会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

M―1グランプリ・アマチュアはいかにして戦うべきなのか

8月10日、M1一回戦。
雑誌記者をテーマにしたネタで大舞台に臨んだオレたち
『コメディ寿司』は、緊張によって鈴木がセリフを飛ばしてしまうミスもあり、結果は
残念ながら敗退だった。
ただ、M1予選には『再エントリー』という制度があり、7月中に出場の申し込みを行っていたコンビは、準備不足のハンデが考慮され、もう一度『一回戦』への再挑戦権が得られる。よってまだ突破のチャンスが残っているオレたちは次こそはと意気込む。

8月中旬︒M―1の事務局にメールを送り︑﹃再エントリー﹄の手続きを行った︒指示されたオレたちの再挑戦日は︑9月9日か10日︒どちらになるかは︑追ってホームページでアナウンスされるらしい︒
なお︑その再挑戦でもしダメだった場合︑次はもうない︒完全に敗退となる︒何としても通過しなければ︒
打ち合わせをすべく︑新宿の喫茶店で鈴木と会ったのは︑再エントリーを申し込んだ1週間後である︒ ﹁えーと︑今後のスケジュールなんだけど﹂
 

練習用のライブの日程組みから話を始める︒ ﹁本番までになるべくたくさんステージに立っておいたほうがいいし︒鈴木の都合はどんな感じだろう?﹂
 

互いの予定を確認し︑いつもの無料お笑いイベント業者の開催をチェック︒練習ライブ期間として﹃9/1﹄﹃9/3﹄﹃9/5﹄ の3日程を押さえた︒
 

段取りがついたところで︑今日の打ち合わせの本題へ︒ ﹁で︑ネタなんだけど﹂
 

鈴木の真剣なまなざしが返ってきた︒ ﹁少なくとも︑前回やった記者のやつをまんまやるのはないっすね︒ ネタをもっと精査し︑ブラッシュアップすべきだと思います﹂
 

間違いないな︒8月10日の1回戦︑アマチュアコンビは46組出場し︑通過したのはたった3組だった︒倍率は15倍以上︒仮にセリフが飛ぶというハプニングが起こっていなかったとしても通っていたかどうか︒
 

さっそく︑ネタを見直し︑気になる箇所を言い合っていく︒参考のためにユーチューブでプロの漫才師のネタを見たりしながら︒
 

1時間後︑ノートに4つの問題点とその修正点が書き出された︒
①ボケ数が少ない↓増やす。
②笑いの生み出し方がワンパター
ン↓ボケ方の種類を増やす。
③展開が単調↓伏線を張り、後半で回収するような技巧性を。
④尻すぼみ感あり↓笑いのピーク
を最後に持ってくる。
 

こうして見直してみると︑このネタ︑まだまだ修正すべきところがありまくりだったな︒一番の敗因は単純にネタの完成度が低かったからかも︒
 

鈴木がノートを睨んだ︒ ﹁この4つ︑全部押さえて直すのってなかなか難しそうっすね︒どこから考えればいいのか︑優先順位を付けれたら手をつけやすいんですが﹂
彼らしい理論的な頭の回し方での打ち合わせの本題へ︒ ﹁で︑ネタなんだけど﹂
鈴木の真剣なまなざしが返ってきた︒ ﹁少なくとも︑前回やった記者のやつをまんまやるのはないっすね︒ ネタをもっと精査し︑ブラッシュアップすべきだと思います﹂
 

間違いないな︒8月10日の1回戦︑アマチュアコンビは46組出場し︑通過したのはたった3組だった︒倍率は15倍以上︒仮にセリフが飛ぶというハプニングが起こっていなかったとしても通っていたかどうか︒
 

さっそく︑ネタを見直し︑気になる箇所を言い合っていく︒参考のためにユーチューブでプロの漫才師のネタを見たりしながら︒
1時間後︑ノートに4つの問題点とその修正点が書き出された︒
①ボケ数が少ない↓増やす。
②笑いの生み出し方がワンパターン↓ボケ方の種類を増やす。
③展開が単調↓伏線を張り、後半すな︒
 ただ︑いざネタの修正にかかってみると︑その指摘通りというか︑ 4つ全てを押さえる上手い修正案はなかなか出ない︒作業は︑次の打ち合わせへと持ち越しとなった︒
「彼ら、NSCに通ってるんですって」
 

しかし数日後︑同じく新宿の喫茶店で行った打ち合わせでも︑いいアイデアはなかなか浮かばなかった︒鈴木からはネタ自体を変更しようという案が出て︑煮詰まってくる︒﹁この記者のネタって︑しゃべくりじゃないですか︒だから普通の会話のように文脈が通ったセリフを作らなくちゃという意識が働いて︑発想に制約がかかっちゃうというか﹂

﹁じゃあ︑コント漫才がいいってこと?﹂

﹁一つの手かとは思います︒コント漫才だと︑ヘンなキャラに入ったりできるし︑セリフを遊ばせやすそうだし﹂
 

お互い疲れてきたところで︑いったん今日は終わろうということになった︒

﹁じゃあ鈴木︑ちょっと待ってて︒ 会計の前に︑オレ︑トイレへ行ってくるわ﹂
 

トイレに立つ︒そして戻ってくると︑鈴木が隣の席の若い男2人組としゃべっていた︒ ﹁どうしたの?﹂

﹁あ︑彼ら︑NSCに通ってるんですって﹂
 

2人組がこちらに会釈してきた︒

オレたちがネタ作りをしていることに気づき︑気になって話しかけてきたようだ︒煮詰まってんのを聞かれてたのかな? ちょっと恥ずかしいんだけど︒
 鈴木が2人にたずねた︒

﹁漫才の作り方のコツって︑何かありますかね?﹂
 おいおい︑聞くのかよ︒
 片方のニーさんが言う︒

﹁そうですね︒聞いてて気持ちのいい音の響き︑極端に言えば︑音楽みたいなしゃべりを目指せ︑とかはよく言われますね﹂
 

ふーん︒確かにプロの漫才師のしゃべりって︑抑揚やリズムがめっちゃくちゃ心地いいもんな︒いいこと聞いたかも︒
 ならばとオレも尋ねさせてもらう︒

﹁笑いの取り方のコツって何かないっすかね?﹂

﹁そうですね︒それだとやっぱり天丼ですかね﹂
 

天丼︑最初に言った言葉を後でもう1回言う話芸のことだったっけ︒

﹁基本的なテクニックなんですけど︑やっぱ天丼はやったほうがいいってよく言われますよね︒実際︑面白いし︑プロもよく使ってますし﹂
 

とそこで︑ニーさんからハっとするような芸人の名前が︒

﹁まっちゃんも︑よく使ってますよね天丼﹂
 

ほー! これは超重要なテクニックに思えてくるな︒

﹁まっちゃん︑バラエティのトークなんかで︑天丼をほんとよく使ってますよ﹂ ﹁そうなんですね﹂

﹁ゲストの何てことない言葉とかを︑もう1回言って︑伏線回収っぽい感じで流れを作ったり﹂
 んん? 伏線回収

︒ちょうどやろうとしていた話だ︒やっぱり大切なんだ︒頭の中で混乱を極めていたネタ作りの道筋が少しほどける︒
 2人組との会話が一段落し︑オレたちは礼を言って席を立ち︑互いの顔を見合わせた︒

﹁鈴木︒4つの問題点︑どこから考えていけばいいかが見えてきたんじゃね? 次の打ち合わせはサクサク進みそうだな﹂

﹁そうですね︒てか自分︑ちょっと修正案の叩き台を作ってみます︒ で︑次の打ち合わせのときに持ってきますよ﹂
もしかしてもう何かしら名案が浮かんだのかな︒修正案作り︑ぜひお願いするとしよう︒
完成度が高いんじゃないの
 

そんなわけで3回目の打ち合わせ︒鈴木は叩き台を2種類持ってきてくれた︒

﹁こっちが記者のやつの修正で︑ こっちが新しく作ってみたコント漫才です﹂
 まっちゃんの話を聞いて︑よっぽどアイデアが湧いたのかな︒まさか2つも作ってくれるとは︒ありがたいこって︒
 プリントアウトを受け取り︑記者のネタのほうから目を通す︒
 

いいじゃないの︒4つの問題点とに気づき︑気になって話しかけてきたようだ︒煮詰まってんのを聞かれてたのかな? ちょっと恥ずかしいんだけど︒
 鈴木が2人にたずねた︒

﹁漫才の作り方のコツって︑何かありますかね?﹂
 おいおい︑聞くのかよ︒
 片方のニーさんが言う︒

﹁そうですね︒聞いてて気持ちのいい音の響き︑極端に言えば︑音楽みたいなしゃべりを目指せ︑とかはよく言われますね﹂
 ふーん︒確かにプロの漫才師のしゃべりって︑抑揚やリズムがめっちゃくちゃ心地いいもんな︒いいこと聞いたかも︒
 ならばとオレも尋ねさせてもらう︒

﹁笑いの取り方のコツって何かないっすかね?﹂

﹁そうですね︒それだとやっぱり天丼ですかね﹂
 天丼︑最初に言った言葉を後でもう1回言う話芸のことだったっけ︒

﹁基本的なテクニックなんですけを押さえた直しになっている︒ただ︑ちょっと繋ぎが強引だし︑まだまだボケが少ない印象もあるが︒
 では︑新作のほうはどうだろう? プリントアウトに目を走らせる︒
 内容は︑ボケが﹁俺︑小さい頃︑ イジメられっ子だったんだよ﹂

と言い出して︑コントに入っていくコント漫才だ︒ほほー︑これは︙︒
 組み込みたいポイントを押さえながら一から作ったからだろう︑ 記者のものよりも︑ストーリーの展開がスムースだ︒完成度が高いんじゃないの︒

﹁ちなみに︑新しいやつのほうには︑こういう動きを入れたらいいんじゃないかと思っているんですが﹂
 鈴木がコミカルに体を動かしながら︑学校のチャイムのメロディを口ずさむ︒

﹁シーンの合間合間に︑キーンコーンカーンコーンって言ったら面白くないですか﹂
 面白いじゃないの︒というか︑ 動きを入れると︑俄然︑笑いの表現が豊かになる感じがするな︒

﹁って感じなんですけど︑仙頭さん的に︑どっちのネタがいいっすか?﹂
 いやいや︑これはもう悩むところじゃないよな︒

﹁ネタ︑変更しようよ︒このイジメられっ子のやつでいいと思うんだけど﹂

﹁じゃあそうしましょうか︒ただ︑ ライブでの反応を見て︑イマイチだったらまた考えるってことで﹂
 うん︑それはもちろん︒

でもあれか︑これまでの経験上︑フリーライブって客が数人しか入っていないことがザラ︒仮に笑いを取れなかったとしても︑その理由が︑ ネタの悪さなのか︑ガラガラ過ぎて会場が冷え切っていたからなのか︑判断できないケースが多い︒ あれが困っちゃうんだよな︒

そうこうしているうち︑あっと
いう間に8月は終了︒練習ライブ期間へと突入した︒


 ただ︑フリーライブへの不安がやはり的中︒

一発目の﹃9/1﹄ はガラガラで︑ネタの良し悪しの判断ができず︒
 そして2発目の﹃9/3﹄もまたもやガラガラ︒

その終演後︑オレたちは会場を出ると︑揃って顔をしかめた︒

﹁︙今日も笑いはなし︑客も4︑ 5人とか︑何だかねぇ﹂ ﹁そうですね﹂
 

鈴木がうなずき︑そして続ける︒

﹁でも︑今日は知り合いが観に来てくれてて︒とりあえず︑今から来ますんで﹂
 そうなの? そりゃあ感想を聞いてみたいな︒
 

ほどなく︑会場から一人の男が出てきて︑こちらに近寄ってくる︒

一緒に付近の居酒屋に移動し︑3 人で席についた︒
 

一息ついたところで︑鈴木が話の水を向けた︒

﹁で︑感想を聞かせてもらいたいんだけど︑どうだった?﹂
 彼がオレと鈴木の顔を交互に見る︒

﹁んー︑そうですねぇ︒まぁその︑ 気になった点が2つあって︙﹂
 

おっと︑ダメ出しからってか︒ あまり面白くなかったってことかも︒

﹁おそらく︑お2人ともまだ練習不足なんだと思うんですが︑覚えたセリフを一生懸命読んでるって感じがけっこう伝わってきました﹂

﹁つまり︑ぎこちない面があって︑ 笑えなかったと?﹂
 

首が縦に振られた︒NSCの2 人組が言ってた

﹁聞いてて気持ちのいい音の響き﹂

︑あれ︑やっぱり大切なんだろうな︒

﹁もう一つの気になった点ってのは?﹂
 

オレが先をうながす︒

﹁はい︑ぶっちゃけ︑そっちのほうがもっと気になったんですけど﹂

﹁もっと?﹂
 

思わず聞き返した︒どこよ?

﹁ネタのテーマがイジメってとこですね﹂

﹁︙なるほど﹂
 

倫理的な話か︒

イジメを笑いにするのはどうなのよ︑と︒

﹁たぶん︑人によってはソワソワすると思います︒少なくとも︑ぼくはしましたし﹂
 

これは完全に想定外だったが︑ 言われてみれば納得できる︒

今の時代の空気感として︑イジメというテーマは刺激が強いだろうし︒
 

考えを巡らしていると︑鈴木がさらっと言う︒

﹁ネタ︑変えましょう﹂
 

決断早いなぁ︒ま︑確かに変えたほうがいいが︒

﹁イジメの漫才じゃあ︑絶対に落ちる気がしてきました︒それこそM―1なんかはテレビ向けのステージだし﹂

﹁そうねぇ︒ただ︑本番まであと何日だっけ?﹂
 

何気にM―1のホームページをチェックする︒9月9日の出場者一覧の中に︑コメディ寿司の名前が載っていた︒
﹁あと6日後だわ︒オレたちの再エントリーの1回戦の日程︑9月9日夕方6時﹂


ホームページの画面を見せる︒ 鈴木が目をすっと見開き︑そしてカバンから記者のネタのプリントアウトを取り出した︒

﹁これに戻しましょう﹂
 

それか︒そのネタはまだまだボケが少ない︒うまく直せるだろうか?
しかし︑多少戸惑いはあったものの︑なにせ2日後には﹃9/ 5﹄のライブが控えていることから︑漫才を新たにイチから作っている余裕はない︒

さっそくブラッシュアップにとりかかる︒
だが︑一度︑暗礁に乗り上げただけあり︑記者ネタのボケ数はなかなか増えない︒結局︑﹃9/5﹄ はボケ数が少ないまま臨み︑その後も︑決定的な改善案が見つからぬまま︑日にちが過ぎていく︒
 そしてついに9月9日︑再エントリーでの﹃1回戦﹄当日を迎えた︒

昼12時︒練習場所として手配した渋谷のレンタル会議室に向かうと︑鈴木が先にやってきていた︒
 壁のホワイトボードに何やら書いてある︒

︿出発時間17時45分﹀

当日もレンタル会議室で練習

︿遅くとも17時までにネタを完成させる!﹀
いやいや︑そんな直前までブラッシュアップするのかよ︒

﹁すげースケジュールだなぁ﹂
思わず苦笑いを浮かべたが︑鈴木の表情は真剣だ︒

﹁仙頭さん︑ハライチのM―1出場のニュースって見ました?﹂

﹁なんか出てたね︒ラストイヤーなんで出場したとか﹂
﹁そうそう︒ハライチって︑超一流の漫才師じゃないですか﹂

﹁うん﹂

﹁記事に書いてたんですけど︑そんなコンビでも︑今年のM―1︑ 出番の直前までネタの修正してたそうなんです﹂

﹁なるほど︙﹂

﹁だから︑ぼくらもそういう感じで行きましょう﹂
 熱いこと言うじゃないか︒そうだな︑限界まで粘って納得するネタを作ってステージに向かわないとな︒

新しいボケを思いついたら適宜入れていくという形でネタの練習を始める︒

しかし︑M―1の持ち時間は2分なので︑長いセリフを必要とするボケなどは組み込めず︑ 次々却下︒

そのうちに︑どちらからともなく動きの一発ギャグのようなボケを連発し始めた︒
エグザイルのチューチュートレインをやってみたり︑カメハメ波をやってみたり︑単純に首をカクカク振ってみたり︒
しかし︑コレだと思うボケはなかなか出てこない︒

時間だけが過ぎていく︒
と︑夕方4時半︑鈴木が〝しあわせなら手を叩こう〞のメロディでお馴染みの転職サイト﹃インディード﹄のCMのパロディみたいなボケをやった︒
﹁こんな仕事やめて︑無職♪﹂
 次の瞬間︑オレの中でパズルがカチっとハマるような感覚が︒これ︑面白いんじゃないの?
﹁鈴木︑このリズムを︑いじめネタのキーンコーンカーンコーンみたいに︑ネタのあちこちに散りばめたらどうだろう?﹂

﹁なるほど︑こんな感じっすかね﹂
 

鈴木が同じノリでポイントとなる他のセリフもしゃべっていく︒

﹁人の不倫に興味ない♪﹂

﹁ダーツの旅は世田谷区♪﹂

﹁ロケのカメラにピースする♪﹂
面白い! 面白いじゃん?
鈴木も確信するものがあったのだろう︑力強く言った︒

﹁見つけましたね︒これ︑1回戦︑ 通るんじゃないですか!﹂
よっしゃー︒ギリギリだが間に合った︒

ネタの完成だ︒さぁここからセリフと動きを猛練習だ!
「どうもぉー」
「コメディ寿司です」
出発時間までみっちり練習し︑ 会議室を出る︒集合時間の夕方6 時10分ちょうどに︑会場である﹃シダックスホール﹄の1階の奥︑M ― 1出場者受付に到着した︒
 

参加費を払い︑エレベータで8 階へ︒

通された楽屋に荷物を置いて︑ステージ衣装に着替える︒

鈴木はいつもの赤いジャケット︑オレはこの本番のために準備した赤いTシャツに︒
 鈴木がオレをまじまじと見た︒

﹁いいですね﹂
 大きな寿司のイラストがプリントされている︒

今日の﹃1回戦﹄ の出場者は約170組もいるため︑ できるだけ審査員の印象に残るためにはどうすればいいか︑数日前に考えた格好だ︒
 さて︑とにかく出番まではネタ合わせだ︒

正直︑まだセリフを覚え切ってない気もするし︑とっとと頭に叩き込まないと︒
 オレがプリントアウトを見ていると︑鈴木がヘラヘラ笑う︒

﹁この段階で︑紙を見てるのって︑ 仙頭さんだけっすよ﹂

﹁しょうがないだろう︑ネタができたのさっきなんだし﹂
 って何だろう︑鈴木︑前回と比べると︑今日はけっこう余裕がりそうじゃないか︒やはり2回目ってのが大きいんだろうな︒
 ではオレのほうは? 
 何気に自分の気持ちに意識を向けてみる︒

なぜだか︑これまでの漫才活動のことがあれこれと思い出される︒

鈴木との練習だけでなく︑前に組んでたニーさんたちのことなんかも︒

何とも言えないソワソワだ︒
 ほどなく︑スタッフから﹁コメディ寿司さん﹂と呼ばれ︑ステージのそでへ︒オレたちの前には︑ 順番が先のコンビが3組待機している︒

会場のほうから大きな笑い声が聞こえきた︒
 前回同様︑今回も客が入っているようだ︒

突破するにはもちろん︑ オレたちもこれくらい笑いを取らなければいけない? ちょと不安になるな︒いや︑大丈夫︑大丈夫なはず!
 順番が先のコンビたちが︑一組︑ また一組︑ステージへと向かっていく︒そしてついに︑オレたちの出番となった︒
 出囃子が鳴り︑スタッフから﹁どうぞ﹂と促される︒鈴木がオレの顔をちらっ見て︑先にステージへ
と出ていった︒
 さあ︑オレも出陣だ︒ ﹁どうもぉー﹂
 マイクの前に並んで立つ︒ ﹁コメディ寿司です﹂
 客の数は︑前回の﹃1回戦﹄よりも少なく︑
20
人くらいか︒見た目の印象はガラガラだ︒

この少なさで大きな笑いを取ってた前のコンビは凄いな︒

ってイカンイカン︑ また弱気になってるぞ︒自信を持っていかねば︒
 さぁ︑最初のボケであり︑今回のネタの核となるギャグだ︒

﹁こんな仕事やめて無職♪﹂
 ︙シーンとしてるじゃないか︒ もしかして滑った?
 いや︑繰り返しによって笑いは起こってくれるはず︒

とにかく漫才に集中しよう︒
 一応︑ネタは順調に進んでいく︒

オレのボケも鈴木のツッコミも︒

しかし︑期待する笑いはなかなか起こらない︒
 なぜシーンとしたまま? まずいぞまずいぞ︒もう終盤だ︑さす
がにそろそろ笑いを起こさないと︒
 と次の瞬間︑オレはセリフが飛んだ︒えっ︑何だったっけ?
 どうにか絞り出した︒

﹁︙︙えーと︑ダーツの旅は世田谷区♪﹂
 おいおい︑何をやってんだオレは︒

明らかにつっかえちゃったんだけど︒
 得体の知れない焦りが襲ってくる︒

やばい︑息が苦しい︒必死に焦燥感を抑え込む︒
 何とかネタを最後まで終え︑オレは下を向いてステージの袖へはけた︒
 引っ込んだところで︑鈴木に声をかけた︒

﹁ごめん︑ほんとすみません﹂
 明るい声が返ってきた︒

﹁大丈夫っすよ︒ちょっとつまったけど︑ちゃんと言えてましたし﹂

﹁︙いやでも︒笑いが︙﹂
 と言いかけて︑オレは後の言葉を飲み込んだ︒

まだ結果が出てないここで悲観的なことを口にするのはよくない気がする︒  楽屋で着替えを済ませ︑会場を出る︒駅のほうへ向かってぶらっと歩きだした︒

﹁前回の1回戦︑発表が出たのは当日だったけど︑何時くらいだったか覚えてる︑鈴木?﹂

﹁夜9時くらいじゃなかったですっけ﹂

﹁そしたら︑それまで一緒にいようよ︒突破の瞬間の喜びは︑やっぱり一緒にいたいやん﹂
ミスったやつが何を言ってんだと思われるかもしれないが︑くよくよしても仕方がない︒
 会場のそばの﹃宮下公園﹄へ︒

ベンチに腰を下ろして︑鈴木が空を見上げた︒

﹁いやー︑通りたいっすねー︒ここまでやったんだから︑奇跡を起こしたいですよ﹂ ﹁いいねー﹂

﹁ほんと︑通りたいっす! 評価がほしいです﹂
 本音はどう思っているかわからないけど︑鈴木は妙にテンションを上げ︑﹁通りたい﹂﹁通りたい﹂を連呼する︒祈るように何度も何度も︒
 オレもあえて今日の反省点などは口に出さず︑﹁通りたい﹂を繰り返した︒
 M―1の公式ツイッターに﹃9 /9︵木︶本日の合格者﹄というツイートが投稿されたのは︑8時半過ぎだ︒ ﹁きた!﹂
 2人で一緒にオレのスマホ画面をのぞきこむ︒コメディ寿司は︙︒

﹁︙ないか﹂ ﹁︙︙﹂
 鈴木は無言だ︒口を真一文字にしている︒

本当に悔しそうな表情で︒こいつ︑意外と本気で奇跡を狙ってたのかもな︒
 と︑鈴木がボソリと言た︒ ﹁︙甲子園に行けなかった高校球児って︑こういう気持ちなんでしょうかね﹂ ﹁︙そうだね﹂
 オレたちはしばらく︑ベンチから立ち上がれなかった︒