病院でのスケジュールと介護人の仕事内容を大まかに説明しよう
午前６時起床
午前７時朝食
午前８時朝の服薬
午前８時半検温
午前９時〜打時午前の日課
午後１２時昼食
半昼の服薬
午後１時半〜４時午後の日課
午後３時半おやつ
午後５時夕食
午後５時半夜の服薬
午後８時就前の服薬
午後９時消灯
〈食事〉
食堂への誘導が主な仕事。食事
の時間だと言うだけではなかなか
食堂に来てくれないため、「食べ
たくない」と言われても、特に理
由のない場合は引っ張ってでも連
れてくる。そうすると、全部平ら
げてしまう場合がほとんど。
あと、誤飲があった場合はすぐ
の患者が入院してくると、それま
でエバっていた人間が急におとな
発見し、口に手を入れて詰まった
モノをとる。他の患者の食事を盗
もうとする手癖の悪い者を見張る
ことも大切な任務のひとつ。
〈服薬〉
病気を自覚していない患者や妄
想のせいで拒薬する人がいるため、
口の中に直接薬を入れ飲んだかを
確認する。
〈検温時〉
自分で体温を測れない患者の介
助をする。
〈日課〉
その日によっていろいろな日課
があり、作業やレクリエーション
など。患者を促し、なんとか形に
なるように手助けする。
参加の意志を見せないので、行くのも
大変（逆に、残りの２割の人間は
何でもやりたがる）。
そこで、菓子やタバコを配ってやる気を起こ
させる。が、それでも参加してく
れるのは半分くらいである。
しくなってしまうときもあるのだ
からしょうがない。
閉鎖病棟の場合、いわゆる土木
作業的な日課はほとんどなく、ご
くごく簡単なことばかりだ。自活
するという意味での社会復帰より、
人に迷惑をかけずに暮らすという
ことを最大の目標としているため、
おのずとやることが限定されてく
るのだ。
一方、レクリエーションは要す
るにゲームのこと。丁度、学校の
ように運動会、球技大会、クリス
マス会などがあり、当然のごとく
看護者が中心になって運営を行う
のだが、やはりヤル気を見せる方
が圧倒的に少なく、たいへんな重
労働であることに変わりはない。
〈入浴〉
自分で体を洗えない人を介助、
つまり体を洗って、拭いて、服を
着せる。これがまたひと苦労。食
事同様、風呂に入りたくない人も多いので誘導しなくてはならない。
風呂場で格闘が起きるなんてこともしょっちゅう。
〈おやつ〉
一列に並ばせておやつを配り、
盗みや誤飲がないか監視する。こ
のとき、ベテラン患者によっては
相手が新人看護人だとみるや、２
回並んで２人分受け取ろうとする
者もいる
（オレがヤラれてしまったのもそのパターンだった。あた
りまえだがオレの生まれる前から
入院している人にはかなわない）。
中身は駄菓子が主で、どこから
仕入れてくるのか昔懐かしいのも
見かけることができる。たまに果
物が出るときもあるが、中でもバ
ナナは大人気。ほぼ全員が喜ぶ。
オレの年代は小さい頃からバナナ
はいくらでも食えたが、昔は貴重
品だったからか。
企浬導
基本的に、治療は薬の投与の他、
注射、電気ショック療法がある
（ロボトミー手術は現在行われて
ないようだ）。１００ボルトの電気を脳に流すの
だ。通電すると失神し、全身に強
直唾華が起きる。
オレも実際に何度か目の当たり
にしたが、決して気持ちのいい眺
めではない。全員に行われていた
わけではないが、経験者に聞くと
「とにかく怖墜「ガンっと殴られ
たような感じがしてその後に意識
がなくなる」そうだ。これが好きだ
という人は未だに聞いた事がない《
なんでも、昔は何か悪いことを
したときにお仕置きとして行った
事があるらしいが、今では純粋に
治療と化しているらしい。
さらに、投薬用の注射も見たこ
ともないような化け物級の太いヤ
シを使っていた。以前、某カルト
教団が洗脳のために使っていたの
と同じシロモノがゴロゴロしてい
るのだ。
〈その他〉
介護人という名の雑用だから他
にもやるべき仕事はいっぱいある。
中でもいちばんイヤな仕事とい
えば、患者のオムツ交換である。
尿・便失禁の常連あるいは自分で
トイレに行けない人はもちろんオ
ムッをはめるわけだが、この交換
をオレたちが世話しなければならないのだ。
が、やっぱり付け忘れてトイレ
以外でおもらしする人も出てきた
りして、こればっかりは最後まで
ツライ仕事だった。
あとは患者の話を聞いたり、時
にはトランプや囲碁や将棋の相手
をすることもある。といっても、
徒破りの支離滅裂な戦術に四苦八
苦するケースがほとんどなのだが。初めて〃入院″にあたったのは、
仕事に就いて１週間ほど経ったこ
ろのことだった。
「家に帰せ、テメエらブッ殺すぞ」
玄関の方で声が聞こえたのでダッシュして行くと、中年の男が猛烈にわめいている。
警察が一時保護して連れて来た
らしく、病院に来て手錠を外した
ら大暴れし始めたのだ。
すかさず看護者数人で抑えつけ、
ヒモで縛り上げて保護室に入れる。そのときは仕方がないのでムリャ
リ注射を打ち、薬を飲ませ眠らせ
てしまった。そんな患者が、ひと
眠りして起きるとなぜかおとなし
くなっているから逆に不気味だ。
その翌日、今でも忘れはしない、
飛田という男が入院してきた。ど
んな患者も、病棟に入る前に危険
物がないか持ち物検査をするのだ
が、飛田は別段抵抗する様子も見
せなかった。
「荷物検査させてもらうよ」と一層と掛けると「はい」
と答えニヤニャしている。
しかし、彼の汚れた洋服をひっ
くり返してみると、もう出てくる
出てくる。多量の紙屑やたばこの
吸い殻、歯磨き粉３本、歯ブラシ
５本、ライター肥個、多量の使用
済みティシュ、しかもポケットす
べてから山のように汚いゴミが溢
れてくる。
このとき、オレは家族が立ち会
っていたため、手袋をするわけに
もいかず、素手で得体も知れない
ゴミを出した。結局、ゴミの山が
３つもできる始末だ。
よくポケットの中にあんなに物
が入るものだと感心したが、今ま
で嘆いだどんなゴミよりもひどい異臭だった。
部屋中になにか残飯の腐ったような強烈な異臭がたち
こめ、手にも染みつき、何度手を
洗っても、なかなかとれない。本
人はただ最後までニヤニヤしてい
るだけだった。
その後、しばらくは平和な日々
が続いた。あまりに暇なので詰め
所にファイルされていた患者のプ
ロフィールに目を通してみる。
「読んでおいた方がいいよ」と先
輩看護者が教えてくれたのだ。
と、これがなかなかおもしろい。
「家の中でたき火をし、火事になりそうになった」
「人工衛星から監視されていると言い部屋から一歩も出ない」
「食べ物に毒が入っていると言って何も食べない」、
「家に盗聴器が仕掛けられていると言い探し回る」、
「自分から変な臭いが出ていると言い体をずっと洗っている」…。
病気の原因は、恋人にフうれた
からなんて恋愛沙汰から親との死
に別れ、借金苦まで人それぞれ。
当たり前だが、原因も無しに発症
した例などはほとんどなく、ヘタ
な心理学の本を読むくらいならこ
っちの方がよっぽどダメになる。
どうにかこうにか仕事にも慣れ、
１ヵ月くらい過ぎたころ。いつも
のように見回りをしていると、急
に患者の広川が「俺の文句を言っ
ているだる－．」とすごい勢いで近
寄ってきた。
それまで患者の前では笑顔を絶
やさなかったオレは「そんなこと
言うわけがない」と必死に答えた
がまったくおさまらない。そして
次の瞬間、予想外の事態が起こる。
「このヤロー、許さねえ」
何を血迷ったか、ヤシがいきな
り拳で殴ってきたのだ。今までい
い人ぶっていたオレが初めてキレ
たのがこのときである。２発目の
パンチが飛んでくる瞬間、その手
をつかまえねじ伏せる。
「このまま腕をへし折ってやろう
か、え？」
一瞬、我を失ったオレも冷静さ
を取り戻し、保誰室へ連れて行く。
オレに対する患者の態度が心なし
変わったのもそれからだ。「アイ
ッは怒らせると怖いんだ」との話
が広川から伝わっているのだろう。
どうやら精神病患者は自分より
強いと思う人には手を出さないよ
うだ。昔は患者が看護士をリンチ
したこともあったらしいが、今は
そんな物騒なことはないという。
夏になると、だいぶ院内の空気
も落ち着いてくる。加えて、こっ
ちも３ヵ月いれば、自然と患者と
も打ち解けてくる。
そこで今まで疑問に思っていて
も聞けなかったことをいくつか先
生方に聞いてみることにした。
まず、男と女の病棟を分けてい
る点。中には昼間だけ一緒にする
病院もあるのだが、ほとんどがあ
まり異性と接触させないようにな
っている。
理由は、まあ言わなくてもわか
るだろう。看護者の目を盗んでト
イレなどでセックスし、妊娠させ
てしまうことが往々にして起こる
からだという。
たまに股を広げて「やって」な
んて色仕掛けしてくる女性患者も
いるそうだが、それが看護者に向
けられるときもあるわけで、過去にホントにヤってしまい首になったヤシもいるらしい。
それともうひとつ。オレは以前
から、皆がなぜタバコを重宝する
のかが不可解だった。
よくよく話を聞いてみると、現
金が持ち込めない病棟では、配給
の数が１日１箱までと決められて
いるタバコが通貨の役割をしてい
るらしいのだ。
例えば、ズボン１枚がたばこ５
本、１千円のテレカがたばこ５本
というように誰が決めたかわから
ない交換レートが存在していると
のこと。食事のおかずまで、コロ
ッケー個＝タバコ１本と交換可能。
また、トランプや花札などで賭事
でもタバコがベットされていた。
なんだかほほえましいほどの話で
あるが、よく考えればやはりオレ
たちのような金がすべてのショバ
と何ら違いはない。精神病棟とは
ある意味で、この世の縮図のよう
な世界なのかもしれない。
