会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

中高年になって初めての転職活動の厳しすぎる現実

世間はぼくをどう見るのだろう
一度でいいからサラリーマンを経験しておけばよかったと思うことがある。ボーナスをもらってみたいとか、職場の人間関係がどんなものかとの興味もあるし、通勤電車に揺られたり残業したりというのがどんなものなのかも体験してみたかった。ぽくは就職経験が皆無なのである。しようと思ったことは2度ある。

最初は大学4年の秋。映画が好きだったので「にっかつ」に履歴書を送ったのだ。制作の募集はなく、営業職というところにノリきれないところはあったが、入ってしまえば制作になれるだろうしと根拠なく考え、試験前夜に公開作品を観て気分を高めた。ところが、映画館を出たところでなぜかケンカに巻き込まれ、血だらけになってしまった。翌朝は片目がつぶれ、口元もしゃべれないほど腫れてしまい、なんだか急に面倒になりキャンセル。にっかつ、その後すぐつぶれたけどな。

2度目は卒業間近。実家から、とにかくチャレンジぐらいしろとハッパがかかったのである。それで新聞広告で適当に応募し、面接もクリアして採用されることになった。百科事典かなにかのルートセールスの仕事だ。研修初日の昼休み、ぽんやりしていると中年の主任とやらに将棋をしようと誘われた。気が進まないまま対局したら、最初はぽくが勝ち2局目は敗戦。するとネチっこく「もう一度やって決着をつけよっ」という。昼休みも終わりかけているのにである。その将棋が煮えきらない長考型でグチっぽいとくれば、こっちはどんどん勤労意欲を失うばかりだ。チャイムが鳴ってもやめようとしない主任を見て「こんなヤツの下で働くのはイヤだ」と思ったので、終わると同時に「辞めます」と告げてとっとと帰宅してしまった。

その後は週払いのバイトでしのぎ、後輩に紹介された編集プロダクションのバイトを数力月で辞め、フリーライターになった。以後はずっと原稿を書いて生活しているから、結局、職歴といえるのはこれだけなのだ。そんな生活をしているとどうしても世間が狭くなる。日常的に顔を合わせるのは業界人がほとんどだし、友人関係も自然とそうなってくる。かつての友人たちとは時間が合わない、話題が合わない、たまに会っても昔話しかしないのではつまらない、との理由でしだいに疎遠になってしまった。仕方のないことだ。いまの生活が不満なのかと聞かれたら、そんなことはないと答える。

ただ、ときどき思うのだ。出版業界のなかだけをみれば、なんとなくベテランってな扱いを受けたりもするけど、世間一般のなかで自分はどんなポジションなのかと。ニュースで同年代のサラリーマン平均年収などが伝えられても別の世界の出来事のようで全然リアリティないもんなあ。

「フリーライターですか。いいですねえ、自由で」

これまで、さんざん聞かされたセリフだが、その仕事を辞めて、ただの42才の男になったとき、世間はぽくがやってきたことをどう評価するのだろう。正直なところを知りたい。就職活動をしてみればわかるはずだ。失業者の高いいま、冷やかしで就職活動するのは失礼だとも思うが、彼らの職を奪うわけではないし、一度でも面接を受けられればそれでいい。

ぽくはこの春から日曜日ごとに朝日新聞の求人欄に目を通すようになった。ところが、思った以上に現状はシビアである。求人欄を埋め尽くす広告の大半は年齢制限で応募資格なし。残りの多くは高齢者向きの、魅力に乏しい仕事なのだ。自分が求める仕事を見つけ、そこでの評価が聞きたいのだから、これでは話にならない。6月後半、ぽくは新聞に見切りをつけ、職安(ハローワーク)へ足を運ぶことにした。
職安は新宿エルタワービルにあった。静かだから切迫感を感じないが、ときどきタメ息が聞こえたりして、空気は重い。初めてきた人間は登録申し込みが必要なのだろうかと受け付けに近づくと「求職ですか」と尋ねられた。うなずくと札を渡され、番号が合致するパソコンで調べろと言う。

室内はパソコンだらけで、みんな黙々とキーを叩いている。画面表示に従って求人情報を調べ、求人票が5枚までプリントアウトできるシステムなのだ。情報を見るには男女別、年齢と希望給与額、希望職種、業種、エリアなどをインプットする必要がある。さて、どうするか。まず希望給与額だが、42才なんだからと強気に45万円としてみた。

つぎは職種。フリーライターなんてツブシのきかない仕事なのだから、営業ぐらいしか思いつかない。探せば出版・印刷関係もありそうだが、いまの仕事を辞めるとしたら別の職種がいい。うん、営業だ。業種はサービス業でいいかな。エリアは23区と都下。よし、GOえーと、条件に合致するのは…10件だ。少ないだろうとは予想していたが、たったこれだけなのか。しかも、詳細を見ると条件として「管理職経験者」と書かれているものがほとんどである。残りも給与は30-50万などとなっているが、よく見ると基本給は安くて歩合制が導入されている。業種を変えても傾向は同じだ。

そっか、ボーナス。ボーナスを忘れていたね。これがあれば給与40万でも悪くない。が、出てくる数は多少増えたものの、内容は似ている。業種を変えても同様。質は一緒。42才営業職に世間が求めるものは豊富な経験、できれば管理職キャリアなのだ。この日はタ方で相談窓口の受け付けが終わっていたので、翌日の午後、出直すことにした。方針が間違っているのかも知れないし、ここは待たされたとしても指導を仰ぐのが得策だ。椅子に座り、順番を待っていると、目の前の席にまだ10代に見える少年が座った。

どうやら家出でもしてきたらしく、現住所なし、職歴なし、特技なしの三重苦。おまけに本人にもやる気が感じられず、ハナっからふてくされた態度である。しかし、相談員は粘り強く説得を開始。そんな態度では仕事など見つからないことを、時間をかけてわからせてゆく。そして、最後には目にうっすら涙を浮かべ「がんばります」と少年に言わせてしまった。仕事とはいえ熱心さが感じられ、じつに頼もしい。これなら、ぽくも的確なアドバイスが受けられそうだ。
やっと順番がきた。窓口で「フリ―ライターをしているが食えないので仕重を探したい」と嘘をつき、サラリーマン経験がないので営業職にトライしようと考えていることや家族構成など、あとは正直に現状を伝えて反応を待つ。

「42才ですか。キビシイですよ」相手の第一声はこれだった。ぽくとしては、ここで「おもにどんなジャンルで働いていましたか」と尋ねられることを想定していたのだ。でも、相談員はそんなの無視。いきなりウイークポイントである年齢について切り込んできた。

「収入の希望は?」「45万、…いや、40万あれば」
「ん、それではほぽ見つからないでしょう。30万ならあるかと思いますが、未経験ということですし、できれば25万くらいで探さないと」

おいおい。25万ってのは安すぎないか。それでは生活できないよ。そこまで妥協できないと強気で言うと、相談員は資料を出してきた。

「これが現実なんですよ」
示されたのは35~44才の求人率。数字は求職者数と求人数がほぽ同じ、100%ほどとなっている。ところが、さらに細かく年齢別に見ると40才を境に求人数は大きく変わり、求職者のせいぜい半分にまで下がるのだ。45才以上になるともっとひどく、25%程度だ。

「42才というのは、そういうことなんです。ですから、できるだけ幅を広げて探さないとね」

相談員は親切だったが、言いたいことはつぎの3点のようだった。

・金は二の次。仕事にありつくことをまず考えよ。

・職種、業種を選べる歳ではない。

・フリーライターであったことはキャリアのうちに人らない。

相談が終わるとパソコンに行って希望給与30万(いくらなんでもと思ったのだ)で2社を選び、紹介状を出してもらった。これを面接のときに見せるというわけだ。そのうちの1社はとくに条件も、うるさくないから脈ありに思える。思えば、このときまでのぼくは相談員にきついことを言われても半信半疑だったようだ。電話をかけるときも頭のなかは面接が決まったら着るものを買わなければとか、気に入られたらどうやって断るかとかばかりだった。だが、そんな心配は無用。相手は面接どころか、ぽくの職業を聞くなり沈黙し、来なくてもいいと言ったのである。

「会社員ではないんですね。それでしたら、うちではちょっと難しいですね」

驚いた。ここでも相談員と同じく、フリーライターであることがマイナスに働いたのだ。ライターなんてどうでもよくて、フリーでもう失格。人間性以前に、相手にとって、ぽくは単にわけのわからない自営業の42才でしかないのだ。ちなみに、ぽくが応募したのは清掃関係の職員。特別な資格もキャリアも必要とは書かれていない。いったいどうなっているのだ。