朝、泊まった貝塚のビジネスホテルをチェックアウトして、ヒッチハイクで東京に戻ることにした。
昼過ぎ、岸和田南ICの手前の一般道に立ち、『高速乗せて下さい』という看板を持って立つ。さて、帰りの道中には、どんな出会いがあるかしら。
2台を乗り継ぎ、夜6時、尼崎に到着した。ここからのルートは『名神高速道路』だ。尼崎ICの入り口でヒッチハイクを始めたところ、一台のハイエースが停まってくれた。運転席には、キャップを反対向きにかぶったニーさんが座っている。
「京都まで知り合いを迎えに行くんで、そこまでやったら送っていけるけど」
助手席に乗ろうとしたとき、後ろの席に積んである大きな機械が目に留まった。
「それ、床にコンクリ塗る機械。自分、左官屋なんですわ」
ニーさんは山崎(仮名)さん、尼崎の人で41才だという。「ぼくも41です」
「同い年か。そっちは仕事、何やってんの?」
「雑誌作ってます」
「エリートやん」
「いやいや。勘弁してくださいよ。金ないですよ」
山崎さんは、生活の話を始めた。ヨメさんがおり、子供が習い事もしており、家に入れる金が足りないとかなんとか。
「だから今、副業をやってるんやけど、なかなか儲けるのは難しいね」
「どんな副業っすか?」
「FXとかバイナリオプションとか、そういうの」
香ばしいワードが出てきたな…。
「スマホで儲けれるっていうセミナーとか行って勉強中なんやけど」
…山崎さん、大丈夫かな? だいぶ気になるんだけど…。
心配になりつつハイエースに揺られることしばし。『桂川PA』の案内板が見えてきた。
「どうする? ここで降ろす?」
このPAの先、京都までの間には、もうSAもPAもないとのこと。つまり、このまま乗っていたら一般道に下りちゃうようだ。
「せっかくやし、時間あるんやったら京都まで一緒にドライブどう? 尼崎に帰るとき、また高速には乗るから、そこでパーキングとかに降ろすし」
「なるほど」
「そうしたら、オレの知り合いに会ったらええわ。占いとかもできる人やし」
占い師か。これまた何となく香ばしいニオイがするな。
「じゃあ今からユーチューブ撮ろう!」
『京都南IC』で高速を降り、10分ほど。伏見稲荷神社の駅前までやってきた。
「あれ、あの人ですわ」
車椅子に乗った大柄なオバちゃんだ。歳は50代くらい、赤いメガネで髪も赤い。何かありそうな見た目ではありますな。
「ごめん、セントウさん、後ろに乗ってくれます」
席を移って待っていると、オバちゃんが助手席に乗り込んできた。
「うわぁ、びっくりした、誰?」
「初めまして。ヒッチハイクの者です」
山崎さんが言う。「尼崎でヒッチハイクしてたから、乗せてきて」
「何乗せてんの。別にいいんですけどね」
「すみません。お騒がせしまして。自分は仙頭と言います」
名刺を差し出す。オバちゃんはじーっと眺め、そして素っ頓狂な声を出した。
「携帯は何? スマホ?」
いきなり何だ? そりゃスマホだけど。
オバちゃんがスマホを取り出し、ユーチューブの画面を見せてきた。
「チャンネル登録して」
「えっ?」
「私、占いもやってるんやけど、1カ月前からユーチューバーも始めたのよ」
驚いた。つまりユーチューバーの占い師ってこと!?
映像が始まり、オバちゃんがステージのような場所で若者3人と一緒に歌っている。
「これが私らのテーマソング。おもろいやろ?」
「…そうですね」
「ほら、チャンネル登録してよ」
岸和田のタナカさんとはまた違うが押しがすごいな。さすが関西人というか。
呆気に取られていたところ、オバちゃんがまた素っ頓狂な声を上げた。
「じゃあ、今からユーチューブ撮ろう!」
「はっ?」
「ヒッチハイクの人を拾ったっていい企画やん」
「…ぼくも出るんですか?」
「当たり前やん。パーキング、あそこで撮ろ」
何この展開!? もう場所まで決めちゃったし。まったく理解がおっつかないんだけど。 ハイエースが高速に上がり、ほどなくPAに到着した。
撮影は、フードコートのテーブルで行うことになった。もう腹はくくれたが、どんな撮影になるんだろう。 スマホに小型三脚が取りつけられる。3人で横並びに座ると、打合せなどは一切なく、録画ボタンが押された。
オバちゃんがしゃべりだす。
「今日、私、マユマユは伏見稲荷のほうに行ってまして。こちらの方はですね。実はさっき会ったばっかりで。あんた誰?」
「仙頭正教と言います」
「ヒッチハイクをされてたんですよね?」
「はい、泉州地域を旅行してまして、これから東京に向かうところです」
…こんな始まり方でいいんだろうか? 見る人、意味わからないんじゃないの?
オバちゃんからヒッチハイクについて質問され、それに答える形でしゃべりが続いていく。
ただ、4分を過ぎたあたりから、内容はオバちゃん中心になってきた。
「泉州と言えば、堺ですけど。今年は、堺でミュージカルに出たんです!」
「そうなんですね」
「毛細血管、脇ぃー言うてね!」
オバちゃんが左手を上げ、大笑いした。吉本芸人のギャグ丸パクリかよ。
続けて、画面に向かって親指を突き出す。
「どげんするんかーい言うてね!」
…申し訳ないが、これ、そもそも見る人いるんだろうか?
そんなわけで、マユマユのパワーに圧倒されながら10分ほどで撮影は終了。オバちゃんは満足げな表情だ。
「いやー、いい映像が撮れたね。ありがとね」
「…こちらこそ貴重な体験ができました。占いの方とは聞いてましたけど、まさかユーチューバーとは思わなかったので」
素直な感想を言ったところ、オバちゃんが真っすぐオレの目を見てきた。
「占いやってほしい? ちょっと観てあげよう」
なぜかオレの名刺を手のひらに乗せる。
「いま、あなたは無理してる。疲れてるでしょ?」
「…それはまぁ」
ヒッチハイクしてるから当たり前じゃん。
とは言わずに黙っていると、オバちゃんが続ける。
「すごく疲れてる。だからほら、名刺がそり曲がってるでしょ。疲れてる証拠」
…やっぱり大阪界隈ってのは濃ゆい人が多いですな。