会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

バーコードハゲでもポジティブに生きる人は気持ちがいい

以前、明らかにカツラをかぶったおっさんに、「それってヅラですよね?」と声をかけまくったことがある。

他人に知られたくないであろう秘密をあえて本人に指摘したのは、意地悪が目的だったのではない。ヅラがバレバレだと教えてあげることで、今後の改善につなげてほしいと願ったからだ。

改善をおすすめしてさしあげるのはバーコードハゲだ。
あの髪型をしている人には、ひとつの共通点がある。周囲の人間の目には、れっきとしたハゲとして映っているのに、当の本人だけは、上手く隠したつもりになっていることだ。
こんな悲劇を放っておくわけにはいかない。心を鬼にしてでも彼らに真実を教えてあげねば。
東京・上野公園で、1人目のターゲットを捉えた。60前後の紳士風で、膝の上に置いたケータイでワンセグ放送を眺めている。
ちょうど俺の真正面に頭頂部をさらす形で。あちゃー、見事なすだれ状態だ。男性がベンチから立ち上がったタイミングで、おずおずと近づく。
「あの、すいません」
「はい、なんでしょう」
静かで、どこか威厳のある声が返ってきた。う〜、言っちまえ!
「…あの、失礼ですが、その髪型ではその〜、すだれ状態になっているので、頭皮がところどころ見えていますよ」
どきどきしながら目を合わせると、男性の瞳の奥に警戒の色が浮かんでいた。まるで、頭のおかしな人間に遭遇したとでも言わんばかりに。
立ち止まっていた男性が、いそいそと歩きはじめた。その背中に再度、声をかけてみる。
「もうひと工夫加えたほうがいいんじゃありませんか?」
「ほっといてくれませんか。別に気にしてないので」
心底迷惑そうにふり返り、男性は足早に雑踏の中へ消えていった。うーん、気にしてないワケないんだけどな。上野公園を早々に後にし、活動場所を電車に切り替えることにした。
他人の頭頂部を効率よくチェックするには、こちらの方が都合がいい。乗車直後に、メガネをかけた優しげな中年男性と遭遇した。てっぺんに乗せる毛があまりにも少ないため、頭に薄黒いモヤがかかっているような状態だ。こりゃヒドイ。ぜひ忠告してやらねば。男性がホームに降りるまで何駅もやり過ごし、いざ接近する。
「あの、ちょっといいですか。髪の毛からずいぶん頭皮が露わになってるんですが」
切り出した瞬間、メガネ氏の顔が明らかに強ばった。
「はあ?」
「いや、バーコード状態だと、あまりにも地肌が丸見えなもので」
「………」
メガネ氏は無言で歩きながら、シッシとこちらに手を振る。俺とは話す気はないようだが、とりあえず言うべきことはちゃんと伝えておかなくちゃな。
「隠そうとするのはいいと思うんですよ。ただ、方法を変えた方がいいんじゃないかと。たとえば、カツラを使うとか」
ピタリとメガネ氏の足が止まり、軽蔑のこもった台詞が口からポツリともれた。
「いい歳して子供みたいなマネすんじゃないよ。バーカ」
どうも誤解があったようだ。続いて、ふらりと乗った山手線の車両で、初期段階のバーコーダーを発見。
前頭部はまだ毛量が十分なようだが、てっぺんから後頭部にかけては、地肌がチラホラ見え隠れしている。年齢は40ちょいってところか。
やがて男性がホームに降りた。すかさずそばに近寄る。
「あの、すいません。髪がバーコードになってて、少々、頭皮の露出が目立つようですが」
一瞬、キョトンとしたものの、すぐに質問の意図を飲みこんだのか、男性は「え〜〜」と言いつつ、苦笑いとも照れ笑いともつかない微妙な表情になった。
「いや、別に隠してるつもりはないですけど。ふふふ」
まるでハゲなんぞ意識してないような口ぶりだが、視線は宙を泳ぎまくってる。図星だったようだ。
「でも、頭のてっぺんがかなり薄くなってますよ」
「あ、そうですか」
「ええ。もうその髪型では限界じゃないですかね。別の隠し方を考えた方がいいと思いますよ」
「…そうですねぇ」
そっといたわるように、男性は自分の頭頂部に手を触れた。 
「いやぁ、少なくともあと数年は大丈夫と思ってたんだけど。カツラでも作ろっかな」
「できれば早めがいいんじゃないですか」
「うん、ちょっと考えてみますよ。ありがとうございます」
すべき忠告を成し遂げた達成感と、感謝されることへの喜び。うむ。みんな、この人みたいだったらいいのに。
恐るべきバーコーダーを発見したのは、秋葉原駅から乗った電車の中だ。えり足から伸びた毛髪を逆流させるように引っぱり、砂漠化した頭頂部に乗っけている。そこまでしてハゲを隠蔽しようとするとは、もはやあっぱれという他ないが、如何せん、全然隠れてない。
「つかぬことをお聞きしますが、いつもその髪型で外出されているんでしょうか」
「うん、そうだけど」
駅のホームで、その中年男性はぶっきらぼうに、迷いなく言い切った。なかなか堂々とした方だ。
「ちょっと言いにくいんですが、頭頂部の頭皮がわりとオープンになってますよ」
「別にいいじゃない?俺は気に入ってるんだから」
気に入ってるだって?その髪型を?やせ我慢してません?
「どういう意味ででしょうか?」
「ツルッパゲより髪の毛が少しでもあった方がマシだろ」
「えり足を頭頂部に持ってきてもですか?」
「当たり前じゃん」
そんなギャグじみた髪型、俺なら死んでもやりたくないが、さすがに当人の前で言う勇気はないので黙っておいた。
「なんか俺、髪型のせいで職場で笑われてるらしいよ。それでもツルッパゲよりは断然こっちがいいけどな」
価値観の違いというしかないが、そこまで本人が気に入ってるというなら、これ以上、他人が口を挟むことは何もない。どうか今後ともポリシーを貫いていただきたい。バーコーダーを求めて路線をデタラメに乗り継いでいるうち、いつのまにか埼玉の越谷駅に来ていた。
そこからまた電車を乗り換えたところで、次なるターゲットを発見。肌つやからして30代後半。しかし頭のてっぺんから顔をのぞくバーコードの地肌が、実際より老けた印象を与える。しばらくして、男の隣り席が空いた。すかさずすべり込み、ペコリと頭を下げる。
「すいません、ずいぶん髪の毛から地肌が出てるようですけど」
「え? 僕の頭ですか?」「はい」
「ああ、確かに最近、薄くなりましたからね〜。やっぱり目立ちますかね?」
頭をフワフワ触りながら、笑顔をたたえる男性。その仕草が気さくな性格を表わしているようだ。彼は仕事柄、ヘルメットをかぶる機会が多く、それが薄毛の原因ではないかと疑っているらしい。
「妻にも最近、言われたんですよ。七三分けはオヤジ臭いし、見苦しいから坊主にすればって」
ふうん、そうですか。いい奥さんじゃないの。ふと男性が腕時計を確認した。
「じゃ、そろそろこれで」
「どうもすいません。なんかいろいろ失礼を言ってしまって」
「いや、人が自分の頭をどう見てるかがわかって良かったです。親しい人間だと、こういう話題には触れてこないので。ははは」
うお、またもや感謝されてしまった。東京駅行きの電車でバッティングしたのは、ギョロ目の神経質そうなオヤジだった。
強風の中を歩いたのか、クシの通ったバーコードの一部が、ブタの尻尾のようにクルンと乱れている。やや滑稽だ。例によって例のごとく、ギョロ目オヤジがホームに降りてから直撃する。
「あの、髪のことなんですが」
「ん?」
「バーコードになってるので、頭皮が丸見えですよ」
予期せぬ台詞にショックを受けたらしい。オヤジは呆然とその場に立ちつくした。
「ん?おめぇ何言ってんだ、こんにゃろ」
文字で読むとオヤジがひどく立腹してるように見えるが、実際は聞き取れないほどの小声でぶつぶつ呟いているだけに過ぎない。迫力はゼロだ。
「おい、なんて言ったんだ、こんにゃろ」
「いや、だから、その髪型では薄毛が誤魔化しきれないと言ってるんです。地肌が丸見えなので」
突如、オヤジが何の予告もなくクワッとこちらへ近づいてきた。おっと、なんだなんだ。危険を感じて、とっさに距離を取った途端、ホーム中にオヤジの怒声が響き渡った。
「おめぇ〜〜! !バカにしちゃってからに、こんにゃろ〜〜! !」
いったい何事かと、そばにいた駅員がオヤジに駆け寄る。
「お客さん、どうされました?」
オヤジが俺を指さし絶叫した。
「あのバカが!あのバカが、俺の頭を… !! 」
そこまで言うとハッと口をつぐみ、そのまま気の抜けた様子でどこかへ去っていった。きっと、最後の台詞に続くはずだった「ハゲ」の文字に、自らが萎えたんだと思う。ナイーブな人だ。
本日5度目の山手線。乗客の間を縫うように車両から車両を移動していく。そのうち、でっぷりと肥えた中年男性の頭に焦点があった。ベートーベン風の長髪バーコードとはちと珍しい。下車するのを待って、話しかける。
「あの、髪がバーコードになってて、頭皮が丸見えですよ」
男性は首をかしげて言った。
「わざわざそんなことを僕に言っててどうするの?」
「地肌が露出してるのを忠告させていただこうと思って。全然隠れていないので」
「ああ、そういうこと。僕は別に隠してるつもりはないよ。この髪型も悪くないと思ってるし」
「本当ですか?」
「僕ね、販売系の仕事やってるんだけどハゲてからの方が営業成績が上がってね。バーコードって見た目は貧相だけど、どこかマジメな印象を与えるから、客も安心するんだろうね」
なるほど、バーコードにはそういうプラスの一面もあるのか。興が乗ったのか、男性の話はなかなか終わらなかった。
「そう考えると、ハゲになって得したことはあっても、損はあまりないな。ハゲてもハゲていなくても女関係は昔から変化ないし。ほら、ハゲで損するのは男前だけだから。ブサイクはもともとモテないから、どっちだって変わらないんだよ」
どんな境遇にあっても、ポジティブに生きる人は気持ちがいいものだ。