しがないフリーターのオレは、あるテーマを胸に抱き東南アジア2国(正確な国名は控えさせていただく)に旅出った。うまいメシを食い、オネーチャンと遊ぶのも楽しい。が、どうせなら若いうちにしかできない体験がしてみたい。そこで考えたのがボランティアだ。
だからといって、井戸を掘ったりだなんだと「24時間テレピ」的ノリは柄じゃない。サクッとバィト感覚で働けて、そこそこ楽しく、話のネタにもなる。自分の中でイメージは完全にできあがっていた。しかし、やはりナメきっていたのだろう。行きゃなんとかなるさと首都Y市に軽く乗り込んではみたものの、ー週間たっても一向にボランティア先が見つからないのだ。
あきらめかけていたとき、屋台でビールをおごったのがきっかけで親しくなった大工のマリーン(24才)から情報が持たらされた。
「ハハハ。ボランティアがしたいなんておもしれーヤツだな。だったら、チルドレンハウスでも行けばいいべ」
「ん?何それ?」
聞けば、市の郊外に通称チルドレンハウスなる孤児院が存在しているらしい。何でも日本人好きで、頼めば手伝いぐらいさせてもらえるのではないかというのだ。孤児院。悲壮感漂うその響き。ボロボ口の掘建て小屋には裸同然の飢えた子供たちが…。クー、こりゃさぞかし力ルチャーショックを受けるんだろうな。いいでしょう孤児院。さっそく明日にでも行ってみようではないか。
果たして、予想は裏切られた。意外にも、そこはコンクリートのニ階建て。おまけに広場で遊ぶ連中もそこら辺のガキより小ギレイだ。イメージとしては、少し立派な保育園といった感じか。
「コンニチハ、ヨウコソイラッシャイマシタ」
ー人の少女がペコリと頭を下げた。オレが日本人だとわかったのだろうか。カタコトながら日本語を操るとはたいしたもんだ。
感心していると、今度は口ン毛のオッサンがニコニコしながら近づいてきた。
「あ、ハ口ー。ジャパニーズツーリストです。見学を・・」
「ホー、さいでっか。ゆっくりしていってくださいなもし」
関西弁?しかもメチャクチャでんがな。誰やねん、アンタ。
「ワシャ、神戸に3年ほど留学していたんですけんのう」
「あー、だかり子供たちも・・」
院長のヒアー(42才)だった。何でもかれこれ8年あまり孤児たちの親代わりをしているといつ。院内を案内しながらヒアーが続ける。ここには6才から18才までの子供が約30人いる。全員身寄りがないわけではなく、生活能力のない親から預る場合もある。オレが働く気でいることを知ってか知らずか、院長はやけに熱心だ。
「で、あんさん、しばらくこの国にいてはりますの?」
「ええ、まあ・・」
「だったらここにいればよろしいがな。日本語も勉強できるから子供らもよろこびますわ」
ラッキーーしかも3食昼寝付きという破格の条件だ。とんとん拍子の展開に戸惑いながらもオレは迷うことなく
「よろしくお願いします」と頭を下げた。
こうしてオレのボランティア生活は幕を開けるのだが、実際は飯の準備をするぐらいで、あとは子供たちとサッ力ーを楽しんでいればいいだけ。いやー、もう超ラクショーである。孤児院にショッキングピンクのスカートをはいたハデな日本人女性が現れたのはそんなある日のことだった。
「タケ、今日から子供達に日本語を教えてくれはるボランティアさんや」
女性は吉村高子(仮名・46才)。この孤児院を支援しているNGOの「A」が廻した日本語教師だ。外見は柴田理恵似の冴えないオバチャンながら、国内の塾関係じゃちょっとは知られた存在らしい。ふーん。
その夜、ビールとスナック菓子をつまみにささやかな歓迎会が開かれた
「ワタシ、残りの人生は2国に捧げようと思ってるのよ」
「へースゴイっスね。オレなんか面白半分ですもん」
「そういっ好奇心は必要よ。あなた気に入ったわ。ワタシたちいいお友だちになれそうね」「は、はあ…」
ガッチリと手を握り締めてくる吉村。酒が入ってるとはいえ、やっば本物の情熱は違うね、え。なんて少しでも感動したオレがバ力だった。それからーカ月後、オレはこの熱血教師の実に意外な一面を見てしまったのだ。いつものようにタ飯の支度をしていたら、教室にいるはずのカツ15才が台所へやって来た。生まれつき片足が不自由なのだか、みんなのボス的な存在で一目置かれている少年だ。
「おい、力ツ。授業をサボっちゃダメだろ。先生に怒られるぞ」
鳥肉をさばきつつ目をやると…。ん?なんだ、その思いつめたような顔は?
「ヨシムラ先生、ボクタチ殴リマス。止メサセテクダサイ」
包丁を持つ手が止まる。バ力言ってんじゃねーよ。そんなのオマエらが悪さするからだろ。
「イイカラ来テクダサイ」
カツは教室まで強引にオレを引張っていく。まったく世話の焼けるヤツだなあ。と、そのときだった。
「どうしてアナタはそんなことするのー汚いでしょー」
ボスッなんと、吉村がクンサー(8才)の腹にボディブ口ーを食らわしていた。
「グェッ、ゲホッ、ゲホッ」
「よ、吉村さんーな、何してんスかー」
「この子ったら、アタシの授業中にオシッコを・・」
見れば、うずくまって泣きじゃくるクンサーの足元に水たまりができている。まーまー、気持ちはわかるけど、こいつらが小便垂れるなんて今に始まったことじゃないでしょうに。
「ワタシ、気分が悪いー今日の授業はお終いよー」
ヒステリックな叫びを上け、教室を飛び出す吉村。後でわかったことだが、彼女の虐待は日常茶飯事だったらしい。
ボランティアしている理由は何ですか?
それからー週間後。吉村を派遣した「A」の代表である某女性タレントが《視察と文化交流》のため孤児院を訪れた・大型バスで乗りつけた代表はサッカーボールなどのプレゼントを両脇に抱えて登場。その背後には20名近いマスコミやツアー客を率つれていた。フラッシュの嵐のなかで幸せなら手を叩こうを歌う子供たち。さらに日本語で書いた手紙の朗読で代表を迎える。吉村から怒声を浴びせられて練習した姿を知っているだけにオレの心中は複雑だが、イベントは滞りなく終了。事件が起きたのはその夜のことだ。
打ち上げを兼ねた食事会、オレは何気なく代表に聞いてしまった。
「Aさんがボランティアをしてる理由は何ですか?」
「貧しい国の子供は心が荒んでるでしょ。ワタシ、それが放っておけなかったのよ」「えー、そうスかねえ。ここの国の子供だって素直でいい子は多いですよ」
反論する気など毛頭ない。素直な感想を口にしただけである。
「しばらくここで生活してみたらそれがわかりますよ」「そうねえ・・」
有名人と同席し会話までできた。生来ミーハーなオレにとっては、単にワクワクした時間を過ごしたにすぎない。しかし…。翌朝、安眠中のオレのもとに「A」の理事と名乗るジジイが怒鳴りこんできた。
「うちの代表にいったい何をいってくれたんだ?」「はあ」
寝ぼけ眼で聞けば、オレにプライドを傷つけられた代表が日程を繰り上げて帰国したいと涙ながらに訴えているらしい。ボランティア好きで国際派というイメージで売る彼女からすれば、とこの馬の骨かわからぬ小僧にさとされるなど、はらわたが煮えくり返るほど悔しかったようだ。
「アナタ、自分がしたことの重大さわかってる?」
「仕事場の近くにできた日本語教室なんだけどさ、勉強だけじゃなく、あっちの方まで世話してくれるって話なんだって」
「…マジオマエ、あんまいい加減なこと言うなよ」
「ウソだと思うなら証拠を見せてやろうか」
疑うオレをバイクに乗せ、マリーンは建設中のホテルに向かった。そして鉄筋ムキだしの建物に上がり、ニヤニヤしながら隣のビルを指差す。
「ホラ、あの窓を見てみろよ」「ん?、・・えっ」
机が並ぶ部屋で若い男と抱き合ってキスをしている中年女性。どこかで見た顔だと思ったら、吉村じゃねーかーどういつことだ?『チルドレンハウス』にいるんじゃなかったのか。
「なんだ知り合いかフここで資材チェックしてるから丸見えなんだよ。だいたいこの時間はいつもお楽しみだよ」「・・…」
「あいつ相当好き者でさ。若い男が日本語を教えてくれって行くとあっちから誘ってくんだよ。バイクタクシーの連中までお世話になってるぜ。へへへ」
「ま、まさかオマエも・・」
「観光客のギャルに比べたらヒドイけど日本人とは減多にヤレねーからな」
「・・・」
ピンクのスカートをまくりあげて四つんばいで腰を振る吉村。信じられない光景だった。なんで彼女が。日本でモテなかった分、ここでヤリまくろうってワケか。というかいったいなぜ吉村が日本語学校なんか経営してるんだ。うー、ワケがわからんぞ。
公務員の月給並で孤児が引き抜かれる理由
頭が混乱しまくったまま引き上げようとしたそのとき、日本校へ入っていくー人の少年が目に入った。我が目を疑う。カッである。吉村の体罰をオレに告発した少年がなぜ?嫌な予感がしたオレは慌てて孤児院へ戻った。
「タケサンーオカエリナサイ。アイタカッタョー」
ー月ぶりにかかわらず、前と変らぬ態度で迎えてくれる子供たち。が、再会よりもカツのことが気になる。まずは今見てきたことの確認が先決だ。
「そうか・・。どうやった?元気そうだったかな」
「オレのいない間に何があったんですか?」
「…あの後すぐここを離れてな。市内で日本語教室を開きながらウチの子を引き抜いとんねん」
引き抜く?意味がわからん。
「月15ドルで買収されたようや。この国じゃ公務員の月給に匹敵する大金や」
吉村の狙いはこうだ。近々「A」が彼女を院長とした孤児院を建設する予定を立てていた。マジメに文化勲章を狙う吉村からすればまたとないビッグチャンス。が、ゼ口から孤児を探すのは並大抵ではない。そこで、近くの孤児院から子供を引き抜いてしまえば手軽に体裁が整う
「ここの子は行儀が良くて手がかかりないし日本語も達者やろ。吉村さんには一石二鳥ゃねん。タケがおらんようになってからもう6人や」
「A」がそんな偽装工作をするのも全てはODA(政府開発援助)の資金が目当て。《疑惑の総合商社》代議士が「ODA予算を回さないぞ」と某NGO団体を恫喝したことからも、彼らにとって予算がいかに重要かが伺える。つまり、いかに効率のいい支援活動で外務省にアピールできるかが勝負の分れ目なのだ。
ボランティアは十分楽しんだでしょ?
2日後、オレは吉村の日本語学校の前にいた。文句を言うつもりではない。引き抜かれた子供の身を案じた院長に、そっと様子を見てきて欲しいと頼まれたのだ。間もなく、ちょっと太めの少女が買物袋を抱え帰ってきた。ラチャニー(16才)である。「おーい、ラチャニー」「タケサンーオー、久シブリー」
満面の笑みで抱きついてくる彼女。ちょっと見ない間に女らしくなったなあ。
「あれ?ずいぶんいい時計してるじゃん」「先生クレマシタ。コレモ」
ラチャニーがピアスを見せる。うーん、なんか複雑。
「でも、どうして急にあの孤児院から出ていったんだよ。院長もみんなも心配してるぞ」
「…ワタシ、働キマス。学校行キマス。楽シイデス」
彼女が言うことには、今は吉村の家でメイドのようなことをしながら小学校に通わせてもらっているという。
「ワタシ、今幸セデス。将来ハ日本ノ料理作ル人ニナリタイ」
目を輝かせながら夢を語るラチャニー。なるほどなあ。これはこれでいいのかもしれんなあ。と、そこに、「ラチャニー、買物は終わったの?早く手伝ってちょうだい」吉村だ。ヤべー。
「ハハハ、どうも…。お久しぶりですね」
「あら…。アナタまだこの国にいたの。もうボランティアごっこは十分楽しんだでしよ」
嫌味な言い草である。なら、オレも言ってやろうじゃないか。
「吉村さん、いくら勲章が欲しいからって、あの孤児院から子供を引き抜くなんてあんまりでしよ」
「ナニ言ってるのだいたい、あの孤児院にはウチが300万近い支援をしているのよ。そこの子をどうしようがこっちの勝手でしょー」
「でも、ずっと育ててきた方からすれば・・」
「関係ないわ。彼らだってここにいた方が幸せだもの。キレイごとばかり言ってんじやないわよ」「……」
グウの音も出なかった。いい暮らしをさせてもらえばそれでいい
その夜、オレはタイカービールをあけなからラチャニーの近況を伝えた。
「じゃあ、あの子らには良かったかもしれんな」
「でも、それじゃ・・」
「いやいや」
院長は大きなゲップをしてオレの言葉をさえぎった。
「責められんて。みんな貧しい出やから。いい暮らしさせてもろうたらええがな」
なんだか釈然としないのも残るけど、これでいいのかしら?
「ええんや…。実はこのあいだ、夜中にカツがべ口べ口に酔っ払って来てな」
「えっ」「あいつ、泣きながらここに戻りたいってわめいて騒ぎやったわ」
「でもすぐに追い返してやったわ」「…はい?」
「金もらって飽きたから帰りますって、そんなの許してたら他の子にしめしつかんやろ。何があったかは知らんがあいつが選んだ道や」
「そんな…」「ワシにどーせえちゆーねん」
テーブルに拳を叩きつける院長
遠くで犬の鳴き声しか聞こえぬ静けさ。ここはオレのような者がいる世界じゃない。ボランティアの真の辛さはその仕事にあるのではなく、あまりにヘビーな現実を目の前に叩きつけられることなのだ。1週間後、オレは逃げるように荷物をまとめて日本へ帰った。