中国人による一連の反日行動に、憤りを覚えているのは俺だけじゃないだろう。いくら温和な日本人でも、たびたび日の丸を焼かれたり、日本車が破壊される映像を見せられちゃ、さすがに心中穏やかではいられない。しかし同時に思う。アイツら、本当に日本が嫌いなんだろうか。新聞報道によると、デモ学生の中には、反日デモを経済格差や就職難の不満のはけ口にしている人間が結構いるという。中国政府にたて突くのが怖いので、うさ晴らしの矛先を日本に向けてるだけらしいのだ。
ポーズで日の丸を焼かれちゃタマらん。どうにかやつらの鼻を明かしてやりたいとこ
ろだけど、単に現地へ乗り込んで、連中に文句を言うんじゃ面白くない。そこで考えた。日本企業のリクルーターを装い、中国人学生に就職の斡旋を持ちかけてはどうか。働き口のない連中の前に、日本企業のリクルーターが颯爽と現われ、「キミキミ、我が社に入らんかね」と言えばどうなるか。くしゃくしゃに踏みにじられた日の丸を四つ折りにキレイに畳み、恥も外聞もなく「よろしくお願いしま〜す」とシッポを振るのでは?俺は学生時代に中国への留学経験があるので、ある程度の読み書きや会話は可能だ。現地ではたらく日本人になりきることは可能だと思う。ネットで調べたところ、願ってもない情報をキャッチした。四川省の徳陽市で学生たちが反日デモを画策しているというのだ。さっそく成都(四川省の省都)行きのチケットを手配し、続いてニセ名刺の用意に取りかかる。こちらが名乗る社名は、世界に名だたる日本のトップ企業「●●タ」でいいだろう。徳陽市のある四川省にはこの企業の支社があるので、違和感はないハズだ。ではいざ参ろう中国へ。成都空港からタクシーを飛ばし、徳陽市へ入ったのは、デモ予定日の14時過ぎのことだった。適当なところでタクシーを降り、ひとまず町を歩く。道行く人々は皆どこか楽しげで、不穏な空気は何も感じられない。まさかあのデモ情報、ガセだったりして。しかし、市中心部の「文廟広場」までやってきた途端、キナ臭い雰囲気が。立入り禁止の黄色いテープが周囲に張り巡らされ、いかつい顔の警察官があちこちに立っているではないか。テープの外側はどこも黒山の人だかりで、一部の人間が大声で中国国家を歌っている。やっぱりデモは行われるのか。そうこうしているうち、若い男女のグループが、雄叫びを上げながら広場になだれ込んできた。連中は、総理の写真に×印をつけた横断幕を掲げており、そこには赤い文字で何事か書かれている。「倭寇をぶっ殺せ」「東京に血の雨を」「小日本を地球から追放せよ」
翻訳すると、このような意味となる。えらい物騒だ。やや怖じ気づきながら、俺はデモ隊の後尾にへばりつき、しばらく大通りを練り歩いた。デモ隊が、路上に止めてある日本車を発見したのは、それから間もなくのことだ。誰かが大声でわめく。
「日本車だ!ぶっ壊せ!」
それに調子を合わせるように、人々が声をあげた。
「ひっくりかえせ。倭寇の車をひっくりかえせ!」
連中が車を取り囲んだ直後、警備隊が割って入ったため破壊活動は阻止された。が、デモ隊の興奮はいっこうに収まる様子はない。どころか口々に日本を罵り、さらに気炎を上げている。コワ〜。いつまでもビビってるワケにはいかん。意を決した俺は、デモ隊の後尾を歩く男の肩をちょいちょいと叩いた。
「ニーハオ。私、●●タの成都支社人事課の者です」
名刺を切る間もなく、胸のあたりを小突かれた。
「日本人? あっち行け!」
何しやがる!とは言えず、黙って引き下がる俺。次はもっと大人しそうなやつに声を
かけよう。おっ、あそこにちょうどいいのがいましたよ。
「ニーハオ。●●タの成都支社の者ですが」
恐る恐る手渡した名刺を、男が怪訝な顔で眺める。
「何の用?」
「実はいま我が社で学生の大量雇用を検討中してるのですが、興味ありませんか?」
そう言うと、男はしばらく名刺とこちらの顔を交互に見てから口を開いた。
「●●タで働けるってこと?ホントに?」
不審な目を向けながらも興味は持ってくれたらしい。男が言う。
「後で連絡します」はいキタ〜。あっさり日本企業の軍門に下りましたよ。さっきまで「東京に血の雨を」とか勇ましいこと言ってたやつが。今度は、先ほどまで横断幕のそばを歩いていた女子学生風だ。
「ニーハオ。いま●●タで事務員を募集してるんだけど興味ないですか?」
「え、ウソ。本当に●●タの人ですか?」
「はい。緊急でスタッフが必要になんです。うちで働きませんか?」
「はい、すごくうれしいです。ありがとうございます」
はは、感謝されちゃったよ。この瞬間、お前の愛国心は木っ端微塵に砕けたわけだ。よ〜し、この調子でどんどん行くぞ。そう考えて次のターゲットを物色していたとき、誰かが二の腕を掴んだ。
「お前、日本人か。いま俺たちが何をしているかわかっててここにいるのか」
振り向くと、キツネ目のガッシリとした男が、俺を睨んでいた。やつのとなりにいた別の男が、周囲に呼びかけるように声を上げる。
「おい、日本人がいるぞ。日本人が俺たちのデモに抗議しにきたぞ!」
おい、ちょっと待て。何でそうなるんだ! 俺は●●タの社員で(ウソだけど)、キミ
たちに仕事を紹介しにきたんだぞ(ウソだけど)。うろたえる俺の周りに、目の色を変えた野次馬がぞろぞろと集まってくる。もしかしてこの状況、ヒジョーにまずいのでは? 捕まったら半殺しの目にあうのでは?一瞬の迷いのあと、素早く群衆の輪を抜け出した俺は、そのまま町を疾走してタクシーに飛び乗った。