JR取手駅で発生した通り魔事件はショッキングだった。早朝の路線バスに乗り込んだ男が文化包丁を握りしめ、居合わせた中高生14人を次々と襲撃。まるであの秋葉原の事件を彷彿とさせる凶行に、誰もが悲痛な声を上げたであろう。
気になったのは、後の取材で明らかになった、容疑者の高校時代の卒業文集アンケートだ。
「結婚できなさそうな人=1位」
「ストレスをためてそうな人=1位」
「事件を起こしそうな人=4位」
こんな不本意な順位をつけられた少年が、後に通り魔となる。この残酷とも思える、でも同時にいかにもありえそうな出来事に、おれは好奇心をくすぐられた。無邪気な直感というものの、いろんな意味での怖さと言おうか。小中高の卒業文集でこうした残酷
なアンケートを行うクラスは全国的にも珍しくないようだ。
であればそれらのアンケートに名前の挙がった生徒たちはいま現在、どんな大人に成長しているのか。同級生の予想は当たっているのだろうか。
竹中氏(32才)の中学時代の卒業文集から。
芸能人になるかも部門、金持ちになるかも部門など、無邪気な項目が並ぶ中、唯一、現代ニッポンを予言するようなひどいランキングが発表されている。
『結婚できないかも部門』
選出されたのは田中クンだ。
通り魔事件の犯人も同じ内容の項目で1位になっていたが、こういうところに名前の挙がるやつはわりと想像しやすい。ブサメンかネクラか、あるいはその両方かといったところでしょ。竹中氏が解説する。
「田中は顔もマズいんですけど、すげー不潔だったんですよ。制服はいつも汚れてるし、肩にはフケが乗ってるし。でも今は…それは見て判断してください」
神奈川が地元の2人は現在も交流があり、ときどき一緒に飲みに行く仲だという。そこで今回は、おれを含む3対3の合コンを開き、田中クンを呼び出す計画を立てた。結婚できなさそうと言われた彼が女性陣を前にどう振る舞うのか観察するのだ。むろん本人に、こちらの意図は内緒だ。
合コン当日、待ち合わせのアルタ前に田中クンがひょこひょことやってきた。
「おう、こっちこっち。あ、こちら仕事でお付き合いのあるフジツカさんね」
「あ、どうも」
失礼ながら、想像していたよりもさらに地味な印象だ。毛のふさふさな鶴瓶というか。華やかさというものがまるでない。しかし、聞いていた不潔さは感じられない。フケも落ちてなさそうだし。
おれ「今日はカワイイ子がくるといいですねえ」
田中クン「ええ。今日って伊勢丹の子なんでしょ。期待しちゃうな〜」
取っつきにくい人ではなさそうだ。この明るさなら、結婚しようと思えばできるんじゃないの?女性陣の到着を待ってから居酒屋に移動し、飲み会は和やかにスタートした。はじめのうちこそ口数の少なかった田中クンも、ジョッキを重ねるにつれて緊張が解けたのか、隣に座った子と何やら楽しげに話している。だがまもなく、不穏な空気が。女性陣の1人がなんこつの唐揚げを注文したとたん、彼が声高に言い放ったのだ。
「こんな店の油は酸化してて身体に悪いし、ニキビが余計にひどくなるよ」
指摘された女性のオデコや頬にはたくさんの吹き出物ができていた。だからきっとよかれと思って諭したんだろうが、言い方があまりにも無遠慮だ。あちゃー。彼女、顔が引きつっちゃってるよ。だが、田中クンはどこ吹く風といった感じで、隣の子に夢中になっている。ゾッコンのようだ。
「僕ね、SEやってるんだよ。上司がバカでさ。つまり会社組織ってのは…」
よくもまあ、こんなつまらん話を長々と。お隣さんもすっかり困惑気味だ。しかし田中クンの暴走は止まらない。今度はどさくさにボディタッチをはじめたのだ。わざとらしく肩や腕を触れられ、さすがの彼女もやや声を荒げる。
「ちょとちょっと、ストップ。触りすぎだから」
「いやぁ、酔っちゃったかも」
うわぁ〜、もう見てらんねぇ。そこへ突然、先ほどのニキビちゃんから声が飛んだ。
「そこのしょう油取って〜」
しょう油は田中クンのすぐ目の前にある。ところが彼女の声が届いてなかったのか、相変わらず田中クンはお隣りにかぶりついて動こうとしない。
「あの、しょう油〜」
見かねた隣の子が腰を浮かすのを手で制し、田中クンがしょう油に手を伸ばした。ほんの小さく、しかしその場にいた誰もが聞こえるような舌打ちをして。
チッ。
言うまでもなく、飲み会はちっとも盛り上がらぬままお開きに。女性陣は二次会への誘いを体よく断り、そそくさと帰ってしまった。その後ろ姿を見送りながら、田中クンが鶴瓶似の顔をしかめる。
「ノリ悪いよね」
うーむ。中学の同級生は彼のこの性格まで見越して投票したのだろうか。見事に当たってるよ。