YouTubeは便利だ。世界中のあらゆる楽曲をクリックひとつで聴けてしまうなんて、世紀の大発明と言ってもいいだろう。
しかしこのYouTubeに、害悪どもがはびこっている。
たとえばサザンの某曲を聴きたいと検索したとしよう。該当動画がずらっと出てきたところで、適当なひとつをクリックする。流れ出すイントロ。そして
歌い出すのは桑田…じゃなくて、こいついったい誰やねん! 下手クソめ!
世間では〝歌ってみた〞動画と呼ばれる、これら素人カラオケ作品群。有名どころのミュージシャンで検索すると、そういった類のものは山のように出てくる。
もはや公害と言うほかない。何が悲しくて自己陶酔ヤローたちの歌を聴かされねばならんのだ。あの連中の息の根を止めてやりたい!
住所も名前もわからんとどうやって文句をつければいいのやら。とりあえずいくつかの動画のコメント欄に、非難文章を書きでみる。
素人の歌なんか誰も聴きたくし、目障りです。即刻、動削除し、二度とこのような
迷惑行為はしないでください!
世界中の意見を代弁した書き込みだったが、まるで効果はなかった。完全無視か、『嫌なら見なきゃいいでしょ』的なコメントが返ってくるだけだ。
そこで策を考えた。連中にこんなメールを送りつけるのはどうだろう。
『いつも動画を拝見し、すごいなぁと感心している者です。できれば一度、カラオケで生の歌声を聴かせていただきたいなと思ってるのですが、どうでしょうか。オフ会のようなフランクな集いを考えています。いきなりのお誘いなので、カラオケ代やドリンク代はこちらで全部負担させていただきます。ご検討お願いします!』
なにせ敵はナルシスト野郎たちである。上機嫌でのこのこやってきてもおかしくはない。当日、真っ正面からバシッと痛めつけてやろうじゃないの。
かくして歌ってみたバカ60人にメールをばらまいたところ、ラッキーなことに5人から承諾の返事が届いた。
バカどもが引っかかりやがって!
内訳は男4人に女1人で、彼らがコピーしている歌手は以下のとおりだ。
男1……エグザイル
男2……尾崎豊
男3……サザンオールスターズ
男4……
B'z
女………aiko
いかにも歌自慢の人間が好みそうなラインナップが並んだところが笑えてくる。
いっぺんに5人全員と対決すると、集団の勢いに押されて言い負かされる恐れがある。アポの日時をずらして1人ずつ成敗していくとしよう。トップバッターはエグザイルだ。約束の時間ぴったりに池袋のカラオケ館前へ足を運んだところ、スーツ姿の男がケータイ片手にボケッと佇んでいた。
「あ、どうも、はじめまして」
「あ、はじめまして」
「今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます」
「こちらこそ声をかけていただいてありがとうございます」
スーツ君がラモーンズみたい
な長髪を手で掻きあげる。
現在34才。職業は学習塾の講師をやってるとかで、なかなか愛想のいい男である。
ではそろそろ自慢の歌声を披露してもらおう。マイクを手渡すと、スーツ君がやや緊張した面持ちで頭をかく。
「じゃエグザイルの『Ti Amo』にします」
いざ曲が始まるや、スーツ君はマイクを握りしめて熱唱しだした。空いてる片方の手をくねくねさせて情感を表現しながら。ナルシストのカラオケってのはやっぱりキモいねぇ。
曲が終わり、スーツ君がソファに腰をおろした。チラっとこっちを見ているのは感想を求めてるのだろう。
「いやぁ、お上手ですね」
「まあ、この曲すごい好きなんで。何か歌われます?」
「いや、いいです。実はちょっと言いたいことがあって」
「はい?」
スーツ君がキョトンとしている。
「YouTubeでエグザイルの曲を探してる人が、いまのような歌を間違って聴いちゃったら、きっとイラっとすると思うんですよ」
半笑いでかたまるスーツ君に、一気にたたみかける。
「いやだから、あなたの歌ってみた動画のことなんですけどね、あれっていろんな人に迷惑をかけてるんじゃないかなって」
「………」
くぅ、気持ちいい。これを言ってやりたかったんだよ。
ややあって、彼が口を開いた。
「あの、もしかして、そのために呼んだんですか?」
「まあ、そういうことです。とにかくその手の動画はすべて削除してもらいたいんですよ。今後は二度と投稿も…」
言い終わらぬうちに、ヤツは部屋を出て行ってしまった。まあいいや、スッキリしたし。