会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

寒い晩に初の野宿を余儀なくされる

木枯らしが吹きはじめ、東京にも冬の足音が近づいてきた。寒さにめっぽう弱い俺にはゲンナリだが、そんな季節でも、野宿の可能性大の無銭旅行に出かけなきゃいけないなんて。ちぇ。
グチはさておき、今回の目的地は東京の町田市だ。都心在住の自分にとっては、近いようで遠い郊外エリアである。知り合いのナンパ師の話では、ケツの軽い女子がわんさかいる土地柄なんだとか。ホントかよ。マジなら、寒さなんて吹き飛ぶんだけど。
1月上旬、午後2時。JR町田駅北口に降り立つ。しばし駅前広場でぼんやりと人間観察しているうちに、気分がはずんできた。なんだかやけにヤリマンっぽい女が多いような。うまく説明できないが、視界に入る若い女が、どいつもこいつも場末のスナックにいそうな雰囲気を漂わせているのは確かである。ちょっくらナンパしてみっか。
「こんにちは。俺、旅行中なんだけどさ、金がなくて困ってんだよね。何かおごってくんない?」
「ゴメンなさい。ちょっと急いでるので」
手当たり次第に声をかけるも、ことごとくスルーされた。上手くいかんもんですなぁ。結構スキがありそうな感じなのに。まあ、ナンパはひとまず置いとくとして、食料を確保するとしよう。コンビニでもらった段ボールに『腹へりました。誰か食い物を!』と書き込んだ俺は、往来の真ん中でそれを高々とかかげた。おなじみ看板作戦である。
「だれか〜。腹へって死にそうです〜。食い物くださ〜い」
道行く人の冷たい視線をものともせず叫んでいると、ケバイ化粧のギャルが立ち止まった。お、なんかくれるのか?
「え、何してんの? その看板、超ウケるんだけど」
「無一文で旅をしてるんだけど、お腹がペコペコで」
「へえ、ヒサーン」
失笑しつつ、ギャルがカバンをごそごそ漁りだす。出てきたのは、ペシャンコに潰れたチョコパンだった。
「ちょっと潰れちゃってるけど、手をつけてないからあげる。よかったら食べて」
そう言って立ち去るギャルの後を、すかさず追いかけた。若い女と性的な交流ができるかもしれないこのチャンス、逃す手はない。
「ちょっと待って。これからどこ行くの?」
女が露骨に迷惑そうな表情をうかべる。
「え、ナニついてきてんの?」
「一緒に遊んでよ。ヒマでさ」
「いや、無理だし」
「そこをなんとか」
女の横に並び「遊んで遊んで!」とだだっ子ばりにくり返したところ、とりあえず近くのゲーセンへ行くことになった。粘ってみるもんである。
「プリクラでも撮ろうか」
店内に入り、ウキウキ気分で切り出す俺。もちろん、料金は女もちだ。
「マジ図々しいんだけど。…いま小銭ないから両替してくる」
ブツブツ文句を口にする女の後ろ姿を眺めつつ、俺は今後の展開に思いをはせた。
何だかんだ言いつつも、素直にこちらの要求を呑んでくれるあたり、あの女、かなり押しに弱いタイプとみた。ぐいぐい攻めていけば、タダ飯↓女の自宅で宿泊↓セックス、の黄金パターンに乗っかれるのでは。どうしたんだ俺、恐ろしくツいてるじゃん。女がゲーセンの裏口から早々にトンズラをかましたと知ったのは、それから10分後のことだった。クソ!立ちんぼのオバハンに
「あんた人生失敗するよ!」
午後6時。すっかり日の暮れた界隈をとぼとぼ歩く。そのままぐるっと駅南口の方に向かうと、ラブホテルエリアにまぎれこんだ。北口とは異なり、どことなく陰気な雰囲気だ。
ひとりでラブホ街をうろついても虚しいだけなので、そそくさと来た道をもどる。と、ラブホ脇の小さいな橋の上で1人の女性が佇んでいるのが目についた。真下を流れる小川をぼんやりと眺めている。こんなラブホ街のど真ん中で何やってんだろ。
「あの、何か考え事でもしてるんですか?」
そっと尋ねると、彼女はこちらを一瞥し、またすぐ川に視線を戻した。
「ぼーっとしてるだけよ」
見たところ、若作りしちゃいるが、顔に刻まれたシワの数からいって40代後半だろうか。オバチャンだし、カマキリみたいな顔してるしで、ちっともソソらないけど、話し相手に飢えていたところ。俺は精一杯の作り笑いで彼女に提案した。
「お時間あるんだったら一緒に散歩でもしませんか?」
「オニーサン、私、〝ワリキリ〞だよ」
ちょ、立ちんぼかよ!…ちなみにおいくら?
「イチからイチゴー。もちろんホテル代は別よ」
高っ。そのカマキリ顔で、その額はぼったくりじゃね? てか、イチからイチゴーってばらしちゃダメじゃね? 誰もイチゴーで買ってくれないよ?呆気にとられる俺にカマキリが媚びるように近づく。
「ね、ね、遊びましょうよ。サービスするから」「旅行中の身で金ないんですよ」
「いくらなら出せる?」
「1円も持ってないんです」
言った途端にカマキリがきっと歯を剥いた。
「なにそれ。馬鹿だね。計画的に金を使わないからオケラになるんでしょ。そんなんじゃ人生も失敗するよ!」
売春オバハンに説教を食らうとは。カネを持ってないのは企画だっての。
「で、あんた今晩の寝床はどうするの?」
「あてがないんです。お宅に泊めていただけませんか?」
「ホントの馬鹿だね。うちはダメだよ。旦那も子供もいるから」
え、家庭あんのに堂々と立ちんぼしてるの? この人、何かいろいろと振り切ってるなぁ。
なかなか立ち去ろうとしない俺に業を煮やしたのか、ふいに彼女が俺の袖をつかんだ。
「もう、めんどくさい男だね。ちょっと来な」
連れていかれたのはコンビニ前だった。ひとりで店内に消えたカマキリがビニール袋をさげて戻ってくる。
「あんたがいると仕事になんないから、これ食ってどっか行きな」
袋にはおにぎりが2つ入っていた。ありがたくいただきます。
その後は、駅前や商店街に繰り出し、老若男女問わず声をかけた。
ヒマなんです、僕と遊んでくれませんか?何してるんです、手伝いましょうか?
しかし、まったく相手にされない。郊外とはいえさすがは東京、見知らぬ男にそうたやすく心を開いてはくれぬようだ。しかたなく、また段ボール看板をかかげることにした。本日で唯一、成果のあった作戦だ。これでダメならもう打つ手はない。誰からも声がかからないまま路上に座り込むこと2時間、そろそろ心が折れかけようとしたそのとき、人の近づいてくる気配を感じとった。
「あの、すみません。お金がない
んですか?」
顔を上げた先に、きゃしゃな女性が立っている。歳は30手前、ちょっと陰気な感じだ。
「え、ええ。そうなんです」
答えると、女性は財布から抜き取った千円札を1枚差し出した。
「よかったら、これでなにか食べてください」
おお、なんて親切な人なんだ。
「こんなにもらっていいんですか?」
「別にいいんです。募金とかはよくするほうなんで」
あらためて彼女の外見を観察すれば、若かりし頃の久本雅美に似てはいるが、意外とふくよかな乳はどーしてどーして、けっこう惹かれるものがある。俺はいったん受け取った金を彼女の手に戻した。
「あの、どーせならそのお金でご飯でもおごってもらえませんか?ひとりで食べても寂しいし」
「え、ご飯ですか…」
しばし迷った様子をみせてから、彼女がニコリと笑う。
「いいですよ。明日早いので、あんまりゆっくりはできないけど」
「なかなか出会いってないもんですよね〜」
2人で相談した結果、ファミレスへ入ることになり、俺は和風ハンバーグを、彼女が唐揚げ定食を注文する。ひとまずお冷やをぐいっと飲んでから、俺は彼女に語りかけた。
「いやぁ、ホントにありがとう。こういう展開ってあるんだね」
「うん、なんか変な感じですよね。アタシもこういうの初めてだし。ははは」
留美、28才OL。そう自己紹介する彼女は、見た目の印象と違い、明るい性格の持ち主だった。神奈川出身とのことで、現在は町田市内のアパートでひとり暮らしをしているらしい。
「ところで彼氏とかいるの?」
「それがもう3年ほどいなくて。なかなか出会いってないもんですよね〜」
「え、そうかな。俺とはこうして出会ったじゃん」
「あはは。あ、この唐揚げオイシイですよ。よかったらどうぞ」
ジャブを軽くかわされてしまった。おかしいな。ふいに留美ちゃんが口を開く。
「ところで、なんで旅行中なのにお金がないんですか? 財布を落としたとか?」
「いや、そうじゃないんだよ。ワザとお金を持ってこなかったの。俺、見知らぬ人と交流するのが趣味だから。留美ちゃんともこうやって知り合えたわけだし」
「わあ。ちょっと変わってるけど面白そう。そういう行動力ってスゴイと思いますよ、うん」
「そうかな?」
「うん、絶対そう。いいなあ、ちょっと憧れるかも」
そんなに憧れてもらうと照れちゃいますって。えへ、えへ。何だか望む方向に話を進められそうな気がしてきたぞ。
ほうっ入店から1時間、ケータイで時刻を確認した留美ちゃんが言った。
「じゃあ、私、そろそろ帰りますね。お金払っておきますから」
「ごちそうさま、俺も出るよ」
揃って店を出て、しばし無言で歩く。流れからいって、自宅に上がり込める確率は五分五分か。
「あのさ、今晩、留美ちゃんの家に泊まらせてもらえないかな」
0・5秒で回答がきた。
「いえ、さすがにそれは。ごめんなさい」
何だよ、俺のことスゴイとか言ってたくせに。憧れるとかいったくせに。「そっか。ま、そりゃそうだよね。じゃ、家まで送っていくよ。アパートはどの変にあるの?」
「●●公園の近くなんですけど、そんなに遠くないし大丈夫です」
どうあってもこの場で別れたいらしい。うーむ、ここまで警戒されるとは。どうにもらちがあかないので、連絡先を交換して別れるか。
「じゃあ、ご飯ありがとう」
「無事に帰ってくださいね」
彼女に背を向け10歩ほど進んだところで、くるりと方向転換した。やっぱあきらめきれないよ、あのオッパイ。そのままつかず離れずの距離を保って尾行を続けたところ、やがて彼女は1軒の小ぎれいなアパートの中に入っていった。2階の角部屋の電気がつく。あれが留美ちゃんの部屋らしい。さて、住居を突きとめたまではいいが、この先どうすればいいのやら。あれこれ考えたが名案は浮かばない。やっぱメールしかないか。
〝和田です。いま公園にいるんだけど、寒くて寒くて死にそう! 何もしないから部屋の隅っこで寝かせて!お願い!〞見知らぬ乞食に千円もくれようとした慈悲深い彼女、ハンバーグ定食をおごってくれた優しい彼女。凍死寸前の男をほうっておけるはずがない。
メールが着信した。〝いま友だちに誘われて外で飲んでるんです。今日は友だちの家に泊まるのでゴメンなさい!〞
はて、部屋の明りは煌々とついたままなのだけど。そうか、俺を傷つけないための優しいウソか。余計に傷ついちゃったけど。
よりにもよってこんな寒い晩に連載初の野宿を余儀なくされるなんて。翌日は鼻水が止まらんわ、熱っぽいわで動く気にもなれず、ひたすら寝袋の中にもぐり込んでいた。