケになる。
しばらくガイドブックを眺めて
いると、彼らがこっちを見ている
のに気づいた。ヒマなんだなあ。
よし、勝負だ。気合いを入れろ。
考え深そうな顔を作って、彼らのほうに顔を向けると目があった。
いまだ。
「ハロー。あんたたち、ジャマイ
カ人?」
くだらないが、いちおうギャグ
のつもり。これがけつこう受け、
ヒゲが圭層ど上げて笑いだした。よ
し、すかさず移動だ。
「座っていいかオレ」
「ああ、どうぞ」
「日本語は話せますか?」
「少しネ。でも英語がいい」
彼らはどちらもアメリカ人で、
ジャマイカに行ったことはないと
言う。「休暇か?」と尋ねられた
ので「仕事だ」と答え、自分はラ
イターで取材のために行くのだと
正直に伝えた。こちらの仕事に好
奇心を抱いてくれれば、話がしや
すい。
「オレ、英語だめなのにジャマイ
カにいくのです」
「そりゃ、すごいリポートができ
そうだな」
「なんとかなる。で、あんたたち
コーヒー好きか。ブルーマウンテ
ンコーヒーって知っているか。ジヤマイカ産だ。世界こ
「いや、よく知らない」
ヒゲが言うと、もうひとりが自
分は聞いたことがあると領いた。
「ニッポン人、ブルーマウンテン
き。値段高い。みんなブルマン
「ジャマイカならレゲエのほうが
いいんじゃないのか」
こんな感じで、つたないながら
も会話が成立。ヒゲはあまりしゃ
くらずへむしろヒゲのない男がに
こやかに相手をしてくれる。話題
もジャマイカか皇丞凧のことに変
わり、長続きしそうな気配になっ
てきた。
「そうそう、オレの名前はトロで
す。よるしノ△
相手がマイケルとラリーと名乗
り、握手を交わす。いい展開だ。
二塁尿へは仕事できたのか?」
「そう。エレクトロニクス関係の
技術者」
実際にはこんなスムーズな会話
じゃなくて、片言の日本語と英語
が飛び交い、彼ら同士の(ぼくに
はわからない)会話もあって、混
乱しながら進んでいる。
さて、ここからどうすればいいかである。メシに》誰つ手もあるが、
それは唐突すぎるだろう。我々は
あくまで、たまたまスターバック
スに居合わせた客として話をして
いるのだ。
ぼくが話しかけたのはジャマイ力について聞きたいからってこと
になっている。人数的にも相手の
ほうが多いのだし、ここでは彼ら
の出方を伺うのが賢明だ。ぼくに
できることは少しでも会話を長持
ちさせ、不快感を与えず、誘われればつきあい、そうでなければ名
刺を渡すことである。しつこいの
は絶対によくない。
「ところで、あんたたち友だちを
待ってるとオレは想像した」
「たぶん、電話あります」

翌日は新宿のアイリッシュバー
に出かけてみた。アイリッシュバ
ーは欧米人が好む店で、新宿の店
なら日本人も適度にいると知人に
教えてもらったのだ。
「ドラァグクイーン』を片手にド
アを開けると日本人の姿が目に入
ったので、そのまま店内へ。比率
は欧米人7、日本人3というとこ
ろだろうか。
座席はいっぱいだったが、こっ
ちはひとりの身。座る気などない
ので好都合である。ビールを注文
し、止まり木で飲めばいい。
周囲を観察してみると、ほぼ全
員がカップルか男女のグループ。
野郎ひとりや、ふたり組はいない
ようだ。困った。新規客に期待す
るしかないか。煙草に火をつけ、
ビールをごくり。他にやることが
ないので、またごくり。お代わり
して再びタバコを吸い、時間を稼
ぐも、客はカップルが連続3組。
ついていない。
こりやだめだと思いつつ、通り
がかった白人男に「ハロー」と言
コンプレックスの
中身は実のところ…
うと完全に無視された。ふたり目
は「ハロー」と返事こそ返したが、
やや不審な表情である。赤い顔を
した日本人が、ただ「ハロー」と
言っのだから不気味なんだろう。
ぼくにしたって「ハロー」の後
に続ける言葉の持ち合わせなどな
い。もし相手が何か話しかけてき
たら、日本語混じりの益金叩で、ド
ラァグクイーンについてどう思う
かと質問すればいいことだ。
いいのだ。ぼくはスターバック
スで自分なりの勝負をした結果、
あることに気がついたのである。
それは、自分の白人コンプレック
スの大部分が、英語コンプレック
スにすぎないということだ。
しゃべれないから会話に不目由
し、そのもどかしさが予測できる
ために話をするのがおっくうにな
る。もちろん底辺には、そのこと
でバカにされるのではとい雷2気持
ちもあるのだが、そこは昔と比べ
ると格段に減っている。
アジア人だとさほど苦にならな
いのも、肌の色の問題ではなくて、
彼らの英語がわかりやすかったり、
片言であっても日本語が通用しや
すいからだ。考えてみれば、ごくあたりまえ
のことなのだが、マイケルやラリ
ーと話すまで、ぼくはそのことに
すら気づかなかった。で、気づい
てみたら、自分の中にとりたてて
白人に対する劣等感がないことが
わかったのだ。
それはきっと、この弱年間のう
ちに欧米人にもスタイルのいいヤ
シもいれば悪いヤシもいることを
知ったからだし、頭の善し悪しや
人間性、知性なども、人種や国籍
じゃなくて個人個人で違うものだ
とわかってきたからだろ雪恥
ぽくにはまだ欧米人の友だちが
いない。今回はうまく行かなかっ
たけど、この調子で過ごしていれ
ば、きっと誰かと仲良くなれるは
ずだ。酒飲みでもないのに訪れた
アイリッシュバーなんかじやなく、
どこか自分にふさわしい場所で、
ふさわしい出会い方をするに違い
ない。
その出会いを有意義なものにす
るためなら、英語学校に行くのも
いいかもしれん。資料でも取り寄
せてみるか……。そんなことを思
い、ぼくは残ったビールを空にし
て外に出た。