ついこの前クリスマスが終わったかと思って胸を撫で下ろしていたらあっという間にバレンタインの季節がやってきてしまった。
学生時代はわずかな期待を胸にドキドキしながら下駄箱をそっと覗いてみたものだが、板チョコはおろか外履きの中に画鋲を入れられているのが関の山。ろくな思い出がないのが2月14日という日だった。
しかもこのSNS全盛のご時世、一昔前なら「貰えなかった」で終わっていたことが今はツイッターやらインスタで「あいつは貰った」と知りたくもないことまで目に入ってしまうから厄介だ。さらに異性に告白したい・されたい学生がはしゃいでるならまだしもいい年こいた夫婦までもが「帰宅したらテーブルの上に妻からゴディバが」とか「1カ月後のホワイトデーに何を要求されるのか今から恐怖です」とか言っちゃって、もはやバレンタインはカップル成立している奴らがマウンティングを取り合うイベントと化していると言えるだろう。
しかしチョコの受け渡しと性交渉以外に特にやることがないように思えるバレンタインだが、調べてみるとやはり意識の高いリア充たちは我々の知らないところでわけのわかんないイベントに集っているらしい。
中でも人気があるのが水族館でのバレンタインイベントとのことで、この時期の水族館はカップルだらけ。プラネタリウムと同じで薄暗いのもあいつらの好みに合致するのだろうか。
そんなわけでバレンタインデーを直前に控えた平日昼間、都内にある某大型水族館へと足を運ぶことと相成った。水族館の周辺は当然バレンタインモードに入っており、なぜか「恋人だけでなくお父さんやお母さんにもチョコをあげて感謝を伝えよう」などと間口を広げている様子。
それらを横目に入場料を支払って水族館の中に入ると館内のカップル率は予想を大きく上回るものだった。8割がカップル、1・5割が家族連れ、残り0・5割がただの魚好きのさかなクンみたいな危ない奴らで形成されていた。
ほぼすべての水槽のガラスの左上にはハートマークのシールが貼られていてそれをバックに2ショット写メを撮るのがどうやら主流のようだ。しかもこの狭い空間で自撮り棒を使って小さなイソギンチャクをバックに顔を寄り添って何度も撮り直しているのだから邪魔で仕方ない。
マグロの魚群がぐるぐる回っている円筒状の水槽を眺めながら久しぶりにCR海物語でも打ちたいなと思いを馳せていたら「すいません、写メお願いします」と我々さかなクン組にも平気な顔して頼んでくるから余計にタチが悪い。
順路を進むととある水槽の前に5組以上のカップルが集まっているのを発見。どうやらキッシンググラミーなる小さな魚が互いの口と口を合わせてキスをするらしくそれを見ることができたカップルは末永く結ばれるという伝説があるのだという。そのキッシンググラミーが生息する〝東南アジアの水辺〞という意識高い名称の水槽前に手を繋いだカップルが大勢陣取っているのである。
しかし水槽の片隅に表示されている解説文をよく読むとキッシンググラミーが口と口を近づけるのは自分の縄張りを主張する行為であり、つまりは喧嘩をしている状態なのだという。そんな光景を見たカップルはむしろ別れの前兆だろうと思うのだが、そうとは露知らず、身体を寄せ合ったマヌケなカップルたちが今か今かとその時を待ち望んでいるのであった。
そして待つこと15分、ようやく2匹のキッシンググラミーが接近したかと思うと一瞬口と口を交差させる。するとカップルたちの歓声と拍手が沸き起こり、「フー」とか「ヒュー」とかわけのわかんないことを口走りながら盛り上がりは最高潮へ。
リア充カップルたちはその後も順路を先に進むごとに1つ1つの水槽の前で立ち止まっては「このお魚さん、何ていう名前だろうね」
とどうでもいいことを言いつつ、指と指を絡ませて前戯を始めている。挙句の果てにはただのメダカに対しても「神秘的だね」とか「ハワイにいそうだね」とか言いながら若干前屈みになっている男なども見受けられた。
全方位カップルに囲まれてもはやこれまでかと思っていると「まもなくバレンタイン特別ショーが始まります。ラグーン前にお集まり下さい」という館内アナウンスが流れてカップルたちの大移動が始まった。
一体どんな大がかりなショーが始まるのかと思いきや、館内で最も大きな水槽内にダイバーが現れて魚たちへの餌やりを開始。これとバレンタインどう関係あるんだと思っていると最後にダイバーが胸の前で手でハートマークを作ってそれを前後に揺らして〝ドキドキ〞のポーズを取ってショーは終了。
さすがのリア充カップルもこれには呆れているだろうなと思って隣を見たら目を潤ませているブスな女の肩を優しく抱き寄せる男の姿があった。もう限界だと思った。
俺は「神のご加護を」と小さく呟いて館内をあとにしたのであった。