会話のタネ!雑学トリビア

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村上春樹好きハルキスト御用達のお洒落ブックカフェ

村上春樹の長編小説の新刊が先月約4年ぶりに発売されたこともあり、村上春樹ファン、通称ハルキストと呼ばれる連中が毎度のことながらはしゃぎ出しているようだ。
あいつらは基本的に毎年ノーベル文学賞発表の時期にはハルキスト御用達のお洒落カフェに集合してテレビカメラの前で神妙な顔して「今年こそは信じてます」とか言ってわざとらしく一人一冊お気に入りのハルキ本を読みながら受賞発表を待つという意識の高い行動を繰り返している。
今回の新刊発売に至っては発売日前日の深夜にカウントダウンイベントを実施。ハルキストたちがわざわざ某有名書店に集合して深夜0時になるのを待って奇声を上げてハイタッチしながら新刊を購入するという異様な儀式が執り行われたという。
発売から数週間が経過して、分厚い上下巻(各1800円)を読了する者が増えてきたのか、新刊感想会などもあちこちで開かれており、またそうしたイベント以外でも常時ハルキストが集うカフェや本屋というのが無数に存在しているという。そこで今回はその中の一軒にズッコケ3人組シリーズ以来小説を読んだことがない俺が馳せ参じてみることにした。
某駅からさらにバスを乗り継いでしか行けないような住宅街の雑居ビルの2階に本屋&カフェという業態の店がひっそりと営業しており、ここがこの周辺のハルキストたちのアジトとなっているようだ。しかしなぜか午後にオープンして19時前には閉店してしまうという、隠れ家感を強く演出している。
階段を上るとすぐに店があり、なぜか入り口脇に某政治家を皮肉ったイラストがいくつか貼られていて、既に〝他の本屋とは違いまっせ〞感を醸し出している。
重厚なドアを開けると店内は町の本屋の半分程度の広さしかなく、クラシックな洋楽が静かに流れており、ぐるっと一周壁全面に沿って置かれた本棚には書物がぎっしりと詰まっていた。店内には客が3名、右のレジ奥には店主らしき男が難しそうな顔をして広辞苑のような分厚い本を熟読しながら鎮座。入口のすぐ左には村上春樹の旧作が並んでおり、店中央にも先日発売されたばかりの新作が綺麗に飾ってある。さらに左奥にも春
樹コーナーらしき本棚があり、客3名はその前で何やら雑談中だった。
店主はこちらを一瞥したあと再び広辞苑みたいな本を読み始めたので恐る恐るドリンクの有無を訊くと「コーヒーはセルフで。ビールは400円」と一言。そのあと常連らしきその3名と店主が「最近フェイスブックに書かれていた新刊の感想の笑えたやつ」についてワイワイと話し始めたのでいきなりとてつもないアウェイ感に襲われることになった。しょうがないから奥の春樹コーナーを指でなぞりながら「これ欲しかったやつだ〜」と大きめの独り言を発して「神の子どもたちはみな踊る」という聞いたこともないハルキ本を一冊購入することに。すると店主は「あれ? これまだですか?」と未読なことをやんわり指摘されたので「そうなんです、これだけがまだで」と頓珍漢なことを言ってしまい、誤魔化すようについでにビールを注文した。
ビール瓶を持って店内を徘徊しながら、中央のソファで喋っている3名のハルキストに接近し、「これ買いました」と購入したばかりの本を見せると「〝神の子供〞かぁ。渋いところ突きますね。これ1日で読めちゃいますよ」と言われたので「頑張ります」と答えてしまい、それ以上は会話が思い浮かばず、しょうがないから「東野圭吾とかは読みますか」とわけのわかんないことを訊ねてしまう。
すると小太りの男が「ああいうのはまた全然違いますよね、エンタメですよね」と言うと横の2人も「あれは完全にエンタメ」「エンタメ色がどうもねぇ」とやたらとエンタメという言葉を乱用してくる。
試しに「宮部みゆきは?」と訊いてみると「あれもエンタメ」「じゃあ、又吉は?」「あんなの超エンタメ」「太宰治は?」「あれも突き詰めると一周してエンタメかなぁ」と、春樹以外はすべてエンタメという言葉で抑え込もうとしている節があった。
訊けば数日前にまさにこのカフェで新刊の読書会が行われたらしくハルキスト10数名+店主で3時間ほどたっぷりハルキについて語ったばかりだという。「ルールが一つだけあってね。相手の意見は否定しない。これだけ。基本的にハルキ好きな人たちだから懐は深いんだけどね」とのことだが、ハルキ好きだから懐が深いという理屈もよく分からない。
ちなみに春樹以外は何を読むのかと訊ねてみたら欧米の小説家の名前を3つほど早口で教えてくれたが、到底覚えられる速さではなく聞き返すことなく断念した。その後もビールを飲みながらハルキストの様子を窺っていると「そろそろ、よっちゃん来るかな」「LINEしてみようか」という会話を始めたのでこれ以上意識の高いハルキストが集まってはズッコケストの自分としてはさらなるアウェイに追い込まれて過呼吸になってしまうと判断。「神の子、楽しみ〜」と再び大きめの独り言を発しながら店をあとにするしか術はなかったのである。