携帯が鳴った。母親からだ。ヤツからの電話がいい話だったためしがない。テレビが壊れたから買ってくれとか言うんじゃねーだろうな。
「もしもし。どうした?」
「あのね、美幸が、なんかヘンな人と友達になったの。今夜ウチに来てよ。もう大変なんだから」
美幸は小学6年生の次女だ。以前、豊島マンションに遊びに来たあとに、三男・雄介の受験票を燃やすという奇行に出たことがあるが、以降は落ち着いていたはずだ。ヘンな人と友達になったってどういうこった?実家では、母親がリビングで神妙な顔をしていた。美幸の姿は見えない。自分の部屋にでもいるんだろう。
「どういうことだよ?」
「こないだね、美幸がパソコンいじってたのよ」
美幸がパソコンに向かってる姿はオレも何度か見たことがある。ソリティアとかのゲームをやっていた気がするけど。
「それでね、ワタシが後ろを通ろうとしたとき、バッって隠したのよ」
ノートパソコンを閉じて「なんでもない」と、ゴマかしたらしい。
「で、美幸がお風呂に入ってるときにね、あの子の携帯が鳴って。登録してない番号からの着信だったの」
あろうことか、母親はその電話に出てしまった。
「男の子の声だから『誰?』って聞いたら『池田です』って。中学生なんだって」
池田クンの説明によると、美幸とチャットをしていて意気投合し、連絡先を交換したそうだ。なるほどパソコンを隠したこととスジが通っている。あいつも年頃なんだな。
「そんなに心配しなくてもいいんじゃないの?」
「なに言ってんの。そのなんとかチャットサイト?ってのは自殺未遂する人が集まってるって言うんだから!」
はぁ?なんで美幸がそんなサイトに出入りしてるんだよ。オレまで怖くなってきた。まさか小6が自殺はないだろうけど、最近のガキはませてるからな。悩みでもあるのかも。美幸の部屋をノックすると、無言でドアが開いた。表情が緊張してる。
「聞こえてたのか?」
「うん」
「池田クンとはまだ連絡とってるの?」
「…とってないよ」
ぜんぜん目を合わせてくれない。でも、あまりガンガン言うのも良くない気がする。
「なんでそんなサイト見てたの?」
「え、別に…」
「そういうのとか興味あるのか?」
「ないよ」
「池田クンは悪い人じゃないかもしれないけどさ、みんな心配するから、もうそういうサイトを見るのはやめろよ」
「…わかったよ、ハイハイ」
美幸はふてくされた様子でベッドに入り、頭まで毛布をかぶってしまった。
数日後、また母から電話があった。
『美幸ね、夜、電話で話してるみたいなのよ。絶対あのイケダだよ』
あの年頃だから、中学生の悪っぽい男にあこがれてるだけなら健全だと思う。でももし…。仕事帰りに駅から歩いていると、一人の女性とすれ違った。あれ?
誰だっけ、なんか見覚えがあるんだけど…。
向こうはすぐに気づいたらしい。後ろから声が聞こえた。
「へ?…もしかして、水野?」
思いだした!小学校の同級生の水野だ。久しぶりだなぁ。
「元気?結婚、した?」
「ああ、うん。お前も知ってる同級生の真由美と結婚したんだ」
「そっか、ああ。良かったね。私は、元気です」
水野は少しばかり鈍い子だ。なんというか、知的障害まではいかないけど、どもったり、急に目線をあらぬほうへやったりするおかしな子なのだ。
「そうだ、じゃあ真由美ちゃんに、これ」
水野はメモを書いて差し出した。住所や携帯番号、メッセージが書いてある。こういうちょっとズレた律儀さもいかにも彼女らしい。
「ありがとう。渡しておくよ。またな」
家に戻ってその旨を真由美に伝えた。
「水野さんってあの?」
「そうだよ。変わってなかったわ」
「会いたいって言われてもねぇ」
ほとんど話をしたことはないのにと真由美は少し引いている。
「今度ウチに呼んでみるか」
「やめてよ〜。なに話せばいいかわかんないもん」
オレはぜひ招きたかった。映画やドラマでも、ああいう少し変わった人は霊的なモノを感じやすいことになっている。このマンションに入って何を思うのか、ちょっと聞いてみたい。
「何か感じる?」
「うん、頭痛い」
週末、水野が春日部コートにやってきた。誘えばすぐに来てくれるあたり、やっぱり水野だ。湯呑みのお茶を一気に飲み干し、そしてまた次も一気飲み。おもしろい子だな。
「真由美ちゃん、久しぶりね。あ、かわいい赤ちゃん、こんにちは」
「ありがとう」
真由美はぎこちない笑顔で応対している。が、しばらく昔話をしているうちに「なんかお菓子用意するね」とキッチンに逃げ込んでしまった。どうにもウマが合わないようだ。では本題に入ろう。
「このマンションって何か感じる?」
「うん、頭痛い」
いきなりそう来るか!お前、さっき入ってきたばっかじゃん。
「頭? マジで?」
「うん、きーんって痛い」
水野よ、ホントなのか。ていうか、いつも痛いんじゃないのかよ。
「そうですね、うん。もうちょっとしたら帰ります」
「え、誰としゃべってんの?」
「建部くん」
「だよな」
「うん」
なんだこれ、何が起きてんだ。元々がオカシイだけに判断つかないぞ。
「もう帰るの?」
「ちょっと疲れました」
水野はテーブルのお菓子に手をつけずに、そそくさと帰ってしまった。20分もいなかったんじゃないのか。謎の頭痛。急に登場した「ですます」調。その理由を探ってみたい気は山々なのだが、なぜか水野は今も電話に出てくれない。