いよいよ恐怖の10連休が眼前に迫ってきた。巷ではプラチナウィークだの「忘平成
会」だのと盛り上がっているが、我々オッサンにとっては10連休など苦痛以外の何物でもない。ただでさえ普段から居場所がないのに
10連休ともなれば街のあらゆるところに幸せ一杯の家族連れがいつも以上に溢れ返ってしまい、近所のパチ屋に並ぶのも一苦労である。
「最強伝説 黒沢」第1巻で黒沢も言ってたがオッサンになると街ですれ違って辛いのはカップルよりむしろ家族連れである。若いカップルはもはや別次元の生き物、宇宙人として捉えることができるようになったが、自分と同じような年齢やルックスの男がちゃんと妻と子供を連れて休日に家族サービスしている様子を見かけると一体どこで分岐したのかと己の人生に絶望してしまうのである。
なので当然来る大型連休もオッサンだけが溢れるオッサン天国に駆け込みたいものだが、さすがに10連休ともなると全日すべてカバーしてくれるような駆け込み寺はなかなか存在しない。
しかしそんな中、競艇場だけは元旦から大晦日まで365日、毎日営業しているという。中でも江戸川競艇場は土地柄か、客の平均年齢が50オーバーで他場より圧倒的にオッサン率が高く、パジャマで行っても誰も気にしないというから居心地はかなり良さそうだ。
現地に向かうべく、某J R駅の改札を出ると高架下の薄暗い一帯に競艇場直行の無料バス乗り場があり、そこにラフな格好のオッサン達がズラリと並んでいた。
到着したバスの表示板には思いっきり「競艇場直行」と記されており、傍から見るとまるで護送車のような様相である。そのせいか、出発したバスの車内はシーンと静まり返っており、競艇新聞をパラパラとめくる音だけが微かに聞こえてきて、その様はまるで国会図書館のようでもあった。
15分ほど揺られて競艇場に到着。平日昼間だというのに想像以上に客が多く、競艇場の外側にある外向け売り場にもオッサン達が溢れていた。そこは入場料100円を払わずに舟券を買える代わりに生で競艇を観戦できなというエリアであり、舟券だけまとめて買ってすぐ帰る客や入場料100円すらもケチって舟券に投資したい重度のギャンブラーが集まるスポットである。
そこでいきなり50半ばと思しきオッサンが別のオッサン︵推定60歳︶に「うるせーんだよ、おめえよ!」と凄んでいる場面に出くわした。舟券が当たってはしゃいでるオッサンに対して舟券を外してイラついてるオッサンがガチ切れしているのだろうか。
しかし、この日はその怒鳴ってるオッサンがなぜか人気漫画「ワンピース」のTシャツを着てることに気が付いた。江戸川競艇に来てるオッサンがワンピースのTシャツを着用して、他のオッサンに怒鳴りつけているのである。ここまで奇天烈なキャラはなかなか他のギャンブル場でも見かけたことがなかったので思い切って話し掛けてみることにした。
「次のレース、やっぱイン逃げで決まりますかね」
こういう時、オッサン達にその日の収支を聞くのは喧嘩の元なので御法度である。知らないオッサンに収支を聞いただけで場内中を追い掛け回された者もおり、イン逃げが決まるかどうか、イエスかノーで答えられる簡単な問題しか投げかけないのが吉だ。
恐る恐るやんわり話し掛けたこちらに対してワンピース親父は一瞥した後、「いや、今日風が強くて安定板付けてるし、インばっかだから次もインだろうな。つまんねーよ、今日は」と意外にもアキバのオタクのような早口で捲し立ててきた。
一見ギャップが強いようにも感じたが、よく考えたら確かにワンピースのTシャツを着てるぐらいだから、アキバ系でもおかしくはない。少々キャラが渋滞しすぎている気もするが、せっかく答えてくれたのだからこちらも呼応しなくてはならない。自分の持ってる乏しい競艇知識を全力で絞り出しながら次のレースの見解を語ってみたら、ワンピース親父はひとしきり耳を傾けてくれた後、急に一言「うるせーよ」とぼやいて舟券
を買いに行ってしまった。やはり博打の先輩には聞き役に徹するのが正解だったようである。
しょうがないから入場料100円を払って場内に入ると、なんと中にはおそらく千人以上のオッサンたちが溢れていた。そんだけの数のオッサンがいるもんだからとにかく場内が異様な匂いなのである。タバコなのか、酒なのか、加齢臭なのか、どれでもない匂いだなと思ってよくよく考えてみると自分の枕の匂いと同じだということに気が付いて絶望した。
結果、適当に数レース遊んでみたが野口英世2枚分ほど負けたところで急激に身体がストロングゼロを欲してきたので退散。
いたのは帰りの無料バスの車内だった。往路では乗客がやけに静かだったのに対して、
復路は罵声の嵐である。選手に対しての誹謗中傷はもちろん、バスの運転手に対しても「おい、今の黄色︵信号︶行けただろ! なんで止まるんだよ、下手糞!」
「こっちは忙しいんだよ!」など、さっきまで競艇選手の運転テクニックを批判していたオッサンたちが今度はバスの運ちゃんの運転テクニックを批判してるのである。平日昼間に競艇を散々やっておいて「忙しい」というのも不思議である。
しかし、そんな罵声だらけの車内でも居心地がまったく悪くないのは自分がオッサンになったからであろうか。外向け売り場は江戸川本場が開催していない時でも営業してるので10連休はまた無料バスに乗ってワンピース親父に会いに行きたいものである。