会話のタネ!雑学トリビア

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日本一ヘタな歌手の店に入ってみた

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「日本一美味い」「日本一安い」など〝日本一〞を謳い文句にする飲食店は数多くありますが、東京西部に「日本一ヘタな歌手の店」という奇妙な看板を出す喫茶レストランがあるという有志からの情報が舞い込み、早速現地へと馳せ参じました。
 某JR駅から徒歩1分という好立地にあるビルの2階を見上げると「特許!日本一ヘタな歌手の店」という看板を発見。何が特許なのかよくわかりませんが、その他にも「複合文化人」などの見慣れない言葉が並んでいます。窓際にスポーツ紙を読み耽っている客らしきおっさんが一人いるので開店している様子です。
 ビルの階段を上がり、飲食店には珍しい真っ青のドアを開き、店内へ。入口左奥のソファーには先ほど見えたおっさん、右奥には脚立に乗って何やら作業中のおばさんがいました。2人がほぼ同時にこちらに気付き、「あれ、お客さん?」と目を丸めて訊ねてきたので、どうやらおっさんがこの店のマスター、おばさんがママだということが判明しました。
 店内は真っ赤なソファーがズラリと並び席数も20以上と広く、壁は一面ガラス張り。カウンター横にはカラオケ機材、中央頭上にはやけに小さなミラーボールが微妙な速度でユラユラと回っています。そんな落ち着かない店内の中心部のソファーに案内され、マスターとママはそれぞれ同じような中折帽を被り仕事モードに入りました。営業時間から考えて店がオープンして既に3時間ほど経っていたはずですが、どうやら今日最初
の客だったようです。
 ママは「何を見てこの店に来たの?」「どうやって見つけたの?」「私はテレビやラジオにもよく出てるからね」と一方的に話しまくり、「オススメはスパゲッティーだからね。美味しいから雑誌にも紹介されたことがある」とメニュー表を渡してくれました。しょうがないのでスパゲッティとビールを注文するとカウンター越しにマスターとママが何やら小声で話し合い、再びこちらに来て耳元で「ゆで卵はサービスするからね」と言ってくれました。
 そんなことより気になっていた「日本一ヘタな歌手」について訊ねると「私のこと。藤圭子と同じボイストレーナーに指導してもらってるの」とママ。「歌もね、作詞作曲してるから」と奥のテーブルに山積みになっていた書類の中から紙を1枚渡してくれました。そこには「私一人のセレナーデ」「ほめる言葉は太陽だから」など、ママが作詞作曲した曲が4曲ほど記されており「この辺が代表曲なの」と笑顔で教えてくれました。「ぜひ歌ってほしい」とリクエストしたのですが、「私はヘタだから絶対に歌わない」と言い張り、何度お願いしても頑なに拒否されてしまい、それならなんで看板に記してまでアピールしているのかついに最後まで訊くことはできませんでした。
 しばらくすると厨房のマスターが「スパゲッティお待ち」と言いながら、ゆで卵と一緒に運んできました。「このゆで卵はサービスだから、ゆっくりしていってちょうだいね」と2人とも満点の笑顔です。
 目の前に置かれたスパゲッティは茶色く焦げており、青海苔まで振ってあるものだからどう見ても焼きソバUFOにしか見えません。味こそごく普通のナポリタンではありましたが、その見た目が食欲を失せさせ、何故かセットで付いてきたジョッキのオレンジジュースで流し込むに至りました。
 歌も唄ってもらえず、スパゲッティもこの調子なのでそろそろ会計にしようかと思ってふと厨房奥を見るとマスターとママがこちらに背を向けて再び何やら話し合っています。その後2人がゆで卵をさらに2つ持ってきて「これもサービスだからね」と言いながら、神妙な面持ちで対面に着席。そして「ちょっと話だけ聞いてね」と高貴な桐の箱をテーブルにそっと置きました。
 ママが箱を開けると、中には小瓶が20本ほど入っており「これね。アロマって言うの、知ってる?」
と優しい口調で問い掛けてきます。こちらが戸惑っていると「ラベンダーはストレス解消、レモンは疲労回復…」などそれぞれのアロマの効能を説明していき、隣でマスターがうんうんと頷いています。
「表参道にお店出してるブランドでね、今ね、安く買えるのよね、私も初めて使った時はね、ここだけの話、感動して泣いちゃったの」
と涙ぐみながら語りかけてきます。そこから約30分間、「もっと早くこのアロマと出会いたかった」という趣旨のことを説明され、「これ自体は7万円だけど最初はお店に遊
びに行くだけでも良い」と提案してくれました。
 これ以上この店に居てはいけないと第六感が働き、勇気を出して会計を頼んでその場を立ち去りました。