母親から毎日のように電話がくるようになった。次女が自殺サイト男と連絡をとってるのではと疑っているようだ。なぐさめてやろうと週末にひとりで実家に向かったところ、母親はすいぶん顔色が悪かった。頬もこけたようだ。親子とはいえ女同士というのはどこか関係がギクシャクするようで、まだ本音を語り合ってはいないらしい。ここはやっぱり長男のオレがしっかりしなくては。次女をリビングに呼び、オレは二人を諭した。
「お母さんまだ心配してるんだぞ。あの男とはもう連絡とってないんだよな?」
「とってないよ」
「母さんもこれ以上心配したら病気になっちゃうぞ。信じてやれよ」
「うん、そうね」
次女は母親のほうを見ようともしない。でもあーだこーだ繰り返してもどうせこのままだ。
「じゃあこの話は終わりな。よし、今日の夕飯はオレがオムライス作ってやるよ」
昔から二人はオムライスが大好物なのだ。まったく長男は気苦労が絶えないぜ。
夕方には弟の二人も帰ってきて全員でテーブルについた。オムライスをほおばりながら久しぶりの家族団らんだ。
「食べたらお風呂入っちゃってよ」
夕食後、母に言われたとおりに美幸は着替えを持って風呂場に向かった。シャワーの音が聞こえてくる。…母は何も言わずに美幸の部屋に入っていった。そしてしばらくすると一直線に風呂場へ突進していく。手に美幸のケータイを握って。バチーン!
「このウソつき!!」
大きな音と叫び声が響いた。少し遅れて美幸の泣き声も聞こえてくる。風呂場では素っ裸の美幸が顔をおさえていた。
「なにがあったんだよ!?」
「この子はまだあの男とメールしてるんだよ! ウソついてたの!!」
顔を真っ赤にして怒り狂う母と、泣きながら謝る美幸。そしてさらなる平手打ちが。
バチーン!
そのとき後ろから大きな影が現われて、母親の顔をぶん殴った。
バコン!
次男の健輔だ。
「子供に手を出すな!」
するとそこにまた新たな影が。
バコン!!
「お母さんに何するんだ!」
三男の雄介である。
お、お前ら、どんだけ熱いんだ。兄ちゃん、付いていけないよ。弟たちが殴りあい、仲裁しようとした母もパンチやキックをもろに受けている。もはや美幸がどうこうではなく、まるで普段のうっぷんを晴らしているかのようだ。と、玄関をドンドンと叩く音が聞こえた。
「警察です、開けてください」
マンションの誰かが通報したらしい。血だらけの顔になった3人はようやくおとなしくなった。警察が帰ったあと、鼻を腫らした母親に聞いた。
「美幸の携帯、見たんだろ? どんなメールだったんだよ」
「信じられないよ。『自殺したら楽になるから』とか『不満なんてすぐにどっかにいっちゃう』とか、なんでそんな変な男とメールしてるんだろ…」
そうか、そりゃビンタぐらいかましてやらないとな。にしても美幸、お前ほんとに大丈夫なのか?
オレにはオレの家族がいるので実家ばかりかまっていられない。週末は春日部コートでのんびりお休みだ。いつもは布団の中にいる土曜の朝だというのに、妻の真由美がのんきにおめかしをしていた。
「今日は友だちと会ってくるからさ、夏美を見ててもらっていい?」
高校時代の友だちから久しぶりに連絡がきて会うことになったそうだ。どうぞどうぞ、オレもそのほうが気楽でいいし。真由美は夕方に帰ってきた。
「ただいま〜。見て見て。アタシの顔、なんか違うでしょ?」
「え? どのへんが?」
「よく見てよ」
友人の使ってる化粧品を塗ってきたんだと。そんなん言われても関心ありませんから。
「ノンちゃんさ、その化粧品を自分で仕入れて売ってるんだって。けっこう儲かってるらしいよ」
なんだか怪しげな話になってきた。それってア●ウェイとかじゃないのか?
「私もね、同じ仕事をやりたいなって思ってるんだ」
「は?」
「あのね、私が参加するとノンちゃんも儲かるし、私がまた他の人に紹介するとその分もお金になるんだって」
「やめとけって」
「えー、でももうやるって言ったし」
ダメだこいつは。何もわかっちゃいない。
「とにかくダメなもんはダメだから。認めないから」
強く反対したオレだったが、以来、我が家の洗面台にはよくわからん化粧品が日々、増え続けている。サンプルでもらっただけだと真由美は言うのだけれど。