電車でいちゃつくカップルほど胸クソ悪くなるものはない。美男美女ならうらやむだけだが、連中は決まってブサイク同士なので、下品なものを見せないでくれとタンを吐きかけたくなるほどだ。
それにしても、なぜ電車のいちゃつきカップルは、双方共にブサイクなのだろう?
俺、ヒロシ探偵の仮説はこうだ。
『めったにできない恋人なので、浮かばれなかった己が半生の借りを返そうと必死にいちゃついている』
はたしてこの仮説は正しいのか。本人たちに確認してみるとしよう。
「…見苦しかったってことですか?」
帰宅ラッシュの山手線に乗りこ んですぐにターゲットを発見した。抱き合った体勢のままでチュッチ ュとやったり、耳を撫であうカッ プルだ。
格好からして二人とも大学生だろうか。案の定、顔面偏差値はとにかく低い。男はブラマヨ吉田、彼女はハリセンボンのガリガリ似だ。吉本芸人同士で意気投合したのだろうか。しばらく観察していたが、イチャイチャはエスカレートするばかりだ。耳元でなにか囁きながらキスし、無言のまま見つめ合っている。そろそろ調査と参ろう。
「すいません、ちょっといいですか?」
「はい? え、オレ?」二人が振り向いた。
「突然すみません。お二人は恋人同士ですよね?」
「ん? そうですけど」
「ですよね。いや、すごく仲良さそうにしてるからわかりますよ」
「はぁ」
「僕もヨメさんがいますけど、こういうところじゃイチャつけないんですよ」
「……なに?」
顔を見合わせる二人。いったい何を言われてるのかピンと来てないようだ。
「もしかしたら今まで恋人ができなかったもんだから、ここぞとばかりにイチャついてるのかなと思って」
「……」
ハリセンボンが吉田の胸に顔をうずめた。耳が真っ赤だ。
吉田が咳払いをして口を開く。
「……見苦しかったってことですか?」
「いえ、見苦しいから止めろってことじゃなくて、人前でイチャつきたい心理状態を知りたかったもので」
「……」
「その、お二人ともアレですもんね、ちょっとお顔に問題があるっていうか」
「……」
「あくまで僕の仮説なんですけど、やっぱりブサイクだとめったに恋 人ができないので、今までできなかった分を取り返そうとしてると
思うんです。それで合ってますかね?」
二人とも、沈黙のままだった。正解だとなぜ言ってくれない。
某駅の改札前で見つけたのは20代後半であろうブサカップルだ。
中華料理人の金萬福そっくりなチビ男と、カマキリみたいな細目のブス子ちゃん。多くの人の視界に入ってしまう場所でベッタリくっついている。迷惑千万、笑止千万である。
マンプク氏がカマキリさんの腰に手をやり、さわさわナデナデしながら一緒にスマホを覗き込んでるぞ。
「お取り込み中すみません」
「はい?」
「すごく仲良しですね。お付き合いし始めたばかりとかですか?」
「いや、別に」
「お二人ともそんなにくっついちゃって仲がいいなって」
マンプク氏は不思議そうな顔を浮かべ、何事もなかったように視線をスマホに戻した。
「それにしても、たくさんの人の視線に入る場所でベタベタするのはなかなか出来ないですよね」
「……」
「僕の予想ですけど、今までできなかった分を取り返すくらいにイチャつきたいからだと…」
「意味わかんね」
「いや、すごく言いづらいんですけどね」
ここで二人ともオレに背を向けてしまった。
「大変失礼なのは承知の上でお聞きしたいんですけど、恋人ができたのは久しぶりですか? もしくは初めてとか」
「……」
「ブサイクだと、恋人なんかめったにできないでしょうから、この千載一遇のチャンスを逃すまいと……」
無視して逃げてしまった。図星なら図星だと答えてくれればいいのに。
「何が言いたいんですか?」
山手線でまた見つけてしまった。彼氏はNHKの子供番組『つくっ てあそぼ』のワクワクさん風で、 彼女ののっぺりフェイスは妖怪で 言うなら『いったんもめん』が近いか。
妖怪ちゃんがワクワクさんの腕をすりすりし、顔をギューっと押しつけている。
「ちょっとお話ししてもいいですか?」
二人の目がオレに向く。
「あの〜、仲むつまじいですよね」
「……」
「仲のよさが伝わってきました」ワクワク氏がコクリと頷いた。妖怪ちゃんは彼氏に視線をやった
ままだ。
「実は確認したいことがあって声をかけさせてもらったんですけど」
「…はい」
「あくまで僕の予想なので間違ってるところがあったら言っていただきたいんですよ」
「はい」
「え〜っと、恋人ができたのは初めてですか?」
「は?」
「初めてじゃなければ、けっこう久しぶりだったりします?」
「いやぁ、別に」
「それは久しぶりじゃないってことですかね?」
「いや、何が言いたいんですか?ちょっとわからないんだけど」
ワクワク氏の目がキッと鋭くなった。だが理由を確認できるまでは引くわけにいかない。
「なぜそんなことを聞いたかと言うと、いつも誰かしらパートナーがいる人間はそういうことをしないからです」
「え?」
「めったに恋人ができないような人たちだからこそ、それまでの人生で経験が少なかった分、電車の中で堂々とイチャつくんですよ」ポカーン。まさにその擬音がしっくりくるワクワク氏の表情だ。
「責めてるんじゃないんですよ、お2人が電車でイチャつく心理が知りたいだけなんです」
「……」
「ブサイク同士、ようやく恋人が出来て、今までできなかった分を取り返すつもりでイチャついてるんですよね?」
無言が続いたところでちょうど停車駅になり、2人は目の前に立つオレを無視して電車を降りていった。
「アナタに言われたくないですよ」
この日、最後に見つけたイチャつきブサカップルは二人ともほぼ同じ顔をしていた。若き頃の古田敦也をほうふつとさせる丸顔に一重まぶただ。
もしや兄妹かとの疑いもあった が、ネチネチと指を絡ませる以上、どう考えても恋人同士だろう。唇 を近づけてキス…しない。寸止めを繰り返して遊んでいる。
「少しだけお話し聞かせてもらえませんか」
古田(女)がこちらを見た。キョトンとしている。
「その…付き合いたてのホヤホヤだったりしますか? 非常に仲が良さそうなので」
「……」
「僕にも恋人というか妻がいるんですけど、さすがにそこまで大胆にイチャイチャはできないなぁって思って」
古田がダブルでオレを見つめる。
「二人ともにお聞きしたいんですけど、これまで何十年と生きてこられたと思うんですが、恋人とイチャイチャする機会はそれほどなかったんじゃないですか?」
古田(女)が眉間にシワを寄せた。
「なんでそう思うんですか?」
「いや、だって、やっぱり二人ともブサイクですから」
「アナタに言われたくないですよ」
「ブサイクだからめったに恋人ができなかったけど、ようやくイチャイチャできるチャンスがやってきて舞い上がってるんですよね」
「……」
2人は奇人でも見るような目で、車両の隅のほうへと逃げていった。