会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

わざと瓦を割って屋根の修理を依頼させる悪徳リフォーム屋

営業はスーツで行ったら絶対アカン

待ち合わせに指定されたファミレスへ到着。

キョロキョロしていると、ヘルメットや工具を積んだハイエースから、浅黒い五分刈りのオッチャンが近づいてきた。今回取材させていただく「工務店」代表取締役、黒洋氏(仮名)だ。

氏が、工務店の作業着をオレに手渡す。取材はこれを着て同行するようにとのことだ。

事前の情報によると、黒洋氏は、京都市内で15年問、修行を積み、10年前に独立。以来、大手不動産会社の下請けをこなし、現在はフリーの大工

連中を取り仕切る立場にあるという。まずはかなりの遺り手と見ていいだろう。

「本業はあくまで大工で、リフォームは小遺い稼ぎやねん。今FIみたいにヒマな日に自分でチラシをまいて、カモが引っかかるのを待つんや。さ、行こか」

A4サイズのコビー紙に「インテリアの相談に乗ります」と記されたチラシ。

自分の似顔絵に「見積もり無料です」と工夫は見られるが、これでは、いくら撒いてもゴミ箱直行が関の山ではないか。

ハイエース住宅街に人り込んだ。出勤のサラリーマンや小学生の姿がチラホク見える。「悪いけど、チラシを半分コしてくれる。もちろん、君も一緒に配るんやで」

「へ?」

「できるだけ、オバちゃんたちに話しかけたってな。少しでも好印象を与えるのが大事やねん」

「わ、わかりました」

セブンイレブンの駐車場に止め、作業開始。別に犯罪に手を貸すわけじゃない

まずは手本を見せてもらうため氏の後ろをついて歩く。と、まもなく軒の民家の前で立ち止まる氏り庭でパジャマ姿のオバちゃんが植木に水をあげている。

「おはようございまーす」

「おはよう。朝早くからお仕事ですか?大変ですなあ」

「貧乏ヒマなしですわ。あ、これ何かあったらよろしくお願いします◇無料で見積もりしますんで」

この調子で民家を玄関越しにベコリ、ベコリ?まんま選挙運動の酉川きよしである。このオッサン、ほんまに悪徳なんか。オレは単なるバイトに駆り出されたんちゃうか。露骨に不審気な表情を浮かべていたのだろう

30軒ほど回ったところで、氏が急に真顔になった。

「営業はスーツで行ったら絶対アカンねん。近所さんと思わせるのが勝ちやねん。警戒心が薄らぐんや」

なるほど。2時間ばかし町内を歩いたが、誰ー人嫌な顔はしない。ゴミ集積場ではオパちゃんの井戸端会議に参加し、小学校の人口では先生に「ご苫労さんです」と声をかけられた。門前払いを喰らう置き薬の営業マンとはえらい差だ。

「自蝋駆除も壁の修理も、腕があれば誰でもできんねん。そんな111からワシを選ばせよう思うたら、人情に訴えるのが番やろ」

「はあ」

結局、このH、オレは氏と150件ほどの民家を回った。確かに当たりはいいが、大きな工事は受注できそうにない、というのが正直なところだ。

「修理部分がなかったら、コッチで作ればええやないの相手は所詮、素人さんやで。屋根なんて滅多に登らんし、ましてゃ床下なんか絶対に潜らへんやろ」 

わざと瓦を割って屋根の修理を依頼させる

ボステノングから8日後。黒滞氏から携帯に連絡が人った。営業をかけた家に、壁のひび割れ修理を依頼されたらしい。行かねばならない。待ち合わせのデニーズには、ハタチの作業員君も同席していた。若い衆を連れていくには、もちろんワケがある。

「この子に瓦を割らせて、屋根の修理を依頼させるんや」

氏が事前にド見をした結果、今回の屋根は6尺の脚立を使うらしい。この男、いよいよ本性を見せてきたか。

「室町クンも緒に登ったらええがな」

「え?」

「瓦を割るとこ見たいやろ?」

「いや、その、素人の僕が登ったらヤバないですか」

「平気やって。まあ、現場に着いたらわかるわ。あとは粗手の懐共合を見て、推をめくれば数百万の 大工事に早変わりやーあはは」

狭い2トン車に、氏の笑い声が響き渡る。自信満々だ。

午前7時、現場

湖面から吹き荒む寒風で、耳が千切れそうだ。睡眠不足で足もフラフラである。

「おはようございます」

氏は、軽く挨拶を済ませると、慣れた手つきで屋根に脚をかけ、そのままトり始めた。「君、何をしてんのー早く上がってやー」

「は、はい」

身体を支える脚立は、赤黒く錆ぴている。一歩踏みしめるごとに「ギィギィ」と札むのが恐くて仕方ない。何とか屋根まで這いトがると、氏が周囲を指差しながら徴笑んでいた。

「見てみい。辺りにこの屋根を見渡せる家は無いやろ」

だから、どんな悪さをしてもバレる危険はない。チラシを配りながらも、周囲の家の特微をアタマに叩き込んでいたらしい。見抜け んかったなあ。

「ほな、ワシは壁の修理してくるし、あとは、頼んだで」「はい」

早ければ5年で家がダメになる 
手際よく釘袋から金槌を取りだすと、頭に巻いていた手拭を瓦に被せ「コンコンコンコン」と4回叩いた。すでにコツは会得しているのだろう。タオルをはらうと、瓦には大きなヒビが人っている。

さらに2枚を同じ要領で割り、玄関で施主と打ち合わせをしていた黒洋氏の元へ駆けつける。そして芝居じみた大声で言うのだ。

「瓦、3枚もイカれてましたわ」

「ほんまかけいや、奥さん、うちのfが屋根にえらいもん見つけてしもて…」

「えー、なんですのっ」

驚く奥さんに、氏がデジカメの画像を取りだす。

「ほら、見てください。このままやと、浸水した水が問柱や支柱に回り、白蟻の犠牲になりますわ。ショックやと思うけど、早ければ5年で家がダメになるかもしれません」「はんまですかっ」

奥さんの顔色がみるみる、つちに青ざめる。さらに本人を屋根に登らせ、破損部を見せると、いよいよ困った顔になった。

もう、すぐにでも契約書に印鑑を押しそうな雰囲気だ。

が、黒深氏は、屋根の件など忘れたかのように壁の修理をパッパと済ませ、工事代金の2万8350円だけ受け取ると、後片付けを始める

セールストークは一切なし。これじゃあ、瓦を割っただけやんか。

「ええねん。自衣を着た大学教授やったら、説得力ある理屈もこねられるよ。せやけど職人のワシらがいくら専門語並べたって、施主に嫌われるだけやんか。他の悪徳業者は必死になって口説いたり、勝手に工事を進めるから悪さがバレるんや」

スコップとホースをトラックの荷台に積み、タバコに火をつける氏。正直、合点がいかない。これ で注文がなかったら骨折り損ではないか。納得いかないまま、卓に乗り込んだその瞬問。吉住さんが小走りに近づいてきて、運転席の窓ガラスを叩き始めた。

「黒深さん。すいませんが屋根の見積もりをお願いできますか?」

「はい。けど、今は他の約東がありますんで来週また来ますわ。奥さんもダンナさんに相談せなアカンでしょ。あらためてお電話さしあげます」

「よろしくお願いします」 
大事な家が5年でダメになると言われ、心底ビビッたのだろう。奥さんは救世主にすがるような目つきを

 
家電を大事にしている家からガッボリもらう 
現場取制のため、氏の自宅兼事務所を訪ねると、ホカ弁を頬張る氏が、いったん箸を止め、「この前、住さんトコでお茶を出してもらったやん。あんときのポットを覚えてる?」 

「ポットっそれが仕事とどう関係あるんですっ」

「キミもほんまにせっかちやね。ちゃんと思い出してみい。15年ぐらい前の象印を使っとったやろ」

「言われてみれば、何だか長細かったような・・」

「いまどき温度調節機能のない湯沸かし器なんて、誰も便てないやろ。リフ才ーム工事のコツはな、古い家電製晶を大事にしてる家からガッボリとることなんや」

悪徳工事の基本は、瓦をわり、床板をめくって、悪くもない柱や壁を補強することだ。そのため、モノ(家)を大切にする人ほど、大金を積み立てる傾向にある。中には、銀行でリフォームローンを組む人も少なくないらしい。

築年数が古くてもエクステリア(外装など)の新しい家は、逆に内部構遺には無関心で、あまり金にはならないそうだ。その点、前記の古住宅はまさに典型的な力モだった。黒深氏によれば、400万円の工事が決まったばかりだという。