「倫理観がない人とは距離を置くべき」「問題がある人は組織から排除すべき」。こういった言葉、あちこちで耳にしますよね。確かに一理あります。でも、本当にそれだけが正解なのでしょうか。
令和の時代を生きる私たちが直面しているのは、多様性の時代です。価値観が違う、育った環境が違う、文化が違う。そんな人たちと、どう共存していくか。今日は、あえて逆の視点からお話ししたいと思います。「倫理観がない」とラベルを貼って排除するのではなく、理解し、受け入れ、協働することで成功した人たちの物語です。
「倫理観の違い」を「倫理観の欠如」と誤解していた
まず考えてほしいのは、私たちが「倫理観がない」と判断する基準は、本当に絶対的なものなのかということです。多くの場合、それは単に「自分の価値観と違う」だけかもしれません。
ある30代の女性管理職の話が印象的でした。彼女の部署に配属された新入社員は、納期ギリギリまで仕事をしない、報告も適当、約束も守らない。最初、彼女は「この人には責任感がない。倫理観に問題がある」と感じたそうです。
でも、ある日、その新入社員と腹を割って話す機会がありました。すると、驚くべき事実が判明したんです。彼は海外育ちで、彼が育った文化では「完璧を目指すより、とりあえず80%の完成度で提出して、フィードバックをもらいながら修正していく」というやり方が標準だったんです。
彼女の目から見れば「いい加減」に見えた行動は、彼にとっては「効率的な仕事の進め方」だった。約束を守らないように見えたのも、彼の文化では「状況に応じて柔軟に対応する」ことが重視されていたからでした。
彼女はハッとしたそうです。「私は彼を『問題社員』として排除しようとしていた。でも、本当の問題は、お互いの価値観を理解しようとしなかったことだった」
それから、彼女は彼とじっくり話し合い、お互いの働き方の違いを認め合うことにしました。日本のビジネス文化も説明し、彼の文化の良さも取り入れる。その結果、チーム全体の生産性が上がったそうです。特に、「完璧を目指しすぎて動けない」タイプの社員たちが、「まず出してみる」という彼のスタイルから学ぶことができたんです。
「倫理観がない」とラベリングして終わらせるのは簡単です。でも、その背景にある文化や価値観を理解しようとすることで、新しい可能性が開けることもあるんですね。
厳格すぎる倫理基準が組織を硬直化させる
次に考えたいのは、「倫理的であること」を過度に追求することの弊害です。これ、意外と見落とされがちなんですよね。
ある老舗企業の話です。その会社は創業以来、「誠実であること」「正直であること」を何より重視してきました。素晴らしいことです。でも、その結果、何が起こったか。
小さなミスでも厳しく咎められる。少しでも基準から外れた行動をすると、「倫理観に欠ける」と批判される。社員たちは、失敗を恐れて新しいことに挑戦できなくなっていきました。報告も、良いことばかりを伝え、問題は隠すようになった。なぜなら、問題を報告すると「なぜそんなことをしたのか」と責められるからです。
結果として、その会社は市場の変化に対応できず、業績が悪化していきました。経営陣は頭を抱えました。「こんなに倫理的な会社なのに、なぜうまくいかないんだ」と。
転機が訪れたのは、新しいCOOが就任してからでした。彼は外資系企業出身で、全く違う価値観を持っていました。彼が最初に言ったのは、こんな言葉でした。
「失敗を恐れるな。失敗から学べ。正直であることは大切だが、完璧である必要はない。チャレンジして、失敗して、それを隠さず報告することこそが、本当の誠実さだ」
最初、古参社員たちは戸惑いました。「この人、倫理観がおかしいんじゃないか」と陰で囁く声もあったそうです。でも、徐々に組織の空気が変わっていきました。
失敗を報告しても責められない。むしろ、「どう学んだか」を評価される。新しいアイデアを試すことが推奨される。すると、社員たちの表情が明るくなっていったんです。そして、イノベーションが生まれ始めました。
今、その会社は業界トップクラスの成長率を誇っています。COOは言います。「倫理観は大切だ。でも、それが人を縛り、成長を妨げるなら、それは本末転倒だ。倫理観とは、人を幸せにするためのものであって、苦しめるためのものではない」
問題行動の背景にある痛みを理解する
もう一つ、大切な視点があります。それは、「倫理観がない」と見える行動の背景には、その人なりの痛みや事情があるということです。
ある40代の男性教師の話をご紹介しましょう。彼のクラスに、万引きを繰り返す生徒がいました。他の教師たちは「親の教育が悪い」「倫理観が欠如している」と批判的でした。警察にも何度か補導されていました。
でも、この教師は違うアプローチを取りました。ある日、放課後、その生徒を呼び出して、静かに聞いたんです。「なんで盗むの?」
最初、生徒は反発しました。「別にいいじゃん」「説教ならいらない」。でも、教師は責めませんでした。ただ、待ちました。沈黙が続く中、やがて生徒の目から涙がこぼれ落ちました。
「家にお金がないんだ。母さん、病気で働けなくて。弟と妹がいて、俺が何か買ってあげないと…」
その瞬間、教師は理解したんです。この生徒が「倫理観がない」わけではない。ただ、追い詰められていただけだと。盗むことが悪いことだとわかっていても、弟や妹の笑顔を見たくて、そうせざるを得なかった。
教師は、すぐに学校のソーシャルワーカーに連絡し、その家族を支援する体制を整えました。食料支援、医療費の補助、母親の就労支援。様々な社会資源につなげたんです。
そして、その生徒には別の形で貢献できる場を与えました。校内のボランティア活動で、小さな子どもたちの面倒を見る役割です。「君は家族思いだ。その優しさを、こっちで活かしてみないか」と。
その生徒は、それから一度も万引きをしていません。今では、福祉の道を目指して勉強しているそうです。卒業式の日、彼は教師にこう言いました。「先生だけは、俺を悪い奴だと決めつけなかった。だから、変われた」
もし、この教師が他の人たちと同じように「倫理観がない問題児」として排除していたら、この生徒の人生はどうなっていたでしょうか。
ここで少し脱線しますが、面白い研究があります。刑務所で行われた実験で、受刑者たちに「なぜその犯罪を犯したのか」ではなく「あなたの人生で何が起きてきたのか」を聞くプログラムを実施したんです。すると、驚くべきことに、多くの受刑者が幼少期の虐待、貧困、見捨てられ体験を語り始めました。彼らは「悪い人間」なのではなく、「傷ついた人間」だったんです。そのプログラムを受けた受刑者は、再犯率が大幅に下がったそうです。人は、理解されると変わるんですね。
多様な価値観を受け入れた組織の強さ
最後に、ビジネスの世界での成功例をご紹介しましょう。ある IT スタートアップの話です。
創業当初、この会社の CEOは「チームの文化的適合性」を何より重視していました。採用の際も、「会社の価値観に合う人」だけを選んでいました。真面目で、誠実で、ルールを守る人。理想的なチームに見えました。
でも、ある問題が生じました。成長が止まったんです。新しいアイデアが出ない。みんな同じような考え方をする。リスクを取ろうとしない。CEOは焦りました。
そんなとき、投資家から一人の人物を紹介されました。経歴は華々しいものの、評判は賛否両論。「ルールを守らない」「自分勝手」「協調性がない」。まさに、これまで避けてきたタイプの人物でした。
CEOは悩みました。でも、背に腹は代えられない。試しに採用してみることにしました。そして、これが転機になったんです。
その人物は、確かに型破りでした。会議に遅れる、報告書を書かない、上司の指示を無視することもある。でも、彼には圧倒的な創造性がありました。誰も思いつかないアイデアを次々と出し、それを実行に移す行動力がありました。
最初、既存のメンバーは戸惑いました。「この人、会社のルールを全然守らない」「倫理観がおかしい」。不満の声も上がりました。
でもCEOは、彼を守りました。そして、チーム全体にこう伝えたんです。「ルールは大切だ。でも、ルールは人を縛るためじゃなく、チームを強くするためにある。もし、ルールが創造性を殺しているなら、ルールの方を変えよう」
会社は、「コアバリュー」と「柔軟性」のバランスを取り直しました。絶対に譲れない倫理基準は明確にしつつ、仕事の進め方や時間の使い方は個人の裁量に任せる。結果を出せば、プロセスは問わない。
この変化が、組織全体を活性化させました。「真面目な」メンバーたちも、型破りな彼の姿勢から学ぶことがありました。完璧を目指しすぎず、まず試してみる。失敗を恐れず、チャレンジする。そういう文化が根付いていったんです。
今、その会社は業界で最も革新的な企業の一つとして知られています。CEOは振り返って言います。「あのとき、『倫理観が違う』と彼を排除していたら、今の成功はなかった。多様性とは、心地よい違いだけじゃない。時に不快に感じる違いも受け入れることなんだと学んだ」
もちろん、バランスは大切
ここまで、「倫理観がない」とラベリングして排除することの問題点を語ってきました。でも、誤解しないでください。これは、すべての不正行為や有害な行動を許容すべきだという話ではありません。
暴力、ハラスメント、意図的な詐欺や横領。こういった明確に他者を傷つける行為は、決して許容されるべきではありません。そこには明確な境界線が必要です。
私が伝えたいのは、「理解する努力」の大切さです。
なぜその人はそう行動するのか。どんな背景があるのか。文化的な違いなのか、価値観の違いなのか、それとも追い詰められた結果なのか。理解しようとする姿勢があれば、多くの問題は解決の糸口が見えてきます。
ある人事コンサルタントは、こんなアドバイスをしてくれました。「問題社員に直面したとき、まず自問してほしい。『この人は悪意があるのか、それとも理解が足りないだけなのか』と。多くの場合、後者なんです。そして、理解が足りないなら、それは教育と対話で解決できる」
令和の時代に必要なのは、排除ではなく包摂
令和という時代は、多様性の時代です。国籍、文化、価値観、働き方。すべてが多様化しています。その中で、「自分と同じ倫理観を持つ人」だけを選んで付き合っていくことは、もはや不可能に近いんです。
そして、多様性こそが組織や社会を強くする。これは、多くの研究が証明している事実です。違う視点、違う考え方、違う経験。それらが混ざり合うことで、イノベーションが生まれ、問題解決の糸口が見えてくるんです。
「倫理観がない」という言葉は、時に思考を停止させる魔法の言葉になってしまいます。その言葉を使った瞬間、私たちは相手を理解することをやめ、排除する方向に進んでしまう。
でも、立ち止まって考えてみませんか。その人は本当に「倫理観がない」のでしょうか。それとも、単に「あなたと違う倫理観を持っている」だけなのでしょうか。
違いを受け入れること。それは簡単ではありません。時にイライラするし、理解できないこともある。でも、その努力が、あなた自身を、そしてあなたの組織を、より強く、より柔軟に、より創造的にしてくれるんです。