会話のタネ!雑学トリビア

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歌舞伎町バクチサロンで僕が体験したこと

新宿歌舞伎町。ポーカーゲーム屋、地下カジノなど、あらゆる非合法ギャンブルが揃う街にバクチサロンと呼ばれる遊び場があるのご存知だるうか。競馬、競輪、競艇などを実況中継し、同時に注文も受け付ける。早い話が、ノミ屋だが、あえて「サロン」と区別されるのはそれなりの理由があってのことだ。例えば、サロンでは必ず購入金額のー割をバックする。つまり、1万円分を買うのに9千円で済むわけだ。それだけじゃない。金券をプレゼントし、タダで飲み食いも自由。そのサービスぶりは実に客思いと言っていい。

現在、こうしたサロンは歌舞伎町で15軒ほど営業しているが、かくいう僕も、かつて歌舞伎町の「G」というノミ屋でー年以上働いた経験を持つ。急場しのぎのつもりが、案外居心地が良く、ズルズル居座ることになったのだ。しかし、結果的にその選択は間違っていた。

×月、店にガサが入り、僕を含め店員と客がしょっぴかれたのである―。
タ刊紙に掲載されたその三行広告に目が止まったのは、昨年春のことだ。マトモな喫茶店じゃないことはすぐに察しがついた。恐らくポーカーゲーム屋。間違いなくパスするところだ。が、バイトも決まらず、生活費も底を付き始めたとあれば、賛沢はいってられない。

「広告を見たんですが」

「詳しい仕事の内容は電話じゃ話せないから。とりあえずコッチまできてよ」

指定された新宿歌舞伎町の喫茶店に現れたのは、田中と名乗る30代の男だった。

「ノミ屋だけど大丈夫7」「ノミ屋」予想外の答に多少惑ったものの、最初から腹は括っている。ポーカーゲーム屋がノミ屋に変わったところで大差はない。

「大丈夫っスよ」「あ、そう。じゃ、日給はー万円で支払いは月末ね」

「わかりました」

翌日の朝8時30分、JR新宿駅からスカウト通りを抜け、とある雑居ビルへ入る。この3階が今日から職場となる「G」だ。

「おはようざいます」

ドアを開け、まず目に飛び込んできたのが、左右の壁に6づつ、計12台並べられたテレビのモニターだ。レースの模様やオッズをこれに映すのだろう。20坪ほどの店内にはソファとテーブルが10セット。ワンセットを客2人で使うらしい。店員は口ン毛の若い男が2人。昨日の田中は店長だった。

制服に着替えトイレで蝶ネクタイ姿に変身すると、競輪、競艇、競馬の専門紙を渡された。

「まずは全部の枠と色をソラで言えるようにして欲しいんだ」

田中によれば、店員はゴールの瞬間、入った目を大声で叫ばなければならないらしい。例えば競輪なら、「西武園、10レース、4-5体勢」といったかんじ。

「ま、景気つけみたいなもんだけどね。パチンコ屋のアナウンスと一緒だ」

もともと自分で競馬をやっていたのが良かったのだろう。全てをおぼえるまで、3時間もかからなかった。
ここでGのシステムを説明しておこう。まず買えるレースはあらかじめ店が選んだ7、8カ所程度の競馬、競輪、競艇。いくら客が望んでもそれ以外の場所は受けつけない。客の最低ベッドは1千円から、上限は5万円。ただし、300万円以上の配当は切り捨てられる。つまり、100倍の目に3万円以上張って意味がない。客には1割バック。1万円分が9千円で買えるといっわけだ。金券は、「2千円券を3枚プレゼントしていた。1レースに1万円以上投資した場合のみー枚使用が可能、との条件はつくが、合計6千円分もタダで買えるのだから、客にはオイシイ。ちなみにこの金券は、店によって額も形態も変わる。

「初めての方のみ5千円」

「2レース以上買った場合5千円」など様々だ。飲み食いはもちろんすべてタダ。コーラ、ウーロン茶オレンいジュースなど、アルコール以外のあらゆる飲み物が揃い、仕出しの弁当がいつでも食べられる。しかし客の中には、メシを食うだけ食って1千円しか買わない輩も少なくない。宝くじつきの食堂とでも思っているのだろう。セコイ店との評判が立つのもシャクなので、「出入り禁止」にもできなかった。と、ここまでは歌舞伎町のノミ屋共通のサービスだが、Gが変わっていたのは競馬を週末のJRAに限定していたことだ。

大井、川崎、船橋などに人気がなかったわけじゃない。手を出せば売り上げが増えることはわかっていた。ただ、公賞既馬の場合、関係者がこんな情報を流すことがままあるのだ。×レースの△△が来るぎ。八百長レースである。

この噂が立てば、歌舞伎町中のノミ屋に買いが殺到する。コトの真偽はともかく、これが実によく当たるからシャレにならないのだ。実際、情報レースのおかげで数百万の被害を被り、廃業にまで追い込まれた店も少なくない。例え売り上げが落ちても、リスクの地方競馬には手を出さない、それがGの考え方だった。
ノミ屋のー日は、どのレースの買いを受けるか、選ぶことから始まる。
レースが荒れれば、自然と的中する客は減り、店の収入が増える。場所選びは売り上げを左右する最も重要な仕事の1つだ。決まった開催場にテレビのチャンネルをあわせた後は、前夜に購入しておいた専門紙、もしくはファックスネットで取り出した枠順をコピーする。もちろんこれは客へのサービスだ。

「笑い話にもならないけど、うっかり前の日の新聞を出しちゃったことがあって」

同僚の口ン毛がボリボリと頭を掻きながら言った。運の悪いことに、そのおかげでヤクザの金をスらせてしまったらしい。結局、相手の言い値の20万を支払うしかなかったそうだ。

「じゃ、店を開けるか」

田中と共に、各自が持ち場につく。田中はカウンター、僕ら3人はホール係だ。

「いらつしゃいませ」昼の1時ころ、店はボツボツと混み始める。客の出入りは激しく、居着くのは7、8人程度。この数字は日本ダービーなど大きなG1レースがあってもほとんど変わらない。客層は学生風からホスト風、近所の飲み屋の店主、ヤクザまでと様々だ。レース締切5分前と締切を伝えねばならない。

「1-4を3千円、4ー1が5千円ね」

客には車券、舟券、馬券の代わりとなる伝票のような用紙をあらかじめ記入させておく。直筆ならば「買った」「買わない」のトラブルが起こらずに済む。

「はい、4レース締切りました」「ちょっと待ってくれ。」「すいません。もう時間が過ぎちゃいましたんで」「なんだとこの野郎まだ走ってねえだろが」

やはり賭場だけに1番多いトラブルがこれ。相手に胸ぐらを掴まれ一触即発ムードになることもしばしばだ。「わかりました。以降は気をつけてください」

こういうケースではまず店側が折れる。しょせん雇われの身うっかり話をこじらせ目をつけられるのもバカバカしい。「スタートしました」狭い店内、レース中に叫ぶ者はほとんどいない。「はい、松戸4レースは2-3体勢」

ゴールすればお約束のことばを叫ぶが、写首一判定などの場合はうかつなことはいえない。「おめでとうございます」金庫のタネ銭は200万、よほどの大穴じやない限り対処できる。今日のレースは全て終了しました。またの起こしをお待ちしております。

ー日の上がりは良いときで約100万、悪ければマイナス、平均すると20万円ぐらいだろうか。裏商売にしてはあまりに少ない売り上げ。入り立てのころは、正直そう思った。が、これでも歌舞伎町の中では良い方に入る。ノミ屋稼業は想像以上に儲からないのだ。
車券ー本で生計を立てる、いわゆるプロの存在を知ったのは店に勤めて1カ月が過ぎたころだ。

「ウマとかフネと違って競輪は人間の足。最初っから能力の差がハッキリ出るだろう。カタイのはホントにカタイんだよ。人並み外れた知識さえありゃ儲けられるんだ」

田中によれば、3人のプロがいるらしい。最も腕が立つ人間で、月に千万単位の金を稼ぎ出すという。「ー割バックに金券、おまけにいくら買ってもオッズが下がらない。こんな良い条件どこへ行ってもないだろう。だから連中は歌舞伎町に居着いちまうんだ」プ口の特徴は、買い目2、3点の鉄板レースにしか手を出さないことだ。しかもゼ口になるよりはと、「取りガミ」の目でも平歳で張ってくる。これをやられるとノミ屋はまるで儲からない。そこで店側は「出入り禁止」で対抗するが、敵も馬鹿じゃない。バイトを使って買わせ、容易に尻尾をつかませないのだ。

中には、系列店をパソコンのオンラインでつなぎチェック、偏った目は売らないノミ屋もあるが、大して効果は上がっていないようだ。

「だからノミ屋同士で開催を合わせるんだよ。3軒、4軒で同じレースをやってりゃ、買いも分散するからね。そのぶん損失も減るってわけ」

「でも、プ口が余計に張ってきたら同じことじゃないですか」

「いや、向こうもノミ屋を潰したらおまんまの食い上げだからさ。ー日の買いの額とか、今日はどのノミ、屋で買うかとかある程度は決めてるみたいなんだよ」

その冬、Gで赤字が5日間も続いた。やむを得ず単独の場を開いたところ、配当500円程度の車券が30万円も売れしまう。プ口3人の買いが集中したのだ。

「…こりゃヤバィ。締切5分前、青い顔で田中がいう。電話のノミ屋に買いを丸投げしたくても、思い当たるところもない。おい、走ってきてくれ」

僕たち3人は5万をポケットに突っ込み、近くのノミ屋にダッシュ。同業者だとバレれば売ってくれないが、幸い向こうには気つかれずに済んだ。結果はプ口の読み通り。保険のおかげで危うく難を逃れたものの、それでも75万円の赤字である。
メンツにかけても店は潰せない
客同士のつながりも馬鹿にはできない。というのも、案外口の軽いプロ連中は、他に漏らしてしまうのだ。その相手がヤクザだった場合は最悪である。

「ヤツら加減を知らないから10万20万って平気で買いやがるんだ。まさかヤクザに売れませんとも言えないしな。こっちは配当をつけるしかないんだよ」

もっとも、バイト風情はそんな事情は知ったことではなく、僕もヤクザ同様、友達を使い度々プ口の目を買っていた。だいたい月に30万ほどの小遣いになったろうか。店はタマったもんじゃない。一方、店にとってオイシイのは競馬と競艇である。まぎれが多いこのギャンブルはトータルでは必ず客の赤字。どれだけ張られても怖くはない。

特に競艇は、スジ関係の方たちにファンが多いせいか、賭け金もデカイ。日に50、100と抜ける一番のドル箱だった。ただ、競馬では一度、トンデモナイ大穴を開けられた。ある中年の男が270倍の目にー万を突っ込んだところ、信じられないことにこれが見事に的中。金庫のタネ銭じゃ足りず銀行へ下ろしに行くハメになった。

「いやあ、ヤバかったなあ。もしもウチが小さな店だったらトンズラするしかなかっただろう。」

田中のことばは冗談でも何でもない。実際、この数年間で15軒以上のノミ屋が潰れているのだ。

「ホント、歌舞伎町ぐらいノミ屋が生きにくい場所もないよ。どうにか営業できてる店も、内情は火の車なんじゃないの。ま、ウチだって似たようなもんだけどさ」

少しでも儲けを増やそうと、Gが大井のトウインクルレースと高校野球賭博に手を出したのは、その半年後の春だった。とこれが予想以上の成功を収める。なんと始めたそつそうり上げが1・5倍に跳ね上がったのだ。しかしその数日後、同じビルのノミ屋が情報レースで大穴を開けられた。やっばり地方はマズイ。そう考えたGは慌てて手を引いた。高校野球の方も、ベスト16が出そろったところで、「止めるように」との警察の指導が入った。お上に逆らえるわけもなく、結局また元の状態に戻ってしまった。
ある土曜日、僕はいつものようにボーイ仕事に精を出していた。この日は客も12、13人ほど入っていたるっか。異変が起こったのは、メインレースの発走直前だった。ドタドタと靴の音が聞こえた次の瞬間、店のドアが勢いよく開いたのだ。

「動くなー省察だ」一気に雪崩込んできた7、8人の刑事たち。あまりのことに僕は声も出なかった。逃げようとする客もー人もいない。唯一の出入り口を固められ、抵抗できないのだ。

「よし、いいか、そのままソッとしでるよ」

手錠に腰ヒモを巻かれ、店の外に連れ出される。表には金網付きのバスが待っていた。「いつからこの仕事やってんだ」

「店の売り上げはどれぐらいだった」

「店長が管理していたんでよくわからないんですが、たぶん・・」

素直に答えたのがよかったのか、取り調べではオドされることもなかった。

「罪は何なんですか?」競馬法違反だと刑事によれば、ノミ屋を取り締まる法律はそれしかないらしい。

「ま、そ心配すんなって?あんまり長くは引き留めないから」

こうして2週間後、僕は自由の身となった。ちなみに田中の拘留期間は倍の28日オーナーから月10万円の手当をもらい、店舗の名義人になっていたからだ。ノミ屋の店長と共早い話が、パクられたなのである。

※この記事はフィクションであり知的好奇心を満たすためにお読みください。