ある日、会社に到着してすぐのことだ。嫁からケータイに着信が入った。
「もしもし? ねえ、車が…」
「車がなに?」
「窓が割られてるの!! 車上荒らしだよ」
駐車場はマンションから少し離れたところにある。歩いて1、2分の距離で、春日部コート住人のほとんどが車を停めている。全部で30台ほどだろうか。特に高級車も並んでないのに、車上荒らしってのはどこにでもやってくるんだな。ウチの車にだってたいしたもんは置いてないし。とにかく警察を呼ぶように指示して電話を切った。夜、車を確認した。助手席後ろの窓ガラスが粉々になって車内が丸見えだ。クソっ、どこのどいつだよ。…あれ? おかしいな。他の車はまったく被害にあってないじゃないか。窓を割られたのはウチのだけ。ピンポイントで狙われたってか?嫁に尋ねた。
「警察はなんだって?」
「やっぱり車上荒らしだろうって。でもなにも盗られてなかったから良かったよ」
警察の説明によれば、窓の下からドライバーを突っこんでいる手口から見て車上荒らしに間違いないそうだ。でもなにも盗らないなんてヘンだよな。ステレオやカーナビだってあるのに。
「警察もそう言ってたよ。窃盗団ならそのへんをまとめて盗んでくみたい」
うーん。てことは、恨みによる犯行?オレや嫁は問題ないだろうから、義母の昌子か。GREEで知り合った男にでも尾行されたのかもな。こいつは、今後も注意しないと。こんど結婚したいのはフェイスブックの金持ち
ところでウチの母だ。不良外人サイードと結婚すると浮かれていたのに、あれから音沙汰がない。ちょっくら様子を見にいくか。実家のチャイムを鳴らすと、予想外にニコニコした母が飛び出てきた。
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
「どうしたのって、なんでそんなに楽しそうなんだよ」
「フフフ。まぁ入って」母は鼻歌を唄いながら麦茶を出した。
「サイードはどうなったの?」
「え? あー、まだわかんないのよ。出国するのにトラブってるみたいでね」
「ふーん、それにしてはご機嫌だね」
じーっとオレの目をみつめた母は、無言でパソコンを立ちあげている。開いたのはフェイスブックだ。こんなの登録してたのか。
「この人。ほら、ちゃんと見て」
知らないオッサン、いやおじいちゃんのページだ。メガネをかけた外人。誰これ?
「ドイルさんよ。この人、来週ワタシに会いに来るから。結婚してって言われてるの」
ハア!?状況がいまいち理解できない。あんた、サイードと結婚するんじゃなかったっけ?
「フェイスブックで仲良くなってね、彼がワタシにひとめぼれしたみたいなのよ」
アメリカ在住、エンジニアをやってる50才のドイル氏は、〝好きだ、愛してる〞としつこいくらいにアプローチしてくるらしい。
「来週の火曜、仕事で日本に来るんだって。夜に会えないかって言われてるのよ。どうしようかな〜」
このオバハン、親父が死んで欲望のタガが外れたのか。何がどうしようかな〜だよ。
「迷ってるんなら会わなければいいじゃん」
「でもカレね、お金持ちなのよ。貯金が300万ドルもあるんだって」
300万ドルって…そんなウマイ話あるわけないだろ。
「まぁわかんないけどね。会うだけ会ってみようかしら」
遅めのモテ期とでも勘違いしてるのか、「どうしよう」なんて言いながら鏡の前で洋服を合わせている。それはサイードのために買ったワンピースだろ。 ドイルの来日が明日にせまった。やぱり不安だ。300万ドルも持ってるアメリカ人が、50過ぎのオバハンに恋? ありえないよ。オレも同行しようかな。再び実家を訪ねた。ピンポーン。
チャイムを押してもなかなか出てこない。何度か鳴らしてようやくトビラが開いた。
「……」無言。すげー暗い顔。これは確実になにかあったな。「どうした? ひどい顔して」「…はぁ」母は前回と同じようにパソコンを立ちあげた。メール画面を開き、「読め」と指差す。文面は英語だ。
〝ハニー、次の月曜日はアンディの誕生日だって覚えてる?アンディはキミからXBOXをプレゼントして欲しいと言ってる。300ドルくらいだそうだ〞
アンディって誰だよ。
「息子さんだって。子供がいるなんて初めて知ったわよ。なんでワタシがゲームを買わなきゃいけないんだか」
そりゃそうだ。続いて次のメール。
〝キミはいずれ家族になるんだから、ぜひ買ってあげてほしい。お金を振り込んでくれたらこっちで買うから、とにかく振り込んでくれ〞
母が爪をいじりながらつぶやく。
「2万5千円くらい振り込んでやってもいいけどさ、これ、詐欺じゃない?2億も貯金がある人がそんなお金ふりこめって、どう考えてもおかしいよね」
残念だけど、オレも同意見だ。国際的な振り込めサギと断定していいだろう。
「頭きちゃってさ。まぁ最初から期待してなかったからいいんだけどね」
涙目になっている。少しかわいそうになってきたかも。