スピーカーやアンプ、ヘッドフォン、果てはケーブルにまで一家言を持つオーディオマニアは、さぞかし耳がいいのだろうと思う。音質のちょっとした違いを聴きわけられるからこそ、機器の細部にまでこだわるのだろう。
そこで思う。彼らは当然、耳の中もピッカピカにしてるはずだよな?
東京・秋葉原。この地には音響関連の専門店がいくつかある。
まず最初に入った店で、40代の男性が熱心にアンプを見てはふんふん唸っていた。中堅大学の准教授みたいな雰囲気のある紳士だ。
いざ話しかけようとしたところで躊躇してしまった。男性の表情はあまりに真剣で、その後10分以上もアンプの前に立っては唸っているのだ。相当なマニアだろう。
ようやく動きだしたところで取材の主旨を伝える。まずは音に対するこだわりを語っていただこう。
僕はクラシックが好きで、家には専用の部屋を作ってるんです。視聴覚室みたいな。家内や子供は入れない音楽部屋っていうかね。好きなCDとかレコード、スピーカーなんかの機材をそろえた防音ルームです。弦楽器の音がしっかり響くアンプを探してましてね。繊細な音を響かせるためのセットを組みたいんですけど、なかなか合うモノが見つからなくて。今使ってるアンプですか?
まあそれでもいいと言えばいいんですけどね。なんだか音の広がりが弱いんですよね。もう少しバイオリンの繊細な音が、豊かにというか、よく伸びるようなセッティングをしたくてねぇ。
耳垢チェック
綿棒をグリグリといってもらったら、軽い粘着質の耳アカがこびりついた。なんというか、まあ、汚い。両耳とも同じくらいの分量のアカがついていた。これで豊かな音の伸びが判断できるものなのか。
チェックを受けて
アハハ、ちょっと汚いですね。耳掃除はおとといしたけどね。まあ、けっこう汚れちゃうほうなんですよ、ボク。これでちゃんと音にこだわってるかって言われたら少し自信なくなっちゃったね。こだわるなら耳からもっとこだわらなきゃなぁ。とりあえず耳掃除は毎日やることにしようかな。
別の店で、イヤホンの抜き差しを繰り返すお兄さんを発見した。見た目は体育教師みたいだが、色んな種類のイヤホンを試しているあたり、なかなかこだわりが強そうだ。
使ってたイヤホンが壊れちゃって、自分の耳に合うものを探してます。低音が効きすぎず、かつ高音がしっかり抜ける(はっきり聞こえる)イヤホンってなかなかないんですよね。音楽好きなんで、いくらアイポッドで聞くにしてもイヤホンはこだわるほうですね。それこそ1万5千円以下のものって基本的に音がチャチに聞こえてくるんで、毎回最低でも3万以上のモノを買ってます。オレ好みの音が出るギア(イヤホン)に出会っ
て、それを使って音が聞こえてくるのが楽しいんですよ。
耳垢チェック
カサカサのでかい垢がついていた。こんなの持っといて高音だ低音だと言われてもなぁ。
ほら、キレイじゃん!
え、まあ少しだけアカがついてるけど、けっこう気を使ってるからね。イヤホンに耳垢がつくのがイヤだし、やっぱ少しでも垢があると若干音がこもるような気がするんで。 同じ店に細々としたパーツが置かれたコーナーがあった。アンプとスピーカーに繋ぐケーブルらしく、こんな些細なものにも2、3万の値がついている。さっぱりわからん世界だ。
そこにやってきたのが40代の小綺麗な格好の男性だ。ケーブルを手にとり、棚に戻してまた別のケーブルに手を伸ばしている。
このケーブルが変わるだけで全然違いますからね。ジャズみたいな生音を録音した音源の場合、特にケーブルの特性をちゃんと理解して繋がないとしょぼーい音になっちゃうんで。けっこうこだわってますよ。それこそ耳にも気をつけてて。雑音が入るのがイヤなんで、乾いた綿棒、湿った綿棒を両方つかってケアしてますから。曲はなんでも聴きますよジャズもクラシックもJPOPも。古いのも新しいのも。いきものがかりも聴いちゃいますから。
両耳をグリグリやってもらったのだが、垢はほぼゼロと言っていいくらいキレイだ。
まあ、ちゃんと掃除してますからね。せっかく素敵な曲でもこっちのコンディション次第で駄作、とまではいかないけど、変な聞こえ方になっちゃうので。
別の店へ。大型のスピーカーやアンプの品揃えが豊富で、5階建てのビルすべてにオーディオアイテムがちりばめられている。初老の紳士がイスに座っている。目の前のスピーカーから流れるクラシック音楽に耳を傾けている。シブイ。
しばらくして立ち上がった紳士は店員に「複雑な音色もダイナミックに響いてるね」と寸評をかました。
ワタシはクラシックが好きでね、いまはこれ(棚のスピーカーを指差して)を使ってるんですよ。クラシックには一番合うから。昔からオーディオ関係は好きでね。やっぱり機材によってしっかり音の出方が変わってくるからこだわったらキリがないんですよ。音色を一つ一つ確認して自分の好みを探さないといけないもんで。やっぱりオーケストラが目の前にいるようなダイナミックな音の出方がいいよね。
…うん。汚い。こんな塊があってもそのダイナミックな音色とやらが理解できるとは。
チェックを受けて
あれれ。いやぁ。ハハハ。でも耳アカがあるからって聞こえるものはあまり変わらないと思うよ。人間のカラダってそこまで繊細にできてないから。アハハ。いやー、まいったなぁ。アハハ。
同じスピーカーの前に立って、体を揺らしながら聞き入ってる人がいた。カラダの向きを変えつつ、右耳、左耳をスピーカーに近づけて何かをチェックしているようだ。
あれ、見られちゃった?
恥ずかしいですね。僕、これ(スピーカー)の前の型を所有してるんだけどね。やっぱりハイクラスのスピーカーになると音の響きかたが全然違うなぁと思いまして。クラシックなのでね、スピーカーひとつ、アンプひとつ、もっと言ったらアンプから伸びる電源コードの種類によっても全然音の鳴りが違ってくるんですよ。長年聴いてるとその違いってわかるもんですけど、やっぱり機材の質を確認するにはクラシックを鳴らすのがいいですね。ノイズの具合も生音に忠実かどうか、とか細かい点で違ってきますので。まるで鼻水のようなベチョベチョ耳垢。撮影するのもイヤなくらいだが、なぜか右耳だけが汚く、左耳はそこそこキレイだった。
…んふふ。恥ずかしい
ねぇ…。こんな汚いと僕が何言っても信じてもらえないよね。さっきの発言取り消してもいい?んふふ。まあでも、耳の中のこれくらいの垢だったらそんなに影響はないと思うけどね。現に音の違いってのはわかってますし。