
毎朝9時ちょうど、
私が通勤に利用している電車が××線K駅に到着すると、大勢の客に紛れて1人の少年が乗り込んでくる。
いつも手に紙袋を持ち、背中には青いリュック。年齢は10代後半だろうか。典型的な電車少年であることは明らかで、必ず運転席のすぐ後ろに立ってぶつぶつと何事かをつぶやき始める。
運転手の背中越しに進行方向を眺めていたかと思えば、急に何かを思い出したかのようにクルリと客側へ振り返り、「△□×1・」と言葉を発し(聞き取り不能。一度「よろしく」と聞こえたような記憶あり)、周囲の潮笑を買う。毎朝の光景だ。
ラッシュを嫌い常に車両に乗る私は、車内ではいつも新聞に目を通すことにしているのだが、彼が乗り込んできてから下りるまでの十数分間だけは、記事に集中することができない。どうしても行動が気になってソワソワしてしきうのだ。
そのうち何かとんでもないことを叫び出すんじゃないだろうか。いっそのこと、この退屈極まりない通勤電車という場をプチ壊してくれればいいのに。そんな期待も多分にある。
もちろん周りの乗客も電車少年
がそこにいることに気づいてはい
るようだが論見て見ぬブリをする
だけだ。大人は生活の術として無
関心を装うものである。
わずかに緊迫する車内は、彼がM駅で下車すると、また平穏な空気に戻り、私もまた「今日も何事もなかった」と落胆しつつ新聞に意識を移す。
この乗客の中で私ほど彼に関心を持っている人間はいないはずだ。
なにせ、姿を見ない日には病気にでもなったんじゃないかと心配してしまうほどである。
しかし同時に、いつも同じ電車
に乗ってくること以外、彼につい
てほとんど何も知らないこともま
た事実だ。名前はおろか、彼がど
こへ行こうとしているのかすら私
にはわかっていないのだ。
そんな私が、例のごとく少年の
姿を見かけた3月下旬の朝、ちょ
っとしたイタズラ心を芽生えさせたのは、ある意味必然だった。
尾行してみようか
彼の行く先を知ることで私が何 に満足するというのか、そんな展望などどこにもなかった。ただ、 行く先々で奇怪な行動を取るに違いない
彼の後こっそり尾けるという、その企みをするだけでどことなく気分が膏揚していた。 M駅でおりた少年は、ホームを駆け足で走り階段をドりる。ずい ぶん急いでいるようだ。あわてて 後を
改札を抜けてまだスピードを 緩めず、上下動の少ない独特の走 法で外へ飛び出していく。
後ろを 振り返らないことからも、私をまこうとしているのではないだろ
っが、必死で追いかけても差は拡がる一方だ。
よもや見失うのでは、とも思われた追走劇は、彼がバス停でストップしたことによって一旦終了した。どうやらここからはバ スに乗るらしい。
まもなくバスが私もそれに続きマークする。
落ち着ぎなく辺りを見回す彼が 降車ボタンを押したのは、とある 幹線道路の停留所だった。
周りはファミレスやパチンコ、ボーリング場などが脈絡なく並んでいる。
バスを下りた彼は、またもや勢 いよく走り、ようやくスロー な歩みになったかとふと 目の前にあった立ち食いソバ屋に入って行く。あれだけ急いでおき ながら、こんなところでのんびり朝食か。
朝食は家で済ませていた私だが、 かけそばー杯ぐらいならなんとかなるだろと、が、 彼の姿がみえない。トイレか、とも考えたが、店内にトイレはなし。 はて。
厨房にいるのは親父ー人のみ。 ヤツはどこへ。変装?まさか。 マジックでも見せられているかのよな感覚だ。
「何にしましょ」
『えつと、かけそば」 注文しつつ店内を見渡してみる。 と、風房脇の勝手口らしきドアが、 わずかに開いていることに気づいた。彼はこの中へ入っていったのか。てことは、ここの従業員? そのョミの正しかったことは、 まもなく、エプロン姿の彼が厨房に現れたことで証明された。
電車少年は、立ち食いソバ屋の店員だったのだ。 決して旨いとは言い難いソバを すすりつつ、ぼつぼつと客が来る度 に厨房の様子を伺ってみ竜どうや ら注文取りや金の受け渡しなどは 親父が担当し、少年はソバと、つど んをゆでて
その作業のみを受け持っているらし
ゆでる麺がなくなって空いた時Iは、 白い布巾を丁寧に畳み、ゆっくり広げ、そしてまた畳む、そんな動作を繰り返している。
私の興味の対象は、 彼のアフターファイブへと移った。 仕専をしていることがわかっただけでも大きな収穫だとはいえ、な んとなく物足りない気分が残ったからだ。私には、あの電車少年が 真っ直ぐ職場に行き、真っ直ぐ家 に帰るだけだとは思えなかったし、 思いたくなかった。
日を改め、タ方のソバ屋 へ出向く少年は同じくお湯の前に雄立ちになってうどんをゆ でていた。
朝10時からの仕事ならタ方6時 には終わるだろ、つと、店の前で待 っていると、推測どおり6時ごろ、彼は紙袋とリユックのスタイルでおりてきた。
しばらくの問、店先にじつと立って動く気配を見せない。ふと、 左側へ向かって歩き始め…たはず が、 右へ向かった。走る。 駅方向のパス停に向かうのか。 真っ直ぐ家に帰るつもりなのかも。 と思いきや、すぐそぱにあるボーリング場の階段を駆け上がってい く。ー人でボーリング?
見つからないよう、後ろからこ っそり自動ドアの中に。ドキドキ してくる。仕事の後、ボーリング で時間をつぶすなんて、そんな展開は予想だにしなかった。 ところが、彼は靴を借りるでも なく、すたすたとレーン まで歩き、現在プレイの男女4 人の後ろに立つ。
そして次の瞬問、 頭上のスコアを大仰に指さして、拍手を始めた。驚いて振り向く4
人。なんだこいつ、という表情が遠目にもよくわかる。
彼はその後も各レーンを順に歩き、それぞれのスコアを指さしては拍手、指さしては拍手を繰り返す。
実際はガータだらけだとしても、ボーリングとはそうやって楽しむものだとどこかで覚えたに違いない。
ひとしきり拍手をし終えて疲れたのか、今度はロビーのソファに座り込んだ。