ハンバーグやオムライスなどの横っちょに添えられ、食べられることなく皿に残されたまま厨房に舞い戻り、ゴミ箱に捨てられていくアイツ。いちおうは食い物なのに、そんな儚い運命をたどるのがパセリである。
パセリ農家にすれば、何かしら思うところがあるだろう。白菜や大根の農家ならば、おいしいおいしいと食べてくれる人々の笑顔を思い浮かべることで仕事の励みにもなろうが、パセリ農家にはそれがないのである。
いったい、どんな気持ちで作ってくださっているのだろうか。
埼玉県の某農家に足を運んだ。じゃがいもやトマトなどの超メジャー級野菜と並んでパセリを栽培しているお宅だ。
トラクターに乗る70才くらいのオジサンを発見。近づいて声をかける。
「すいませーん、こちらの農家の方ですよねー?」
「ほい、どうしました?」
「いや、農家さんに話を聞いてまわってるんですけど。すごく広い土地ですね」
「いやぁ、まあねえ。で、どうしたの?」
不思議そうな顔を浮かべるオジサン。なかなか本題を切り出しにくいなぁ。
「あの、野菜だと何が一番売れるんですか?」
「んだなぁ、トマトかなぁ。なに、調査してんの?」
「はい。他には何を育ててるんですか?」
オジサンはじゃがいも、きゅうりなどなどの品目をあげる。ん、肝心のアレが入ってないじゃないの。
「パセリはないんですか?」
「パセリ? あるよ」
「へー。売れるんですか?」
「そうねえ。だってさ、レストランなんかで食ったら必ずパセリ付いてんだろ。オレん家もよく東京の店とかに卸してっからよ」
笑顔だ。よし、チャンス。
「パセリを食べる人っていませんよね? どんな気持ちで作られてるんですか?」
ほんの一瞬、空気がピンと張った。ちょっと直接的すぎたか?
「アハハ、別になんとも思わねえよ、アハハ」
「え、でも頑張って栽培してるのに、なんか複雑な気持ちになったりしないんでか?」
「んなもんねえよぉ。オレも食わないもん。買ってくれるところがあるんだから、いいの」
そういうものなのか。っていうか農家の人も食べないんだ。ずいぶんあっさりしてるなぁ。オジサンいわく、ビジネス的な意味合いでは、パセリは結構オイシイらしい。食されてるかどうかは別にして、買ってくれる飲食店は無数にあるそうだ。
「売れるよぉ。パセリってのは安定してさばけるからイイんだよ。メシ屋なんかボコボコ新しくできんだからよぉ」
続いて出向いたのは同じく埼玉北部にある農家だ。こちらはさっきとは違い、ずいぶん小さな畑だ。作業中らしきおじさんがいた。
「こんにちは」
「どちらさんですか?」
ジロっとにらみを利かせるオジサン。
「こちらでパセリを育ててらっしゃると聞いたのですが」
「ああ、うん。でも今はナイね」
「時期的なもんですか」
「そうそう。ああ、飲食店でもなさるの? 大根なんかはありますよ、見てく?」
「いえ、パセリの話を聞きたくて……」
「今はね、ないんだよ」
「そうじゃなくて、パセリって食べる人いないですよね?」
「んん? まあたしかに、ほとんど食べないだろうね」
「それでも育ててらっしゃるんですよね?」
「そうよ」
「その…、人が食べずに残す野菜を作るってのはどんなお気持ちなのかなぁ、って」
「ええ? どういうこと?」
同じ質問を二度繰り返したところ、あっけらかんとした答えが返ってきた。
「パセリはね、大事に作ってるけど、花みたいなもんだよ。花を育ててんのと一緒だよ」
「花ですか」
「そう、観賞用って考えてるかなぁ。まあ、今そうやって聞かれるまでは考えたこともなかったけどねぇ、そんな感覚ですよ」
なるほど、それなら納得だ。そもそもが食べるモノと思って作っていないってことか。
「じゃあご主人もパセリは食べないんですか?」「オレ、う〜ん。食べるときもあるよ。でもモノによっちゃ苦いからねぇ」食べる人、いっぱいいるよ
群馬県のパセリ農家を訪れた。数人の老人がせっせと作業をしている大規模な農場だ。一番優しそうな顔のおっちゃんに近づく。
「いやあ、天気いいですねぇ」
「ほうねえ」
「お忙しいですか? なにか収穫されてるんですか?」
「まあねえ」
「それにしても天気良いですね」
「そうだなぁ。暑くなってきたよ」
こちらを見ることもなく土いじりを続けている。仕事の邪魔をしちゃいけないしさっそく本題にうつろう。
「こちらでパセリを作ってらっしゃると聞いたんですけども」
「ん?」
「パセリです」
「ああ、やってるけど何?」
「パセリって食べる人はあんまりいないですよね」
おっちゃんが初めて視線を向けた。
「なになに?」
「いえ、食べる人がほとんどいない食べ物だなぁと思いまして…」
「いやあ、食う人いるよ?」
「そうですか?」
「ああ、オレ食うもん。で、なに?」
なんだか険悪な雰囲気になってきたな。
「その、世間的には食べる人は圧倒的に少ないんですけど」
「そうかい? 食べる人、いっぱいいるよ」
「すいません、ぼくはいつも食べないもんで……」
「そう? ウチのはみんな食べてると思うけどな」
そうか。となると前提が崩れるな。退散だ。
いろいろ失礼な気もした今回の調査だったが、土と汗にまみれて働くオジサンたちの姿を見て、なんだかパセリを残すことが申し訳ないように思えてきた。
栄養価も高いそうなので、これからはムシャムシャいってやろうかな。