仕事中の不祥事により弟の健輔が会社をクビになりかける。また、義母の昌子はグリーで出会った男にパチンコ代をむしられていた。春日部コートの呪いはやはり、心中部屋で寝起きしている義母の昌子に集中した。ある平日、朝8時ごろ目を覚ますと、ヨメの真由美が騒いでいた。
「お母さんからいっぱい着信があったんだけど、どうしたんだろ」
義母は早朝4時ごろ家を出ていったはずだ。グリー男とのパチンコではない。平日はトラックドライバーの仕事をしているので、とにかく朝が早いのだ。その義母がどうして何度も電話を? ヨメの携帯には20件以上の着信が残っている。あわててかけ直すヨメだったが応答はない。ま、たいした用事じゃないんだろう。と思ったら、すぐにリターンがあった。
「もしもし、…えっ、はい…お母さんが!?」
ヨメはみるみる泣きそうな表情になっていく。どう見てもただごとじゃない。長い電話はようやく終わった。
「お母さんが人を轢いたって、それで、警察の人が来てくれって」
赤ちゃんの世話があるのでヨメは動けない。オレが行くしかないか。病院に到着すると、すぐに制服姿の警察官が近づいてきた。
「ご説明がありますのでこちらへ」
パトカーに乗せられ事情を聞く。
「お母さんのトラックがね、今朝の4時半くらいにこの近くで歩行者と接触したんですよ」
「その人は無事なんですか?」
「いま治療中なんだけどね。接触したのが肩だから骨にひびが入ったんだけど」
接触したのは70代のおじいちゃんで、ランニング途中で義母の運転するトラックとの事故が起きたという。幸いスピードが出ていなかったので大事にはいたっていないそうだ。不幸中の幸いと言うべきか。にしても今まで無事故を誇ってた義母が、いったいどうしたというんだ。しばらく待っていると、義母が警察官と一緒に病院から出てきた。オレに向かって申し訳なさそうに頭を下げている。これから署で取り調べだそうだ。付いていくとしよう。夕方になって、ようやく義母が取調室から出てきた。
「どうしたんですか、事故なんて」
「うん…ごめんね」
どうもオカシイ。素行は決してよろしくない義母だけど、仕事に関してはしっかりしてたはずだ。
「まさかメールしてたんじゃないですよね?」
義母の表情が険しくなった。やっぱり。
「…事故のときはしてないよ。その前はしてたけど」
疑わしい。非常に疑わしい。10年以上も安全運転だった彼女の注意をよそにそらすような存在は、あのグリー男ぐらいしかいないのだから。
「由佳の前の仕事のことなんですけど」
年が明けてすぐにめでたいイベントがあった。由佳の結婚式だ。由佳はオレの妹で建部家の長女である。AVに出演した妹、と紹介したほうが早いだろうか。AVを引退してから紆余曲折を経て、ついに人の妻になることになったのだ。旦那はバイト先で知り合った30才・浩二さん(仮名)で、なかなかのイケメンだ。そこで気になるのは、浩二さ
んが由佳の過去を知っているかどうかなのだが、その点については以前、由佳本人に少し聞いたことがある。答えはこうだった。
「言えるわけないよ」
こういう形の結婚があったっていいとオレは思う。過去に秘密のない夫婦のほうがむしろ稀だろうし。結婚式は盛大に執り行われた。建部一家も失踪したオヤジを除き勢揃いだ。由佳が母への手紙を読みあげたときは涙が出そうになった。AV女優のころは、好きでもない男のチンコをくわえたこともあったろう。汚いおっさんの精子を顔にかけられたこともあったろう。でもこれからは浩二さんと力を合わせて幸せな家庭を築くんだよ。披露宴のあと、両家の関係者だけが居酒屋に集まり、ささやかな二次会を開いた。
主役の二人は遅れて顔を出した。すでに他で飲まされたのか、浩二さんの顔は真っ赤かだ。
「おめでとうございます。由佳をお願いしますね」
「ありがとうございます。さあ、お兄さんも飲んで」
年上にお兄さんと呼ばれるのもムズ痒い気分だ。建部ファミリーの一員として、これからも仲良くやりましょう。様子がオカシイことに気づいたのは、ビールを注ごうとグラスを手渡したときだった。浩二さんが神妙な表情をしているのだ。
「お兄さん、ちょっといいですか?」
立ちあがった浩二さんは会場の居酒屋を出ていく。まさか結婚式が赤字だから補填してくれってか?寒空の下、浩二さんは小声で話しはじめた。
「由佳の前の仕事のことなんですけど」
えっ、ウソっ、バレてる?
「前の仕事って、事務だっけ?」
「いえ、あの、アダルトの女優だった話ですけど」
うわ、なんだよ、知ってたのか。かなり飲んでることもあって、正しい対応がわからなかった。由佳は、浩二さんは知らないはずと信じている。墓場まで秘密を持っていくつもりなのだろう。ならばオレがバラしちゃうわけにはいかないのだが、どこでどう聞いたのか、すでに浩二さんは知ってしまってるし…。
「ああ、なんか聞いたことあるかも」
「今さらどうこう言うのもどうかと思うんですけど、正直、疑ってしまうこともあるっていうか」
わかる。よくわかる。だってアイツ、淫乱がウリだったんだもんな。
「うん、でも忘れてやってください。今はアイツ、浩二さん一筋なんで」
そう言うしかなかった。このさき、夫婦は幸せな人生を歩んでくれるだろうか。共に秘密を隠し通せるだろうか。