他にも仕事はいっぱいあるけれど、人間関係のメンドーさを考慮すると結局は工場作業しか思い当たらなかった。
〝倉庫内でアイス・冷凍食品の簡単な仕分け作業〞
仕分け作業。手足はいろいろ動かせそうだ。少なくともグリンピースのような退屈さは味わわなくてすむだろう。工場は、周りを田んぼで囲まれた中にポツンと建っていた。出迎えてくれた所長が面接の冒頭で仕事の流れを説明する。トラックが冷凍食品やアイスの入ったダンボールを倉庫内に下ろすので、それらを発送リストをもとに大きなカゴに振り分ける。ただそれだけだ。文字どおり「仕分け」である。肉体労働だけど、変な吐き気なんて起きそうもないし何より健康的だ。今度は続けられそうな気がする。
「作業は冷凍倉庫内になるので、防寒服を貸し出しています」
所長は続けた。仕事場はマイナス25℃なので注意するようにと。
はて、マイナス25℃ってどういうこと?
「アイスは常温だと溶けてしまいますからね」
「はぁ」
「溶けると商品になりませんよね」
「ええ」
雲行きがおかしくなってきた。仕分けそのものは健康的でも、マイナス25℃ってあまりに不健康、つーかそれって南極?
初出勤日。現場の倉庫に案内された。入口の長机に、暖かそうなダウンジャケットと耳あてがいくつも無造作に置いてある。
「これを着てね。軍手はこっち」
他の作業員が続々とやってきては手にとっていく。そんな完全装備して大げさなんだから。皆の後について歩くと、いかにも頑丈そうなトビラにたどりついた。この中が冷凍倉庫のようだ。先輩がドアを開けた。
モワモワモワー!
真っ白な煙が勢いよく飛びだしてきた。まだ中に入ってないのに、すでにもう寒い。顔がチクチクする!オレの戸惑いなどおかまいなく、仕事はスタートした。リーダーが発送リストを渡してくる。
「××スーパー・モナ王3ケース」
書かれた商品を倉庫内から探し出してくればいいだけだ。広さは学校の教室3つ分くらいしかないから楽チン…と思ったが、山のようにダンボールが積まれていて、モナ王がどこなのかさっぱりわからない。
うー、どこだモナ王。てか、モナ王って何だ? うー、寒い、寒い、顔がもげそうだ。とにかく動き回ろう。突っ立ってたら冷凍人間になりそうだ。
無事に探し終えれば、次のリストは唐揚げ5ケースに冷凍ピザが2ケース。また探すのかよ。寒いってば。ここから出してくれよ。息を吸うと肺が寒くなるなんて初めてだよ。
昼休み、ようやく下界に出てきて、弁当の袋に手をやろうとしたら、ヒジが曲がらなかった。膝も曲げづらい。潤滑液が凍ったか?この仕事はなんとか半年つづけられた。ダウンの下にトレーナーを3枚着こみ、もう耐えられなくなればすぐそばの暖かい「冷蔵」倉庫に逃げ出す術を覚えたからだ。といってもマイナス10 ℃なのだけど。
結局、半年で辞めたのは、アイスが売れる夏の繁忙期になり、連日シフトに入ったせいで手足が動かなくなってしまったためだ。人間はやはり温帯で暮らすのが一番だ。