会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

ドヤ街大阪の西成の何もかもが安い知られざる日常

数人の作業着男たちが1人の手配師に近寄った。

しかし、彼らは無情にも「あらへんあらへん!しっしっ」と、犬を追い払うような手つきで退散させられてしまう。
この様子じゃ、センターを頼りに来たところで、仕事にありつける可能性は皆無。求人情報は、どこか別のところから集めた方がいいのではなかろうか。
いったんセンターを離れ市場に立ち寄った。

ここでは、賞味期限切れになったコンビニ弁当や仕出し弁当がオール100円
で売られている。安い、安すぎる。
これなら1日2食、2週間2800円で過ごすことも可能だろう。
腹ごしらえができた後は作業着の購入だ。西成で職を求める際は作業着が正装。ポロシャツとGパン姿の男に仕事が回ってくるわけがない。
作業着に加え、トランクス、靴下、タオルに剃刀などの生活必需品一式をたった2千円で買い終えたのが午後2時。

次にオレは、情報収集のため近所の立ち飲み屋へ

まだ真っ昼間だというのに、中では、すでに7,8人が酔っぱらっている。この人たちに何か教えてもらえないだろうか。
ま、とりあえず注文しよう。
「ビールと枝豆ください」
関西弁が飛び交中、周囲の関心を呼んだらしい。隣のドカジャン親父がすぐに寄ってきた。
「にいちゃん、…てるんやろ?」
「はぁ?」
「にいちゃん、俺のことバカにしてるんやろ、あI!」
大声をあげる親父の口から、トルエンの香りが漂ってくる。
「いえ、バカにしてませんけど」
「んが…」
ナゼか右手を差し出してきた。
握手しろってことか。ほらよ・
「んがががが〜!」
ご希望どおり握手したのに、なになになに!何なのこの人。
「…千円」
親父が明後日の方向を見ながら小声で咳いた。千円?おいおい、
オレから金をたかる気かよ
ブチキレそうになったところで…

「ええかげんにしとき」

手配師の仕事はどこにあるのだろうか?

「もらわれへんよ・特に今月、来月は厳しいから」
「えっ、2カ月間もですか」
「そうや。3月は年末調整でまだ仕事があったんやけど、今月はあかん。予算が出てへんからな」
「でも、ドコかにあるでしよ。予算の出ているところが」
「難しい思うけどなぁ。まあ、あったとしても日払いではまずもらわれへんで。兄ちゃん若いけど…、そんなボンボンみたいな顔しとったらキッイキッイ」
完全にバカにされてるが、それも仕方あるまい。くそ、こうなりや体当たりで行ったるぞ!
「仕事ありませんか?」
「何かやらせてもらえませんか」
オレは目に入る手配師たちに、声をかけていった。しかし、色好い返事をくれる者は誰1人いない。絶望的…。オレはこうやって毎日ただ仕事を探し、西成での2週間を終えてしまうのだろうか。
何しに来たんだ、オレは
「仕事ありまへんか?」
すっかり打ちひしがれたオレに誰かが声をかけてきた。仕事ありませんか、ってそれはオレの台詞だ・ナニ言ってんの、就職活動は全滅。

翌日はワラをもすがる思いで、街中を歩き回った。このまま仕事もせずに帰ったら、単なる笑いモンだ。
しかし、これぞという求人チラシを見つけても月末払いだったり、自転車が必要だったり、とにかく敷居が高い。ダメか、もう…。1軒の居酒屋の前でその貼り紙を見つけたのは、希望を失いかけいた矢先のことだ。

居酒屋の高給保証ってところに、東スポの三行広告的アヤしさを感じるが、むろん仕事を選べるオレじゃない。さっそく、店先で焼き鳥を焼いているゾンビのようなオバサンに声をかけてみた。
「この募集って、まだやってるんですか?」
「うん…やってる…6時頃…履歴書持って…また来て…」
今にも倒れそうな声で返答があった。6時ってオバチャン、あと5時間もあるじゃん!
なんて文句は言えるはずもなく、「じゃ出直します」と丁寧に頭を下げ、いったん銭湯へ。心身にこびりついた垢を落とした後、唐揚げ弁当を食べ、履歴書に必要事項を記入し、改めて居酒屋へ足を運んだ。ただいま時間は夕方5時釦分だ。
「まだ、来てへんよ」
「じゃあ、ここで待ってていいですか」
「かめへんよ」
オバチャンに断り、店の前のイスに座る。が、…1時間…3時間。待てど暮らせど、面接の担当者はやって来ない。さすがにもう帰ろうかと席を立ちかけたとき、店の中から足の悪い青年が出て来た。

安田さんは「幹部」と呼ばれる立場の人で、売り子から集金するのが仕事だという。その集めた金はさらに上のトップの人間に納められるらしい。
安田さんによれば、元手があったら、売り子が屋台の権利を買い取ることもできるそうだ。その際は、屋台やプロパンのリース代、肉やタレなど必要経費を会社に払い、残った売上すべてが自分の収入になるらしい。
「連中は〃業者〃って呼ばれる人間なんやけど、そうなったら儲けはデカイで。稼ぐことも可能や。おっ、見てみい。アソコもコッチもウチの店やがな」
安田さん、実にうれしそうだ。
「けどな、路上に一軒店を定着させるのは、えらい大変なんや。ま
ず屋台を引っぱって行くやろ。そしたら当然、ヤクザに目を付けられる。まあ、何とか説得して店を開くわな。せやけど次に警察が来よる。ここで引いてもアカンねん。
「会社、クビになって行く場所ないんですわあ」

と土下座し、泣きつくんや」
ただ、こうして屋台に客がつくと、今度は近所の飲食店からクレームが出て、再び警察の出番となる。そうなったら数時間は身を引いて再び同じ場所へ出店。これを相手があきらめるまで何度も繰り返すらしい。
「どや、大変やる。確かにマメ(女)とクスリ触るのは儲かるよ。せやけど、覚悟せなあかんねん」
「覚悟?」
「何の覚悟て、そんなもん逮捕される覚悟やがな。日本は法治国家やもん。その点、屋台はな、確かに違法行為なんやけど、社会通念的には許されてるやろ。合法と非合法のすれすれってところやな。これで儲けられたら一番ええ」
「はぁ」
間もなく焼き肉屋に到着。屋外の七輪でビールを飲みながら、上等の肉を堪能した。何でも、ここも安田さんの会社の系列店らしい。
「ウマイか?」
「めちゃめちゃウマイ」
「そっか。しっかし自分も、住所不定では仕事なんぞ見つからんわな。わしも昔、不動産を触つとてな。遊びまくって、ビックリするくらいの借金こさえてもうて。しやあないから飛んだったんや。それでこの商売始めたんやけど」
「はぁ」
「まあ、カメラもおもろいかもしれんけど屋台もええで。いるんなもん触って来たけど、いちばん難しいておもろいわ。自分もはよ店が持てるよう頑張りや。で、今はドコ泊まってるんや」
「ドコって西成のドヤですけど」
「そらそうやったな。せやけど、明日から寮に泊まったらええで」
「はぁ」
安田さんの親切な申し出に、僕は暖昧な顔で領いた。
女なんかなんぼでも抱けます
〈6日目〉最終面接を受けることになった。安田さんの
話では、他にも売り子希望の人間がいるので、とりあえず昨日の焼
き肉屋で待ち合わせ、それからトップである大平さんの元へ向かう一らしい、

「じゃ、ちょっとコッチで待っててくれるか」
安田さんに言われ、隅の席に3人で座る。と、若い方の男が頼み
もしないのにオノレの経歴を語り始めた。
「オレの名前は浜口(仮名)や。なんでこんなトコにいるかっていうとな、昔、家族やツレから700万の借金をして、それを返すためにパチンコ屋に就職したんや。
けど、順調に出世して客の女と遊びに行ったのがバレてもうて、左遷くらってなぁ。ムカついて辞めたんや。で、自分は何してたん?」
転落人生をここまで自慢気に語る男も珍しい。言葉に刺々しいものがあるのは、同期のオレに対するライバル心だろうか。
もう1人、歳を取った方の売り子は田中と名乗った。が、この男、席を立ったり座ったり、水を飲んだりトイレに行ったり、とにかく落ち着きがないことおびただしい。
ちょっとオカシイんだろうかと思ったら、案の定だ。スクッ、と立ち上がり、突然オレの頭を撫で回すではないか。

「おいおい、フザけんな。いったい何なんだよ」
「触りたかってん…えへへへへ」
こいつだけは、面接で落とされるに違いない。
「んじゃ、大平さんトコ行こか」
売り上げと仕入れ表をチェックしていた安田氏が立ち上がった。
「大平さんは声が大きい人間が好きやから、気合い入れてけよ-.」
「はい」
面接会場となる事務所は、焼き肉屋から車で5分の雑居ビル3階にあった。
「失礼します!」
安田さんに言われたとおり、大声で一礼すると、奥から眼光スルドイ男が出てきた。大平さんだ。
「こんにちは!」
大平さんの声は大きかった。体がびくっと極筆するほどデ力かつた。怖い。ナンかこの人、怖い。
「目分ら’、月いくらのゼニが欲しいですか?はい、キミから」
「さっ、30万くらいです」
浜口が答える。
「30万のゼニを稼ごう思うたら、
元手が少なくとも5万はないといけません!売り子やったら毎日毎日、死ぬほど働いても15万が関の山です。頑張って早く自分のゼニを作ってください。若いんやからすぐに稼げるようになります。惚れっぽい客も多いですから女なんかなんぽでも抱けます。ほな、頑張ってください」
そう言って、大平さんはメシ代1千円を我々に渡し、自室へ戻っていった。何が何だか、よくわからんぞ。
この後、オレは会社の寮に入ることになった。寮は3つ用意されており、1つは西成にある居酒屋の3階。他の2つは西成近くのアパートとマンションで、前者は売り子、後者には幹部もしくは幹部候補が入る。オレが寝泊まりするのは当然前者のアパートだ。
寮に入ると、いきなりワケのわからん文句が目に飛び込んできた。
「働き者は成功する。怠け者は失敗する」
なんじや、こりゃ。
「ゼニの儲かる呪文金だ、金だ、金だ、金だ、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい」
わかった、わかった、もう止めてくれ〜。