十代のころは良かった。
独身時代は楽しかった。世のお父さん一杯やりつつ、持折そしな一感慨にふける方が多いのではないか。勤め人になり、子供が生まれりゃ、自分の時間などほとんどナシ。月日とともに醜くなる力ミさんからは
「オッサンは黙ってゼニだけ稼いでくればええねん」
などと罵倒され、必死の思いで得た給料も、ちゃっかり財布を握られる・・
くわあ、どないしょ。
23才で結婚一児の父親になったオレも、そんなイジケ父ちゃんの1人。毎夜安酒を飲んでだったが、いまは違う。年に1度、友人間で開催する公道賭けレースの楽しみを知ったからだ。
1位になれば30万、下手すりゃ死亡。この無法極まりないレースに勝つため、頭の中は日々車の改造のことで一杯だ。現在のオレは、キンキラキンに輝くお父さんに違いない。
環状線を5周、1位で出口を下りたら優勝
話は、友人のタツヤがひょつこりオレの家に現れた、3年前の夏の晩にさかのぼる
「実はな、ちょっとオモロイ話あんねん」
「また裏ビデオでも持ってきたんかい」
「もう、頼むわ。いや今度な、昔の仲問葉めて環状線に上がろうって計画があんねやんか」
この男、今でこそ実家の寺で澄まし顔の住職なんぞに収まっているが、かつては、オレと同じ走り屋チームに所属した元バリバリの不良である。
阪神高速・大阪環状線は走り屋たちのレース場と化していた。各々が200キロ以上のスピードでかっ飛ばし、一般車の間をジグザグにぐぐり抜ける。まさにスビードとスリルを楽しむ、危険な遊びにオレたちはどつぷりハマっていたのだ。
「アホらし。ワシらいくつや思てねん。なんでいまさらガキの遊びをまたやらなアカンの」
「ふふ・だから大人の遊びをするんやっちゆうてんねん」
「何それ」
「カネを賭けんねや。それもな、1人300万。アツいやろ、これは」
「いい」思わず身を乗り出し、タツヤの話に耳を集中させた。
ルールは実に単純で、1周約10キロの環状線を5周し、掛け金は1位で出口を下りたヤツの総取りホホー、メッチャ面白そっやん。しかし・・
「アカン、やっば無理や。そんな力ネ用意でけへん」
「何をいってんの。そんなん、みんな一緒やんか。どうせ一回きりや。高い買い物したと思えばええやろ。それにいまんとこ、参加予定は4人やけど、純ちゃんが加われば1位で120万や。なあ120万や」
友情なのなはたまた単に賞金を吊り上げたいだけなのか、タツヤの勧誘は執勘を極めた。もっとも、端っからオレの心がウズいていたのも事実だ。十代のころ、毎夜のごと命がけの遊びをしてきたのだ。今の生活はまったく物足りない。刺激が欲しかったー。「わかった、やる。力ネはパチンコ止めて、貯金でもするわ。けど、車はどないすんねん。まさか、お前のベンツとオレの土建屋仕様のバンで勝負せえなんて話はないで」
「純平くん、なんも心配せんでよろし。レースにはノブも参加しよるさけ」
「おお、アイツか」ノブとは、同じくかつてハツスルジェツ上に所属した後輩であり現在は中古車屋のオーナーだ。ヤツが中古車のオークション会場で、オレたち用にシビック(かつて関西の走り屋がこぞって乗った人気車種。この時点では、5万円程度で業者に下取りされていた)を探し出してくれるらしい。車体が用意できるとなれば、次は、チューニング問題である。環状線を200キロ前後でぶっ飛ばすには、それ相当の改造が必要になる。まともにやれば、かなりカネのかかる作業だが、これまたあっさり片付きそうだ。
走り屋はカ1キチの中古車屋のノブを始め、トラックのシャーシ工場で働くタカシ、パーツ屋を営んでいるマサキなど、賭けレース参加者ば、ほとんどが車業界の入間なのだ。ヤツらが、手作りや横流しとあらゆる手を尽くしてくれれば、あまりカネをかけず、パーツを揃えることも可能だろう。
3カ月後、果たしてノブの店先に隣力観カリに改造されたシビッグが5台並んだ。夜10時。オレたち5人は、環状線入り口付近にあるファミレスの駐車場に到着した。さっそく各自、車のフロントナンバーを取り外し、リアナンバーにはアルミホイルをガムテープで張りつける。というのも、環状線にはオービス(自動取り締まり機)がやたら多く、カメラ対策は不可欠なのだ。
もちろん頭には、レース用の布製マスクを被っている。と、全員の準備が整ったところで、タッヤが叫ぶ。
「上がろかあー」
レースは全車が料金所を通過した時点で始めることになっていた。現在の走り屋連中がどうしているかは知らないが、オレたちの現役時代、料金所でカネを払うヤツなど皆無。強行突破が慣例である。先頭を行くタツヤには、そんなかつての記憶が蘇ったのだろう。突如プワーンと料金所を突っ切った。
「オヒョヒョー、やるやないけえ」
このタツヤの行動で、久しぶりのレースに若干緊張気味、縮こまっていたオレたちのチンポコはがぜんユルくなった。負けじと残りのメンバーもアクセルを踏み込み、次々と突破する。
プワワワーン。かー、コレや。
みな自営業唯一勤め人。知人から借金して30万を用意してきの、何がナンでも1位取ったるという執念は並ではなかろう。しかし、背に腹がれないのはオレとてと。レースの件がバレ、怒り狂うカミさんをなだめすかして掛け金を用意できたのだ。
ははは、何がナンでも取ったんどお。で、カミさんに言うたんねん。
「父さんの今月の給料は、120万円なー、参ったか、クソババァ」
時速はすでに200キロ強、視界もやたらと狭い。しかしオレたちは怯むこと齢く、ヒュンヒユンと一般車をジグザグに避け、タカシ追撃の念に燃えた。
命いらんのか・オマエはー
すでに周回は3周半を終えていたものの、依然、オレたちはトップのタカシを捉えられずにいた。カネの欲に駆られたか、現役時代の5倍はムチャな運転をして逃げまくるタカシを抜くチャンスがなかなか訪れないのだ。カーブやスリ抜けの度に、一般車や壁に車体をガスガスとコスリまくっている。命いらんのか、オマエ。
しかし、2位のマサキ以下全員が本気で危機感を募らせだしたとき、とうとう絶好のチャンスが訪れた。タカシの行く手に、左から乗用車とトラック、タンクローリーが3列、同スピードで走っていた。乗用車とトラックはほぼ並走しておりタンクローリーはトラックの右隣の車線をシビックのおよそ3分の2台ぶん後方。
いずれにしろ、タンクローリーを追い越し、その前に出るには明らかにスペースが足りない。よつしゃ、とりあえず追いつける
ハロー、タカシ
ギャンブルつてホント最後までわからんものですなあ。だがしかし。ヤツは凄すぎた。てっきり諦めいったんブレーキを踏むと思いきや、逆にアクセルをパンパン踏み込むではないか。前方のトラックにギリギリまで近づいた瞬間、今度はブレーキをクッとかける。
すると、タカシのシビックは車高が一瞬ガグンと下がり、そのままトラックのボディ下にボンネットが滑り込む。さらに間髪入れず、ギャギャギャとタイヤをきしませながら、タンクローリーを追い越し、タカシは右側に流れていった。
アイツはマジシャンだったのかいのお、皆の衆。両隣を見ると、すでにオレに追いついていたマサキとタツヤがやはり、口をアングリ開けて凍りついていた。もう勝負アリ、か。
120万取ったら、雄琴に行って、ええモンたらふく食って、ゴルプも始めて、殿様。ォレは殿博しかし、このナイスな計画がすべて皮算用と化したいま、タカシに置き捨てられたォレたちにできることはただ1つ。
「タカシ事故れー」そんなわずかな可能性にすがりつつ、しばらく、影すら見えないタカシのシビックを追ったと、そのときウーウー最後尾のダツヤのさらに後方で赤色灯が光り、いやらしいダミ声が響いた?
『コラ、お前らじゃ。ソコのとまらんかいっ』
大金を失い、おまけにポリにまで追われることるとは何たる憂き目。誰が止まるか。再びアクセルをふみ込む。一般車の間をスリ抜け続け、それでもなお付いてくるようなら、環状線を下りるまで。果たしてーどうにもしつーこいポリの追跡は15分以上も続き、オレたちは一般道に下りることを余儀なくされた。
道が狭く、信号もある道では、オレたちが断然有利となる。とにかくバラバラに散り、まくことに成功した。
★1度きりのハズだった公道賭けレースは翌年も行われた。第1回の噂を聞いた元メンバーが新たに4人も加わり総勢9人のレースとなった。このときの優勝は、ナントまたしてもタカシ。240万円がヤッの手に落ちた。