会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

写真週刊誌記者と言う仕事

ある高校の校門前。どこにでもある下校風景の中にボクはいた。
「あの、ちょっといいですか?」
「・・・」
マジメそうな女子高生に声をかけるが完全に無視。
「すいません、少し時間ありませんか?」
続けて声をかけた、高校球児風の丸坊主は途端に迷惑そうな顔になった。
「そういうのに答えるなって言われてるんスよ」
生徒たちにキャッチのごとノ坐癖をかけ、1時間が過ぎようとしている。ボクはしだいに焦りを感じ始めていた。
ここ東海地方の公立H高校で男性教諭Sが女子更衣室にビデオカメラを設置、着替えシーンを盗撮するという事件が発覚した。
その「盗撮教師」の写真を入手することこそ、ボクがここにやってきた目的なのだ。写真週刊誌「F」の記者になって初めての仕事だった。

「まだいたのぉ、超しつこぐない?」
「持ってても貸さないよ-だ」
「あ、アタシ、100万くれたら貸してあげてもいいよぉ-」
ゲラゲラ笑いながら立ち去るコギャル。完全におちょくられている。事件はワイドショーやニュースでも取り上げられ、生徒たちはマスコミの取材に対してすでにウンザリしているのだ。
それにしても、なんであんな小娘にまでバカにされなけりやいかんのだ。立ち去る彼女たちの背中を見送りながら、ボクはこの仕事を続けていけるのか不安になっていた。
テレビ番組のADをドロップアウトした。奴隷同然の扱いと労働基準法を無視した激務の連続に音を上げたのだ。元来へタレのボクにしてみれば当然の結末である。かといってこの不況の世、次の仕事が簡単に見つかるほど甘くはない。すっかりプータロー生活を強いられ、マンガ喫茶に入り浸っていると、さらにキビシイ現実が叩きつけられた。
5年付き合ったカノジョからあっさりフうれてしまったのだ。昼間から家でゴロゴロTVを見ながらオナラ、ブー。これでは見捨てられるのも仕方がない。
仕事もダメ、女もダメ。何をやってもダメダメ。こうなったら、しばらくインドにでも行って人生とやらを見つめ直そうかと悩んでいた矢先、ある情報が飛び込んできた。
写真週刊誌「F」が取材記者を募集しているというのだ。「F」といえば良くも悪くも日本中に話題を提供する超有名雑誌である。何やら刺激的な体験ができそうだ。
ボクはほとんど好奇心だけでこの話に飛びつくことにした。
数日後、編集部の人間との面接に臨んだ。
「キミはどんな取材をしてみたいの?」「イヤー、北朝鮮とか、とにかくパンパン危険地帯に行って潜入取材とかしたいっすね」
「F」ともなれば、何かとヤバイ仕事も多いだろう。取材のためなら少々の危険も省みない男を求めているのではないか。真剣にそう考え、気合いの入った答を返した。
「ほう、北朝鮮ねえ」

「まず、そのラフ過ぎる格好はどうにかならないのかよ」

確かに汚いジーンズにガラシヤッ、不精ヒゲはドコから見てもフリーターか浪人生だ。「人様の不幸を食い物にしてるんだからネクタイぐらいしめてビッとしろよ」

そうなのだ。ボクはこれから事件の取材でいろんな人に会うのだ。礼儀として正装ぐらいするのが当然だろう。記者として必要な品も教えてくれた。まず取材用メモに書き慣れたペン、インタビュー用テープレコーダー。そして必ず忘れちゃならないのが名刺である。日本全国で「F」の記者を名乗るのだから、名刺は肌身離さず持っていなければいけない。

新聞など、どれも同じことが書いてあると思っていたが、大間違いだ。同じ殺人事件でも新聞によって報道のされ方に微妙な違いがある。毎朝、違う新聞を数紙読んでスクラップを作るのは事件取材の基本中の基本らしい。

「ところでどうやって取材するものなんですかね?」

「そんな決まりなんてないよ。みんな自分のスタイルがあるんだから」

「そういうものでしょうか」

何となく納得できないが、こればかりは教えてもらうようなことではないらしい。独自の人脈や情報源を利用して取利に活用している人などやり方は様々。それはフリーで仕事をしている人間にとっての生命線であり企業秘密なのだ。

「トップ屋ってわかるか?」「ハイ?」

「あんまり言わなくなったどな、週刊誌ってのはスクープってナンボの世界だからな」トップ屋とは雑誌のトップ記者のことである。

「おまえにもいずれわかるよ。ま、最初はきっちり地取りをすることだな」

地取り。いわゆる聞き込み取材のことだ。何ゃらカッコいいが、実際は訪問販売員のように大変地道な作業である。例えば事件が起こった家があればその近所を一軒一軒聞き込みして潰していく。そして、その範囲は何か情報がない限りどんどん広がっていくのだ。記者の仕事の大半はこのような地道な作業の積み重ね。取材のため、名簿に載っている数百人分の家に電話をしていくなどザラである。しかし、この時点ではまだそんな事実を知る由もなく、早くドラマチックな事件でも起こらないものかと胸を躍らしていた。そんなボクに舞い込んだ初仕事が冒頭で紹介した「盗撮教師」事件だったのだ。
ベテランKカメラマンと2時間近く声をかけまくっただろうか。ようやく写真を提供してくれるというヤンキー風の生徒を捕まえた。

「写真か、いくらくれるの?」

やはりカネが目当てである。何十万もフッかけてくるのだろうか。と思いきや、そこは百戦錬磨のKカメラマン。うまく相手と交渉して図書券程度の謝礼で話をまとめてしまった。さすがである。ヤンキー君の持ってきた写真は教師を紹介した学校の配布物だった。見るからに普通の30代男性。誠実そうな顔からは「盗撮」などとてもイメージできない。さらに取材を続けるうち、ヤンキー君の友人から驚くべき証言が
フォーム研究のため練習風景をよくビデオに撮っていたのだが、ある日練習後にビデオを見ながら部員とミーティングをしていた際、一瞬、女子更衣室の映像が見えたという。それを不審に思った生徒たちが校長に報告して今回の事件が発覚したらしいのだ。盗撮テープの上から部活の練習を撮影するとは何ともお粗末な話である。テープをケチらなければバレなかったのに・・何はともあれゲット、生徒からの証言も取材できた。ホッと胸をなでおろすボクにKカメラマンがこうつげた。

「次は自宅に直撃取材するしかないわな」
もう十分だと思っていたボクは正直驚いた。さらに事件の当事者に追る取材が必要らしい。そこまでやんなきゃいけないのかと思いつつ、Kカメラマンと共に自宅へ。何度もチャイムを押してみたが一向に返事はない。しかし、電気メーターはかなりのスピードで回っている。いるすだ。冷静に考えれば、こんな不名誉な件でわざわざマスコミの前に姿を現すわけがない。仕方なく自宅の写真だけでも撮影しようとKカメラマンがフラッシュをたいたその瞬間、突然ドアが開いて男が飛び出してきた。

「何撮ってるんですか」
「なんだ、いるじゃないですか」

ボクは名刺を差し出して取材したい旨を伝えた。男は身内の者だという。なるほど。生徒から入手した写真にどこか似ている。

「本人も反省しています。それ以上は警察や学校の方におまかせしていますんで・・」

ま、それが限界。身内にしてみれば精一杯だろう。礼をいって立ち去ろうとすると、男が恐る恐る切り出してきた。

「顔写真とかも掲載されちゃうんですか」

「そりゃ出ますよ。罪を犯したわけだから」

「何とかなりませんか」

「イヤ、なりませんね」
突然、男は裸足のまま玄関から飛び出て、ひざまずくと、両手を地べたに付いた。

「お願いしますー写真だけはー」

こんなに力を込めて土下座をされるのは初めての体験だ。何ともいえない気まずさが「頭を上げてくださいーやめてくださいよ」

「え?それじゃ・・」

男が一瞬うれしそうな顔をしてボクを見上げる。

「記事にはならないということですか」

「そんなことは約束できません。こうして事件にもなっているので取り上げないわけにはいきませんよ」

男はうっすらと涙を浮かべながら訴えた。

「彼にもこれからの人生があるんです。顔が世間に知れたら次の仕事見つけられない、生きていけませんよー」

「仕方ないでしょ。悪いことをしたのですから」

「顔写真まで掲載しなければいけない理由があるんですかー」

どこまで行っても平行線である。
ボクは男の訴えに耳を貸さず自宅を後にした。初仕事は無事終了。盗撮教師の顔写真。盗撮を発見した生徒たちの証言。家族のコメント。記事としては十分だろ、2しかし素直に喜べない。女子更衣室の盗撮という罪を犯したS。その代償として教師という職業を奪われるのは当然としても、全国誌に顔写真まで掲載され、社会的制裁を受ける必要があるのだろうか。ようやくボクは自分の認識の甘さに気づき始めていた。
被害者が美人じゃないから記事はボツ
写真週刊誌は当然ながら写真がないと始まらない。そこで芸能人や政治家のスキャンダルを撮るため「張り込み」などを行うのだが、いかんせんボクがいるのは事件班だ。殺人事件の決定的瞬間などというのはまずお目にかかれない。

唯一、犯人が逮捕されて連行される瞬間などがこれに当てはまるのだろうが、あいにくこれはカメラマンさんの独壇場。素人のボクがプラプラして撮れるというものではない。そこで本人の顔写真、いわゆる「ガンクビ」探しというものが事件記者のもっとも重要な仕事になる。なんだ、写真を探してくるだけなら簡単じゃないか、と思う方もいるだろう。しかし、これが実に困難を極める作業なのだ。もしも皆さんの友人や知人が殺されたり、犯罪者になったら、彼らの写真をマスコミに提供するだろうか。どうぞ大きく使ってください、と週刊誌記者に簡単に手渡す人はまずいないだろう。
そこで、どのように写真を出すのかとい、っ話になる。まず、あまりにも親しい間柄は良心が邪魔をするので、敵対関係にある人間に頼むという手がある。心よく思っていない相手なら写真を出してもさほど心は痛まない。さらにボクがよく使ったのは次のような口説き文句だ。

「どうせ出てしまうんなら、キレイな写真が出た方が本人のためかと思うんですよ」

ムチャクチャな理屈だが、女性が相手などの場合は意外と得られる。
「そうよね。その方が供養にもなるわね」

もちろん、大部分の写真は何度も通い、頭を下げ、半ば根負けのような形で提供してもらうのだが、ただ写真を入手すればいいというものではない。実はガンクビにもランクがあるのだ。最近ではあまりないが警察が犯人や被害者の顔写真を公表する場合がある。この場合ガンクビの価値は無いに等しい。アルバムや社員名簿ならギリギリOKだ。これは出身校や在籍している会社などを割り出せば比較的手に入りやすく、また記者として最低クリアしなければいけない条件でもある。もっとも価値が高いのがスナップ写真、プライベートな写真の類だ。友人と一緒に笑ったり楽しそうにしている表情の写真などがよく、最近撮影されたものであればランクは最高。既婚者の場合は結婚写真などもここに当てはまる。ただ、この手の写真は本当に親しい間柄しか持っていないので、入手は極めて困難だ。

ボクが扱ったガンクビの中でこんな話がある。関東北部でPさんという若い女性が、交際していた男に首を絞められ殺されるという事件が起きた。ボクは仲間の記者と取材をして、Pさんと殺した男が2人で仲良く映っているツーショット写真を入手した。ガンクビとしてはこれ以上のものはない。
他にも、芸能人の張り込みや風俗の体験取材する機会も与えられれば、何となく雑誌記者としてやってけるかな、という自負も出てくる。どんな仕事でもこういう時期が一番危ない。

ある地方都市で女子高生が父親を刺し殺すという事件が起きた。そのN子は放課後、自宅の2階でボーイフレンドと過ごしていた。そこへ仕事から帰宅した父親が入って来て2人と口論となったのだ。父はボーイフレンドを金属バットで殴り、N子は彼を守ろうとして父を刺し殺す、というなんとも痛ましい父娘の惨劇が起こったのである。

現場で取制するボクはN子と父のガンクビを入手することに成功。残すは何が原因で口論が起き、殺人まで発展したのかという真相に迫る取材のみとなった。自宅には当時、N子の祖母であるYさんがいた。警察に通報をしたのもこの人で、当然事件の真相をよく知る人物でもある。とりあえず、ボクは自宅を訪れて呼び鈴を鳴らしてみた。

と、薄暗い廊下の奥から泣きはらしたように赤い目をしたYさんと思しき老婆が腰を曲げながら出てきた。

「あの…事件のことを・・」

「帰ってくださいー何もお話することはありませんー」

家族だろうか、中年女性が後から現れYさんをかばってボクを玄関から追い出す。

「何度来ても同じよ。そんなのしゃべれるわけないでしょー」

すっかりこんな状況に慣れっこになっていたボクにはさほど驚くべきことでもない。恐いのは他社が先にYさんを取材してしまうことだが、その心配もなさそうである。なにせ孫娘が息子を殺したのだ。彼女の心中をさっすれば、どこの取材にも応じるハズがない。ボクは事の成行を編集部に連絡、安心して帰路に付いた。
仰天したのは次の日のことである。ライバル誌「B」に、全身から血の気が引くような記事が載ったのだ。

「父親刺殺ー現場に居合わせた祖母が涙の激白」

冗談じゃないぞ?あのババァ、偉そうなこといってバッチリ取材うけてるじゃないかー記事を読むと、確かにYさんと思われる人物がN子と父親の関係や事件当日のことについて、一問一答している。完全にボクはライバル誌「B」にスッパ抜かれてしまったのだ。すぐに編集部から電話があった。

「昨日ダメだって言っていたおばあちゃんねえ、Bでばっちりとしゃべっちゃってるんだよね」

半ば呆れたような声で攻められる。自信満々に「他社にもしゃべらない」と太鼓判を押したボクの責任は重い。シメ切りまであと数時間。ボクは一目散にYさんの家へ向かった。家は相変わらずひっそりしている。父の葬儀も終わったので喪に服していたのだろう。もう手加減することはない。「B」にあんなに堂々と話しているのだから、ウチにも一口ぐらいコメントしてくれてもいいだろう。ボクはカバンから「B」を取り出して玄関のチャイムを鳴らした。

「あの、昨日も来たFですけど。事件のお話聞かせてもらえませんでしょうか」

薄暗い廊下の奥から、昨日と同じ中年女性が出てきた。

「取材は受けませんよ。帰ってください」

「いや、そうだと思っていたんですが…取材受けているじゃないですか」

「B」のページを開いて中年女性に差し出す。

「こんなのデタラメよ」「この祖母ってYさん以外にいないじゃないですか」

中年女性はボクを無視すると、廊下の奥に消え、まもなくYさんを連れて戻ってきた。Yさんの目には涙が浮かんでいる。が、そんなものには編されない。

「ボクが言いたいのはウチにも一言ぐらいコメントをいただきたいってことなんですよ」

中年女性は頭を下げた。

「いえ、違うんですよ。おばあちゃんは知らなかったんです」「は?」

ジッと「B」を読んでいたYさんが重い口を開く。

「ひょっとしてあの人かな?イヤ…でも…学校の方から来たって言ったんで・・」

「どういうことです?」

「てっきり先生かと思って…話してしまったんです」

「それって・・」「N子のこと…知りたいって言ってたから…つい…」

ボクは唖然とした。「B」にヤリ手記者がいるとは聞いていたが、まさかここまでするとは・・

教師だと勘違いしたYさんが悪いのか。彼女が誤解することを見込んだ記者が悪いのか。それにしても、こんな取材方法があったとは正直恐れ入った。

結局、Bにすでに掲載されていることを訴えても、Yさんは取材をかたくなに拒否した。ボクは完全に「B」に抜かれたのだ。いくらキレイごとを述べようが週刊誌記者としてこれ以上屈辱的な出来事はない。