会話のタネ!雑学トリビア

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誰でもおこりうる微罪事件で実名報道される時と匿名報道の時の差

各社で共通する点を列記してみると逮捕事例における容疑者は、原則実名

●書類送検(意捜査)の場合は原則匿名

●政治家・高級官僚・法曹・捜査関係者など公的立場にある人物は、捜査対象となったときから実名とする場合もある

●容疑者が未成年者であれば匿名

容疑者が精神障害者であった場合、人名表記は刑事責任能力を判断して決める。

微罪事件は、実名を記載すると過度の制裁となる場合、匿名も選択できるたとえばあなたか20才以上で精神異常もない場合、殺人などを犯して逮捕されれば実名報道はまず免れない

この辺りのことは日々のニュースなどを見ていればわかるだろう。

さて、ここで問題になってくるのは、最後の《微罪事件》に関してである。誰もが関わり得る可能性があるだけに、実名か匿名かというのは大きな関心事だろうが、実はその判断は報道各社の都合によってなされているに過ぎない
次のような記事が、ある日の全国紙地方版に掲載された。
酒酔い運転で男性逮捕■■署
■■署は、A市B町、会社員H容疑者(35)を13日、道交法違反(酒酔い運転)の疑いで現行犯逮捕した0容疑者は同日午前ー時ごろ、B町xの町道で、酒を飲んで乗用車を運転した疑い検問中の同署員に見つかり、飲酒運転が発覚した。

実際の記事には、実名や住んでいる地域も、しっかりと記されている。全国紙社会面では、まずあり得ない記事だろう。

容疑者は無名の会社員であり、事故を起こしたわけでもない。飲酒検問に引っかかっただけである全国ニュースとしての価値があるとは、到底思えないしかし、地方版(地方紙・ブロック紙では地域版)において、この程度の微罪か記事として掲載されるのは、さほど珍しいことではない。ちょっとした窃盗や、ケンカの延長線上にあるような傷害事件が、実名入りで報道されることもある。

不可解なのは、このような微罪事件か必ずしもすべて報道されているわけではない点だ。そもそも飲酒運転の検問など、毎日どこかで実施され、その度に検挙者が出ているはず。それらを律儀に報じていたら、紙面はいくらあっても足りなくなる。同じ程度の事件であっても、報道されるときとされないときがあるなぜか。

「運の問題ですよ」

そう言い切るのは、地方支局でサツ回り(警察番)を担当する、ある若手記者である「酒酔い運転による逮捕などは、本来ボツネタです。読者の関心も薄いでしょうし、容疑者が一般人であれば、実名で報道すること自体、一種の社会的制裁になってしまう。しかし、我々にとって重要なのは、紙面を記事で埋めるということなんですその日に限って、他に事件がない、報ずるべき出来事がない。そんなときは、たとえ微罪であっても記事にしてしまいますね。事件の軽重は関係ありません。また、警察の発表資料に容疑者の名前が記載されていたら、機械的に実名報道してしまうことも少なくありません」

大事件が発生したときなどは、酒酔い運転はおろか、ひき逃け事件すらも、ボツとなることかあるという事件の少ない日に、たまたま何かの罪を犯してしまった人は、不運としか言いようがない。別の社のサツ回り記者も言う。

「反原発関係のデモ行進で、参加者の1人が公務執行妨害で逮捕された。このような場合、新聞社によって見解が分かれます。事件なのか、単なるハプニングなのか実名か、匿名か私は事件だと判断したので記事は出稿しましたが、名前は掲載しませんでした。しかし、A社は実名報道で、B社は報道すらしなかった」

各社の姿勢によって、対応も違ってくるこの記者は

「私以外の記者か担当すれば、同じ社でも違う判断をしたかも知れない」

とも言う。ある意味で、これもまた「運」の問題であろう。極論すれば、その日のネタのいに、容疑者の運命は左右される。社会的制裁を受けるのも、免れるのも、「運」。いや、報道各社の勝手な「都合」が大きく影響しているのである。容疑者の運命が、たかがマスコミこの胸先三寸で決められてしまうという現実。しかも、事件の中身を検証することなく、書かれる微罪であればあるほど、容疑者の言い分など聞いてもらえない「事件がない日は警察官になんでもいいから、ネタをくださいと頭を下けて回る」

(前出・若手記者)こんなときに逮捕されたあなたは、全く「運」か悪かったというほかにない。