親にすいぶん感謝してるらしい日本語ラッパー兄ちゃんは父の日にプレゼントを渡しているのか?
世の中は右を向いても左を見ても虚飾だらけだが、ことうっとうしいという点でいえば、日本のミュージックシーン、特にヒップホップの連中が断トツだろう。
なんだか最近「親にマジ感謝」的な曲がやたらと多い気がしないか。むろん両親に感謝するのは構わない。それはもう手放しですばらしいことだ。けれど、どうにもウソくさいんである。腰バンでパンツ丸出し、自室でマリファナ育てて女はべらかして、悪そなヤツはだいたい友達チェケラッチョ的な連中が(イメージです)、本気で親に感謝してるとはとても思えない。
感謝感謝って、お前ら単に言いたいだけやろ。口ックにせよ、ヒップホップにせよ、もとは反逆の象徴だったはずなのに、いつからこんな気色悪い風潮になっちまったのか。嘆かわしいことですよホントに。
今年6月のことだ。ふらふらと散策を楽しんでいた代々木公園の片隅で、アマチュアと思しき2人組のラッパーがマイク片手に調子よく歌っていた。
【あたり構わず乱闘し】【さんざん罵倒して】歳のころは20才前後。2人とも腰パン、ゴールドチェーン、キャップの下にはバンダナといつコテコテのファッションに身を包み、聞き取りにくいリリックを早口でまくし立てている。きっとプロデビューを夢みてるんだろう。ま、絶対無理だけどね。ぶっ。
なんてことを考えながら彼らの前を通り過ぎようとしたとき、聞き捨てならない歌詞が耳に飛び込んできた。
【咳く親父にマジ感謝】はい出ましたよ
立ち止まって、改めてラッパー君たちをまじまじと観察した。まず太っちょの大柄な男。薄い口ひげを生やし、歌ってる最中でもときどきツバを吐いている。力ッコつけてんだか何だか知らんが、実にマナーの悪いやつだ。
もうひとり、小柄な男は見るからに凶暴そうな顔つきで、Tシャツから伸びる腕には、極彩色のタトウーがびっしり彫り込まれている。こんなお下品なヤツらが親父にマジ感謝っいゃいや、あり得ないって。
親を安心させたけりゃ、ちゃんとズボンはけっての。
天を見上げて呆れかえっているうち、編集者としての使命感がふつふつとこみあげてきた。折しも、来週末は父の日である。あんな間抜けな歌を作るからには、ネクタイとかライターとか気の利いたプレゼントを父親に贈ってしかるべきだ。だって感謝してるんだもん。だが、もし父親に何もあげなかったそのときには、こいつらのマジ感謝がピーマンのように中身のない、上っ面だけのポーズであることが白日の下にさらけだされる。面白い。いっちょ真実を確かめてやろうじゃないの。
まずは連中の片方を尾行して自宅を確認。そして父の日の翌日に自宅を直撃し、じかに父親に尋ねるのだ。昨日は父の日でしたが、息子さんから何かプレゼントをもらいましたかと。代々木公園で待つこと数時間。タ方近くになって、ようやくラッパー君たちが後片づけをはじめた。ターゲットをタトウー兄ちゃんに定め、さっそく尾行開始だ。途中、レコード屋やTSUTAYAに長時間立ち寄られたり、電車とバスを何度も乗り継いだりと、なかなかハードな追跡ではあったものの、やっとのことで自宅を突きとめた。横浜郊外の閑静な住宅地。
それも3階だて庭付きのなかなかオシャレなwe戸建てである。あいつ、きっと金持ちのボンボンに違いない。ひとまず退散だ。父の日翌日の月曜、午後8時。タトウー野郎の家の呼び鈴を押すと、インターホン越しに中年女性の力ン高い声が聞こえた。
「はーい、どちら様でしようか?」
母親のようだ。すかさず、あらかじめ考えておいた台詞を口にする。
「夜分にすいません。あの、私、タウン誌のアンケート調査をやっておりまして。昨日
は父の日でしたが、お子さんお父様に何かプレゼントを渡されたでしょうか?」
「はあ。でしたらいま主人がおりますので、代わりましょうかっ」
まもなく、父親がインタホンに出た。
「特に何ももらってないけどね、え」「何もですかっ」
「ええ。まあウチ(の子供)は男だから」
ほーら見ろ、ほーら見ろ。やっぱりあの歌はハッタリだったんだ。ああー、すっきりしたー