不景気のせいで就職難が続く今の日本には、ブラック企業と呼ばれる会社が数多く存在する。イジメのような新人研修、過剰なノルマに上司のパワハラ、睡眠２時間の強制労働など、従業員を人と思わぬ姿勢で運営を続けている企業だ。連中は人員の使い捨てが基本姿勢なので、求人情報サイトや専門誌に高い金を支払って、次々に転職者を獲得していく。求職者にとってこれほどやっかいな連中はないだろう。しかしそんなブラック企業も、オレにとってはいいお客様で･･･。いわば総会屋のサイト版といったところか
２年前まで、大手の求人広告会社でサイト制作をしていたが、不況真っただ中のこんな時代、広告の数は日に日に減っていき、真っ先にリストラの憂き目に遭ってしまった。
失業生活が数ヶ月続き、今後のことを考えあぐねていたとき声をかけてくれたのが元同僚だ。「おい、ウチの会社こーへんか？」
現在、カレは完全に独立し、新たに立ち上げた会社をうまいこと軌道に乗せていた。
「ホンマに食っていけてんのかいな？」
「ウチの顧客は増えに増えまくってるで。こんな時代やからな」
「どんなんが顧客や？」
「ブラック企業や。俺らがおった会社にも、掲載お断りの企業があったやろ？そういう会社をうまく使えばいいカネになんねん」
ヤツの会社は、まず求職者のためのクチコミサイトを作成し、そこにブラック企業の悪い噂を、元社員を装って書き込む。するとそれを見た本物の元社員たちが、次々に内情を書き込んでいき悪いクチコミでいっぱいになる。内情を暴露されたブラック企業が、サイトの存在に気づいて文句を言ってきたら、現金と引き替えにその記事を削除してあげる、という流れだ。
「まぁ、お宅の悪い評判を買い取ってくださいという感じかなぁ」
いわば総会屋のサイト版といったところか。しかし、ブラック企業と呼ばれている会社なんて、ヤクザが絡んでることもありそうだ。大丈夫なのか。
「そこらへんの交渉は、オレと営業がやるから安心しぃ。とにかくサイト作りを手伝っ
てくれや」
いかにも怪しげな仕事に思えたが、転職先が決まらずに焦っていたオレは、ヤツの会社に入ることに決めた。
ターゲット企業の真下に表示させる
新しい仕事が始まった。クチコミサイトのデザイン、コピーライティング、構成などをし、さらに企業名をネット検索したとき、特定の企業（つまり対象となるブラック企業）のホームページの真下に結果を表示させるように設定する。ターゲットのブラック企業の見つけ方だが、さほど難しくない。色々な求人情報サイトを見ていけば、わかってくるものなのだ。狙いは、繰り返し何度も求人を出している零細のベンチャー企業だ。特に大きな広告枠を使って上の方に表示される会社がいい。この手の企業は広告には手間と金を掛けるくせに人員に金を使わないブラック企業の可能性が高い。業種としては、過剰なノルマを課して働かせる不動産系やプロバイダ営業系の企業などが多く、ほかにもラーメン屋や居酒屋などの飲食業界にも評判の悪い会社が目立つだろうか。
サイトがアップされると、まるで２ちゃんねるのように、すぐにカキコミが始まる。精神をむしばむほど追いつめられる自己啓発セミナー、３日間寝かせてもらえない社員研
修、無人島でのサバイバル入社合宿など、さすがブラック企業ならではだ。
「この会社ホントに糞。実質、休みは月に２日しかなかった」
「給料の未払いは日常茶飯事！ここはやめた方がいいよ」
「社長がガチホモです。皆さん、気を付けて」
本当にブラックな企業なだけに、ひと月もすれば大量の書き込みで大賑わいだ。あの口コミ消さんか！火ぃつけるぞ！ここまでくれば、後は該当の企業からのクレーム電話を待つだけだ。
「あんなもん載せられたら、働く人間が来ーへんようになってまうやないか！」
「ええ、でもね、私らが適当なこと書いてるわけじゃないんです。お宅さんの会社を辞
めた方々の声なんです。こちらは何も法に触れるようなことはしてませんよ」
「立派な営業妨害だろうが！」
「まあ社長。完全に消すことはできませんけど、実は口コミ評価をあげる方法は、ある
にはあるんです」「……」
「こちらも商売ですので、うちに広告費を出していただけたら、うまく対応させていただきますよ」
悪評を削除したり、いいコメントを追加することを条件に、サイトに掲載させる広告
を１カ月５万円ほどで販売するのだ。だが、そんなことをされて、黙っているブラック企業ばかりではない。
「おどれ！あの口コミ消さんか！火ぃつけるぞ！」
「おまえの家突き止めたるからな！」
というような脅迫は日常茶飯事。バックにヤクザがいるような会社もあるので、こちの会社まで怒鳴りこんでくるケースも珍しくない。会社の外で４〜５人のコワモテ系に待ち伏せされたときは、さすがに、営業部隊は２日間ほどは出社できなかったが、最近は暴力団に対する締め付けが厳しいだけに、暴力事件まで発展したケースはない。現在、我が社の売り上げは年商７億。俺の給料は70万ほどになった。まさにブラック企業さまさまである。
