会話のタネ!雑学トリビア

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呪いのワラ人形はマイナスプラシーボという心理現象

歌舞伎町を歩くと、時折、妙なオブジェが見つかる。螺旋階段の陰や貸しビルの裏手など、寂しい場所を中心に、線香の刺さった土の人形が奉られているのだ。これは、オカルトの世界で怨み場と呼ぶ伝統的な呪術である。

憎い相手の爪や毛髪を動物の遺灰に混ぜ、周囲を素焼きで囲むのが基本パターンだ。大半は悪意の第三者がライバル店を追い落とすために行い、セッティングから1カ月ほどで標的に悪事が降りかかるとされる。古来に途絶えた呪術戦争も、この町ではいまだ現役なのだ。
 
区役所通り近くのネットカフェで働くK嬢が、真っ赤な目で診察室に現れた。何者かに嫌がらせを受け、不安で眠れなくなったという。発端は1週間前。彼女の携帯へ唐突に100件以上のスパムが届いた。
『死ね。ブス。デブ。ヤリマン。彼に手出ししたら容赦しない。呪い殺してやる。呪いは必ず届く。すぐ近くにいる。いつでも殺せる。調子に乗るな』
怨念のこもった内容の数々。しかし、彼女に人から恨みを買う覚えはないという。
「好きな人もいないのに、誰かに手を出したなんて言われても・・」
ひとまず軽度の眠剤で経過を見守ったが、メールは一向に止まなかった。着信規制をかけたが数分で別のドメインに切り替わり、キャリアを乗り換えても何故かこちらのアドレスがばれてしまう。警察に行っても、形式的に被害届を書かされただけだった。そして2カ月。ついに彼女は音を上げる。
「先生、本当に呪いってあるんじゃないでしよっか?」
スパムが届き出したころからケガゃ病気が増え、いまも絶え問なく謎の頭痛が襲ってくるらしい。完全なノイローゼだ。
「そうかもしれません。でも、本当に呪いが効いてたらどうするんですか?」
無言電話、猫の死体を撮った写メール、差出人不明のハガキ。さらに、初診から半年が過ぎた夜、バイトから戻った彼女は、アパートの廊下に点々と続く血痕を発見する。恐る恐る自室へ向かうと、ドアの前に、彼女のスナップ写真を貼付けたキューピー人形が一体。しかも、その上から無数の虫ピンが突き刺さり、所々が焼け焦げている。
事件の翌日、クリニックに現れた彼女を見て思わず息をのんだ。
全身を覆う帯状発疹と、アイロンを押し当てたような火傷痕。
いずれも、事件の直後に自然と浮き上がってきたらしい。
「火傷の位置が人形の焦げ痕と同じなんです。こんなの、ありえませんよね?」
不思議ではない・パニック状態に陥った脳が、あまりの恐怖に外部の現象と我が身の出来事を混同する、マイナスプラシーボという心理現象だ。ちなみに呪いのワラ人形も同じメカニズムを悪用した催眠術の一種である。が、理屈でマイナスプラシーポは治らない。呪いの大元を絶たねば、無意識に染みこんだ恐怖は消えないのだ。「変なオバサンなんです。いつも店内をこっそり見回してるのに、気がつくと私をニラんでいて」確かに怪しい。では、手を出した男に心当たりは?
「そう言えば、1人、イケメンの常連客がいますね。前も彼がレジに来たとき、急にJさんがやってきて、こっちをニラんで…」
店の奥から黒髪の中年女がこちらをニラみ始めたではないか。K嬢がレジに立てば用もないのに周囲をうろつき、件の男前に接近しようものなら「ひやっ」と奇声と挙げる。状況証拠は十分だ。
さっそく店の外で中年女を呼び止め、真意を問いただしてみた。
すると、「やめてよ.私は心配してあげてたんだから!」
女は言う。ある深夜、あの男前が、刃先の出たカッターナイフを握りしめつつK嬢の背後に近づくのを見た。