会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

痴漢の冤罪濡れ衣を着せられたらどうなった

痴漢に遭った女性の傷は大きい

身動きの取れない満員電車の中で、 見知らぬ手に尻や胸を触られる屈辱は、被害者にしかわからないだろう。

しかし、女性がつかんだその手が痴漢行為など神に誓って働いてない男のものだったらどうだ。

「この人が私のお尻を触った」

叫ぶ女性に、身に覚えのない男は当然主張する。

「私じゃない。私は犯ってない」

「いや、あなたしかありえない。 絶対あなたよ」

ヤッたヤラないの言い争いは、やがて警察に持ち込まれ、男は、そこでようやく気づく。周りすべてが弱き女性の味方。

決して自分の主張が通らないことを。
法廷で戦っても、勝ち目のないことを。 

結果、大半の男は罪を認め 

「罰金だけで済むから」と警察にソソのかされ、やってもいない犯行の調書にサインをする。はれて、前科一犯なり、だ。

私は2年前、頭のおかしな女に痴漢の濡れ衣を着せられ、留置所に拘留、罰金20万を支払された男だ。

一刻も忘れたい事件だった。

が 私の怒りは決して治まらなかった。

女の夫があんなことを言い出さ なければ。

あの日、偶然女を見かけなければ、決して暴行を働くことなど無かったのだ。

誰がおまえなんか触るか

私鉄〇×駅で、都心に向かう9時30分発の快速電車に乗り込んだ。スポーツ新聞をゆったり広げる遅刻営業マン。携帯メールに忙じい女子大生。

通勤ラッシュのピークを越えた車内は、穏ゃかな雰囲気に包まれていた。

トウルルルル 、発車のベルが鳴り、ガタンと電車が動き出す。

つられて左右に揺れる私の身体。昨夜、スポーツジムで張り切り過ぎたせいか、妙に気だるい。今日は仕事(保険会社の内勤)を休めばよかったか。 そんなことを考えていた。H駅、K駅-・・…。快速電車は各駅停車のホームを次々にやり過 ごし、次のK駅でどかっと人が乗り込んできた。車内にはまだ多少のゆとりがある。

いつもと変わらぬ朝の光景。いつもと同じ平凡なー日の始まりだった。 

吊り革につかまり、ウトウトしかけたときだ。

「何、触ってんのよ」

目の前の女が突然、 私の左手を掴んだ。歳は20代半ばか。

目が完全に血走っている。 「私のお尻を触ったでしょ」 「はあ」

「ヲザけないでよー」
どうやら私を痴漢と問違えたようだが、ちょっと待って

見ての通り、右手は吊り革、左手はジーンズのポケットの中だ。これでどうやって触るんだ。あん たの勘違いだよ。 努めて冷静に諭したつもりだったが、女は聞いちゃいなかった。

「この人痴漢ですー次の駅で・ 降ろすの手伝ってください」

車内に響きわたる絶叫。一斉に私の背中に突き刺さる数十人の視線。フザけんじゃない。私は、やってないと言ってるだろう。
すがる思いで右隣の会社員に合図を送ったが、触らぬ神に、と・・ばかりに目をそらされる

左隣の大学生風も同じ反応だ。 3分後、女と一緒にT駅のホームに降りた。途端に女がまたヒステリックな声を上げた。
「痴漢がいます駅員さん」

状況を説明すれば、簡単に身 の潔白が証明されるものと信じていた。階段をのぽり、改札脇にある事務所へ。しばらくここで待っててほしいと、パイプ椅子に 座らされたはいいが、これが待てど暮らせど、誰も入ってこない。

そして10分後。ようやく入り口のドアが開き制服姿の男が扉の前に現れた。警察官だった。

「話は派出所で聞かせてもらいますから」

こうして悪夢は始まった。女は奥の部屋。私は机。

それぞれが担当を相手に事情を説明することになった。

女は相変わらず別室でギャーギャーと喚き散らしている。対して、理路整然とコトの顛末を説明する私。もはや、どちらが正しいかは明らかだろう。

「あのさ、このままだとラチが開かないから、署へ行ってもら えるかな」

「えっちょっと待ってください。 何度も言ったように、僕の右手は吊り革、左手はポケットで、どう触るっていうんですか」

「詳しい話は署で頼むよ」

有無を言わせぬ態度だった。 再びパトカーに乗せられ警察へ。3階〇×課。雑然としたフロアに机が8台連なり、その向こう側に取調室の扉が3つ並んでいた。私が入れられたのは、真ん中の部屋だ。 私を担当したのは、三村(仮名) という刑事だった。

「本当はどうなの?」

「ヤッてないですよ」

「正直に言った方がいいよ」

「何を言うんですか、いったい」

半ば呆れた調子で答えつつ、 周りを見渡す。
灰色一色の壁。安っぽいランプが置かれたグレーの事務机。

ドラマで見たまんまだ。

「あの、弁護士とか呼べるんでしょうか?」

「うん、それは、まあ……」

「痴漢のえん罪とか流行ってる じゃないですか。今回のケースもそうなんですよ」 「……」

「刑事さん、聞いてます?」

「-・・…」

最初はまだ余裕があった。が、 あくまで無実を主張する私に 対し、三村刑事はことある毎に部屋を出ていき、

「やっばりオマエがやったといってるぞ」と、女 の意見しか取り上げない。

さすがに背中に冷や汗が流れ 始めた。もしや、私の言い分など ハナから聞く気がないのではなかろ~つか……。

「女性が大声あげるなんて、よっ ぽどのことだと思うよ」

「そう言われてもヤッてないも のはヤッてないですから」

「女の人にブサイクなんて言 ったら、アンタ、マスイよ」

「それは痴漢と全然関係ないじ ゃないですか。それにこっちだっ て駅のホームで変態って怒鳴ら れてるんですよ。誰だって頭にく るでしょー」

「あのさ、聞いてくれる?痴漢してもすぐに謝るならともかく、悪態ついちゃ女性だって怒るよ。 彼女に訴えられたら、どうなるかわかってんの?」

「だかり、私はヤッてないって」

「……全然わかってないね。そんな調子じゃ、君、しばらくここから出れないよ」 
 
もはや警察の態度は明らかだった。私が実際に痴漢をやったかどうかなんていっさい聞いてない。

女がそう言ってるから、さっさと罪を認めてしまえ。そういうことなのだ。

恐怖が身体を支配した。取調 室や留置所に初めて連れていかれた人間が、もっとも恐れること。 それは「いつ外に出られるのか」 という不安だという。

そして、「やった、やらない」の果てしないヤリトリを続けていると、一生その場から解放されないような錯覚に陥り、人は進んで無実の罪を認めたくなるともいう。

取り調べ室に入れられて3時間。 私の心境は、まさにその通りだった。

とりあえず「ブサイク」と罵った発言に対してお詫びを入れたと、三村刑事が鬼の形相でにらみつける。

「おいおい、いいかけんにせーよ。 どうせ痴漢したんだろ、そのこ とも一緒に謝っちゃえ。じゃないと、取り返しつかなくなるぞ」

「いやあ、それは・・」

「いつまで。コネてりゃ気が済むんだーよしー逮捕だー現行犯逮捕」

「え……」

瞬時に言葉の意味を察することができなかったが、かなり重大な事能に陥ったことだけは間違いない。逮捕。私は逮捕されるのか。 身体が震えるのと同時に、私は瞬間的に机に額をこすりつけた。

「すいません、許してください、 すいません」

恥を忍び、プライドを捨て、何 十回となく謝った。

愚かにも、繰り返し詫びを入れれば許しても らえるかもしれないと考えた。 自分がやってもいないのに、だ。

「もう遅いよ。女が告訴を取り下げないって言ってんだよね。ま、 今回は相手が悪かったな。普通だったらそこまで謝れば女も許し てくれるんだけど、あきらめろや」

「そんな、」

「しょーがねーんだよ。痴漢ってのは、全く別な車両に乗ってるか、 絶対に手の届かないところにいねーと、男の言い分は通じねえんだからよ」

やはり警察は、最初から私を犯人として扱っていたのだ。

なんで、あの女の尻を触った?

所持品が全て没収され、外部との連絡も一切禁止となって、よ うやく実感が湧いてきた。私は 本当に逮捕されたのか。この後 どうなってしまうんだ…。

三村刑事はさっそく調書を作るという。

だから、すべてを正直に話せ、と。でも、何をどう話せばいいのか。

「初めに断っておくが、弁護士は高くつくぞ。もう罪も認めて いるし、どうせ呼ばねーだろ」

「…はい」

「んじゃ調書を作るからな。念 を押しとくが、。コネるといつまで も外に出れない。わかったか・」

「……はい」

思考回路は失われ、もはや相手の言いなりだった。

「あの女、何才に見えた」

「24、25才ですか7・」

「バ力30だよ30。歳いってんだよ。そう書いておくからな」

「はい」

「で、犯行の動機は?」

「動機?」

「なんであの女の尻を触ったかっ て聞いてんだよ」

「……えっと、その、ムラムラしたからだと思います」

「ったく、オマエはバ力だなー もっと具体的に答えろよーあの女のスカートを捲って、パンティの中を触りたかったんだろ」

「……はい」

涙をこらえながら、屈辱的な取り調べをさらに2時間。

さすがに、トイレには行かせてくれたが、 手錠に腰縄の上、背後から2人の刑事に「早くしろ」だの「テメー、ばかかよー」と罵声を浴 びせられては、出るモノも出ない。 奴隷以下の扱いだった。

が、私 は早く釈放されたい一心で、かたくななまでに卑屈な態度で捜査に協力し続けた。

それが相手の印象をよくしたのか、途中で外部にー本だけ電話をかけることを許された。

「といっても、オマ工が直接、話す ことは許さん。私が代わって伝えてやる。相手は誰にする?」

聞かれるまでもない。今日、会う約束になっていた彼女だ。

「ここにお願いします。ただし、 痴漢で捕まったことだけは僕の口から言いたいので、黙ってても らえませんか」

「そうか・・。じゃ、待ってろ」

三村刑事が私の目の前で通話ボタンをプッシュ。彼女はすぐに出た。

予定していた焼き肉に行けなくなって済まない。

明日も会社を休むと伝えてくれ。

刑事が淡々と用件だけを口にする。 聞けば、彼女はすでに私の会社へ「急病で休む」と連絡を入れてくれたらしい。メールも電話も一切通じなくなったのがあまりに不審だったため、先手を 打っておいてくれたようだ。 たまらず涙が溢れ出た。 
ここまできたらあきらめるしかない 
取り調べを一通り終えた後、素っ裸でケツの穴まで検査され、地 下の留置所に放り込まれた。

与えられた囚人番号は12番。

心は ズタズタに引き裂かれていた。 8畳ほどの部屋に収監されて いたのは、地元のヤクザ2名と 東洋人2名

年配のヤクザは、知人が痴漢のえん罪でパクられた らしく、私にひどく同情的だった。 「明日、検察庁で略式(裁判)だろ?ここまできたらあきらめろ。 なるべく従順にしとけば、罰金も5万で済むし」

「…そうですか。あの、つかぬことをおうかがいしますが、アナタは何でここに?」 「オレ?銃刀法違反ってことで、 ま、深くは聞くなって、あはは」 
このヤクザ氏は、他にもグラビア誌を勧めてくれたり、便所掃除や布団敷きを替わりにやってくれたり、実に親切にしてくれた。

地獄に仏、とはまさにこのことだ。

翌朝10時、護送車で霞ケ関の 東京区検察庁に送られた。

担当検事とマンツーマンで話し合い、ここで直接、罰則が決められる。いわゆる略式裁判というやつで、痴漢の場合は迷或条例違反で罰金5万が相場だという。

午後2時、部屋に入ると、さっそく検事が調書の確認を始めた。

「被告人は・・・・・・……以上の内容 に相違はないな」

「間違いありません」

後ほど聞いたことだが、ここで ハタと我に返り、「私はやってない」 と改めて無実を表するえん罪被疑者もいるらしい。が、その場合、 さらに何日かの取調べか待って おり、時に半年に及ぶケースも あるそうだ。 罪をあっさり認めた私の裁判は、 15分足らずで終了した。罰金額 は2カ月後に決まるらしい。 検事は、必要事項を私に伝え、 最後に付け加えた。

「彼女を悲しませるようなことは、 もう絶対しないように」

ことばを返す気にすら、ならなかった。再び護送車に揺られ警察署へ。

預けていた荷物を引き取り、応接室のドアを開けると彼女が座っていた。

「大丈夫?」

「ゴメン」

「大変だったね…」

その日、家に着いた途端、私は 死んだように眠った。