しかし男の真の目的は振り込め詐欺でカネを巻き上げることだった。
寝ぼけまなこでリビングに起き出したオレの目に、見慣れないオブジェが飛びこんできた。ん?何これ?線香じゃん。なんで朝っぱらから線香立ててんだよ!
キッチンで鼻歌を唄う真由美はコトもなげに言い放った。
「昨日友だちが病院行くのに付き添ったんだけど、その先生がやったほうがいいって言うから」
「はあ?」
「霊が見える人なんだよ」
なんとも要領を得ないが、よくよく聞けばこういうことらしい。友人と一緒に行ったのはさいたま市にある整体なのだが、そこでは普通の診療の他に霊視もやっており、ずいぶん〝当たる〞と評判だそうだ。興味がわいた真由美は自分も視てもらった。
「ウチの近くに川が流れてるでしょって言われたの。当たってるんだよね」
たしかに家の近くに川は流れている。でも汚いドブだし、このレベルの川ならどこの家の近所にもあるわけで…。
「マッサージされながら質問に答えてたらさ、オジサンの霊が憑いてるって言うの」
うーん。真由美は知らないことだけど、過去、この部屋では一家心中が起きている。その中には当然オッサン(お父さん)がいたわけで、そいつが憑いてる可能性は否定できないけど…。
「それで線香をあげろって言われたからさ」
マルチにはまりかけたときもそうだったけど、こいつ、ホントに影響されやすいんだな。そんな適当な霊視に4千円も使うなんて、バカ丸出しだ。
「ヒロシも視てもらったら?この前の車上荒らしもそうだけど、最近ウチの周り、変なこと多いし」
オレに言わせれば、変なことが多いのは最近に限った話じゃない。ずっと前から建部家は変なのだ。さらに数日後。リビングに、また新たな線香立てが増えていた。前で手を合わせているのは、義母の昌子だ。
「…あのー、どうしたんですか?」
「真由美から聞いてない?ワタシも行ったのよぉ」「ああ、霊視とかってやつですか」
「そう。ワタシはね、近ごろ肩が重いから視てもらったんだけど、やっぱり憑いてたみたい」
「なにが?」
「ヘルメットをかぶった男の人だって。だから供養しなきゃいけないの」
義母が過去に旅行に行ったときに、炭鉱で働く男の霊が憑いたそうだ。それも一人じゃなく三人も。昌子はなにかをブツブツ唱えながら手を合わせ続けている。まったく親子そろってバカもいいとこだ。炭鉱夫のせいで肩こりになんかなるかよ。ただの運動不足だっての。なんだか腹が立ってきた。2人にではなく、その整体師にだ。わが家からすでに8千円もむしりとりやがって。毎朝、線香のニオイに包まれるオレの身になってみろよ。ヤツの顔が見たくなってきた。だいたい一家心中に触れてこないあたり、インチキに違いないわけだし。
「真由美、オレも行ってみたいんだけど」
「じゃあアタシもついていってあげる」
真由美はニコニコしながら予約の電話を入れた。
「家はぜんぜん大丈夫です」
そこは病院というより普通の一軒家だった。小さな部屋にベッドが置かれ、そばに先生が座っている。
「ああ、じゃあこれ書いてくださいね」
名前や住所を書き、ベッドに座るように指示される。
「今日はどうしました?」「えっと、先生は霊が見えるって聞いたんでボクにも憑いてるかなって」
「なるほどね。見てみましょう」
オレの肩にタオルをかけた先生は、さきほど記入した紙を手にした。
低い声で住所と名前をひたすら唱え続ける先生。それでなにがわかるんだ。家の景色が見えるってのか?住所ぶつぶつは5分以上も続いた。
「家の近くに道路ない?」
「え、ありますけど(あるに決まってんだろ)」
「そこで…そうだな…草の生えてるようなところかな…交通事故かな…」かな、かな、って誰に尋ねてんだよ。
「女の人、主婦かな…事故にあったみたいです」
「事故?いつごろですか?」
「それはわからないけど…タテベさんが通ったときにくっついちゃったのかな。うん、そうだね。30代の女性が憑いてます」
いつだかわからない交通事故で亡くなった主婦が、オレの肩についているそうだ。インチキくせーー!
「あ、ちょっと待って、あと、そうだな…小さい子、女の子…」
「女の子?」
「居酒屋とかよく行きません?」
そりゃあ行きますよ。さっきの紙の『お酒は飲むほうですか?』ってとこに、はいと答えたくらいですから。
「そこで4才くらいの女の子がついてきたみたいです」
なーにを言ってんだか。ウチにはもっとわかりやすい霊がいるだろうに。
「ちなみにボクの家にはなにかいますかね?」
「というと?」
「いや、霊とかオバケとか」
「いないですよ。家はぜんぜん大丈夫です」
やっぱりコイツは信用できん。軽いマッサージをして診療は終了した。先生は紙になにかを書き記している。
「供養の方法です。明日からやれば霊は成仏されますから」
線香の立て方と、唱えるべき言葉が書いてあった。
『近所の道路で私を頼ってきた女性の方、供養いたしますのでお茶とせんべいを食べて安らかにお眠りください』
翌朝、線香のニオイとともに、リビングから二人の声が聞こえてきた。
『近所の道路で私を…』
信じようとしないオレの代わりに、拝んでくれているらしい。ご丁寧にお茶とせんべいも置いてある。こうやって二人はオカルトにハマっていくのだろうか。とりあえず金の管理は任せないほうがよさそうだ。