失業の後、新たな職に就いてからも社会保険に加入せず失業手当をもらい続ける不正受給の手口は広く世に知られ、また多くの人に実践されている。
失業率が過去最高を更新し続け、保険受給者もうなぎのぼりとなっているご時世には、職業安定所も対策に頭を悩ませているようだが、不正者を見つけだす有効な手だてはなく、タレ込みに頼るしかないのが現状のようだ。
さて、今回はこのあまりに一般的な手口は脇に置いておき、特殊な方法で社会保険制度の恩恵に授かっている人物を紹介することにした。
兵庫県在住の田沢勝一氏(仮名)は、ここ数年来、失業保険を目当てに就職、解雇、最就職を繰り返し、日々のほほんと暮らす独居老人である。身よりはない。
規定の日数、規定の金額を受け取っているだけなのだから「パクる」という言い方は少々大げさかもしれないが、ハナから保険目当てで就職するとは、ずいぶんタチの悪いジイさんであることに違いない。
いったい彼はどのように過ごしてきたのだろうか。
「ずっと同じことの繰り返し。仕事は職安で紹介してもらうんやわ。みんな仕事ないないって言うてるけど、それは選り好みしとるからやる。実際は左官の手伝いやら補助やら、特別な技術のいらん仕事がたくさんあるよ。給料は安いけどな」
待遇がどれだけ悪条件であれ、元々、給与生活者になろうというつもりのさらさらない氏にはどうでもいいこと。社会保険に加入さえしていれば、そこが希望就職先となる。歳をとるに従い、すんなり潜り込める率は下がりつつあるらしいが、不景気時でさえ平均3社も回ればどこか引っかかるそうだ。
就職が決まれば、失業保険の給付要件を満たす最低日数、1年間だけ黙々と働く。現場仕事とはいえ、作業そのものは単純だから、そう苦にはならない。しかもマジメには働かず、ただただ時間の過ぎるのを待つだけ。どこの現場にも、あのジイさん使えねえなあと陰口を叩かれる人物がいるが、まさに氏がそれに当たる。
そして1年後、正確には11ヵ月ほど経ったところで、無断欠勤を開始する。
「すぐ手当をもらうには、会社都合で辞めないかん。要するにクビってことやけど、それには無断欠勤がいちばんやからな」
自己都合で退職した場合、失業保険に給付制限が設けられている
(通常、手続き終了3カ月後から給付開始)ことは、周知の事実。
保険を糧とする氏にとって、それだけは避けねばならない。辞めたくても、自分から辞めるとは口に出せない。
「まあ、最初は注意されますわね。でもそんなん聞く必要ない。右から左へ流すたけ。あ、すんませんって言ってたらそんでええ」
最初のうちは3日に1回の割合で欠勤し、そのうち2日に1回、そして毎日休む。徐々にシフトしていけば、ひと月ぐらいはとりあえず社員のままでいられる。そして就職1年を過ぎたころに、首尾よく解雇通知を受け取れば、しめたもの。職安で求職手続きをして、めでたく失業者しなる。
「まあ、クビになるときはキツイわ。やっぱりゴチャゴチャ言いよるからな」
ということらしいが、20年も同じ生活を続ける彼は、もっ慣れっこになっている様子だ。
歳を取るほど楽になる解雇
人生制限なくすぐさまもらえる給付金は、在職時の賃金が低いため、1日あたり5000弱にしかならないが、派手な遊びをするわけでもないという氏は、十分すぎるほどだと満足気な様子だ。そもそもカスミを食って生きる以上、質素な暮らしは覚悟している。ところで本来、失業保険は、職を求めているのに見つからない者に対して給付されるものであり、月に1度の認定日が設けられているのもそのためである。
しかし、保険そのものを目的とする者が、給付期問中にわざわざ再就職先を見つけ出すはずがない。氏もまた、のんびりテレビを見て過ごすのが日課だ。そして受給期間の終わりが近付けば、また社会保険付きの職場を探す。氏は40代の前半からこの方法で食いつないでいる。