会話のタネ!雑学トリビア

裏モノJAPAN監修・会話のネタに雑学や豆知識や無駄な知識を集めました

東京から無一文で旅行

今月の目的地は沼津だ。例によって例のごとく、テキトーに選んだ土地に過ぎないが、長い冬が終わり、ようやく訪れた春にふさわしい、温かな交流が待っていることを期待したい。
正午。晴天に恵まれた春らしい日、沼津駅に降り立った。駅前はデパートや大型ビルが並び、意外と賑やかな印象だ。ひとまず通りに面したベンチに座り、どこへ向かうか思案していると、しばらくして、誰かが隣にドスンと腰をかけた。見るからにホームレスといった感じのオッチャンが、手をこすり合わせながら何ごとかを呟いている。思わず声をかけた。
「こんにちは。いい天気ですね」
「はいはい、こんにちは。お宅さんはどなた?」
「東京からお金を持たずに貧乏旅行してまして」
こういうと大抵の人は「え、どういうこと?」と怪訝な表情になるものだが、オッチャンは涼しい顔だ。
「ああ、そうなの」
持っているモノも妙だ。晴天にもかかわらず右手には傘、そして左手には漢字がいっぱい書きこまれた謎の発泡スチロールが握られている。「その発泡スチロール、何なんですか?」
「達筆でしょう。これはボクが書いた呪文なんです」
「は?」
目を凝らすと、差し出された謎の漢字の羅列が、「市原悦子」「岩下志麻」など、オバチャン女優の名前を表わしていることがわかった。これが何故に呪文? ワケがわからん。
「いいですか、この呪文を唱えるとね、健康になれるんですよ。やってみましょうか?」
そう言うと、今までニコニコしていたオッチャンの顔つきがガラっと険しくなった。
池上季実子! 森下愛子! 田中美佐子!……」
まるで修験者のような形相で女優の名前を連呼するオッチャン。その大声に、道行く人が何ごとかと顔をしかめている。イヤ〜な予感がしてベンチから立ち上がろうとすると、すかさずオッチャンが俺の腕をつかんだ。
「おい、まだ終わってないぞ! 森尾由美! 加来千賀子!」
めっちゃ怖いんですけど。口調まで変わってるし。
「一緒に呪文を唱えてみなさい」
「あ、俺はいいです…」
「いやぁぁ、ダメェ〜〜〜! 唱えなさい!」
この異常テンション。逆らうとリアルに危害を加えてきそうな勢いだ。ここは大人しく言うことをきこう。
「えー、池上季実子ぉー、も、森下愛子ぉー」
駅前の衆人環視という状況で、女優の名を叫ばされる理不尽。31年にわたる俺の人生の中で1、2位を争う意味不明な状況だ。そんな俺の気持ちなど知りもせず、オッチャンは満足そうにうなずいている。
「そうそう、いいぞ」
「た、田中美佐子ぉー、森尾由美ぃー」
「そうそう」
沼津に着いて早々に、こんな展開になるとは。どうやら俺は、とんでもないのにちょっかいを出してしまったらしい。さっそく100円玉がありましたよ
「どう、体の底がポカポカしてきたでしょう?」
一通り呪文を読み終わると、オッチャンはまた最初の穏やかな表情に戻っていた。確かに体は熱くなった。あまりに恥ずかしすぎて。ふと、オッチャンが思い出したように口を開いた。
「そういえばお宅さん、お金がないいって言ってたね。ちょっとついてきて」
まだ何かさせようってのか。もうこの際だ、とことん付き合ってやるよ。
しばらく街中を歩いたところでオッチャンが立ち止まったのは、どこにでもある自販機の前だった。まずオツリ口に小銭の取り忘れがないか確認し、それからゆっくりと体を屈め、傘で自販機の底をゴソゴソと掻きだす。
見つければいいんですよ」
どうも俺を新米ホームレスか何かと勘違いしているっぽい。いや、俺はそういうのじゃなくて…。
「あ、ほら、さっそく100円玉がありましたよ。はいどうぞ、進呈します」
え、くれるの? ラッキー。
「ね、どうです。バカにできないでしょ。がんばって探せば、ガッポガッポですよ」
棒きれを拾って俺もマネしてみたところ、オッチャンの言うとおり、あちこちの自販機からコインが出てきた。2時間ほどで400円ちょっと。コンビニでおにぎり2つとお茶を買ってもオツリが出た。どーせヒマだし、小銭があれば何かと便利だという理由で、小腹を満たした後もさらにオッチャンと小銭拾いを続けた。慣れとは怖いもので、最初は気になった通行人の視線にもいつの間にか、まったく動じなくなっている。そろそろ日も傾きだした時刻、地面にはいつくばる俺の背中に誰かの声が飛んできた。
「ちょっと、オニーサン」
ハッとふり返ったすぐ先で、警官が訝るように、こちらをにらんでいた。
「さっきから何やってんの。まさかお金とか拾ってないよね」
 ドキッ。これってもしかして怒られるのか?
「いや、あの、ジュース買おうとしたらお金を落としちゃって」
「ふうん、ならいいけど」
なお疑わしそうな視線を投げつつも警官は立ち去った。いつ逃げだしたのやら、オッチャンの姿はもうどこにも見当たらなかった。いったい何だったんだ、あの人。
せめて一緒に飲みに行こう
流れを変えたくなり、ヒッチハイクで沼津から移動することにした。国道で信号待ちの車と交渉すること6台目、人の好さそうな高齢の男性からOKをもらった。
「三島に向かってるんだけど、それでいいかい?」
三島市というと隣の市だな。もともと行き先はどこでもいいんだから上等だ。運転手は広田さん。小さな建築会社の社長さんで、ちょうど沼津の事務所から自宅のある三島へ帰る途中だったらしい。なかなかの話し好きで、広田さんに質問されるまま無銭旅行のことを話していると、彼はさも同情するように言った。
「ありゃあ、飯もろくに食べてないのかい。だったら何か腹に入れなきゃ」
なんと国道沿いの定食屋に連れてってくれるという。遠慮なく好意に甘えることにし、オススメのシラス丼をかき込む。うめー!「大げさだな。こんなの大したことねえよ。あ、そうだ。今晩ウチに泊まっていくかい? どうせ行くとこないんだろ?」
ありがとうございます!定食屋を出て、再び三島へ向かう途中、広田さんがケータイを取り出した。俺を自宅に連れて行くことを奥さんに伝えるようだ。
「いま向かってるから、布団とか用意しといてくれ。うん? なんで? そうか? いや、そんなことないだろ」
この話しぶり、どうやら家族に反対されているようだ。ま、そりゃそうか。どこの馬の骨とも知れぬ男を警戒するなというのが無理な話だ。
電話が終わった後、俺の方から水をむけた。
「あのー、ムリそうだったら別に大丈夫ですから」
バツが悪そうに広田さんが鼻の頭をかく。
「そうか、悪いな。孫がまだ小さいもんで、ウチのが必要以上に心配してるみたいでなぁ」
「いえ、そんな。今日は寒くないので野宿でも平気ですから」
律儀な人なのだろう。広田さんは必要以上に申し訳なさを感じているようで、せめて一緒に飲みに行こうと誘ってくれた。飲んべえの俺には、むしろそっちの方がありがたい。ついていきます!
私、ワイルドな人が好きよ
夜8時。連れてこられたのは、広田さんの自宅からほど近い、飲み屋街のスナックだった。5畳ほどの小さな店で、従業員はママと若い女性の2人。先客はいないようだ。
「いらっしゃい。あら、若い子連れてどうしたの?」
広田さんは常連客らしく、焼酎のキープボトルがカウンターに出てきた。そいつで作った水割りを俺も頂戴する。
「このニイチャン、東京から無一文で旅行に来てるのよ。変わったヤツだろ」
広田さんが俺との出会いをこと細かく報告すると、53才だというママの表情が、パッと明るくなった。
「へえ、すごいわねぇ。私、ワイルドな人が好きよ」
「おいママ、ヨダレが出てるぞ。ツマミ食いはダメだからな。ワハハハ」
さすがは田舎の場末スナック。実に〝らしい〞会話だ。広田さんに尋ねてみる。
「このお店にはずいぶん長く通ってるんですか」
「かれこれ、5年ほどか。昔は仕事帰りにウチの若い職人たちをよくつれてきたな。いまは景気悪いからちょっと減ったけど」
それを受けてママ。
「キミ、こんな面倒見のいい人なかなかいないわよ。広田さんに拾ってもらってラッキーだったね」
「はい、ホントそう思います」
「バカ、かしこまってないでもっと飲め飲め。いやぁ、何だか今日はニイチャンみたいな若いのと出会えて楽しいなぁ」
「俺もですよぉ〜」
飲んでしゃべって歌ってと、賑やかな時間はまたたく間に過ぎ、気がつけば時刻は夜10時を回っていた。「よっしゃ」と声を出し、広田さんが席を立った。
「明日、現場が早いからそろそろ帰るわ。ニイチャンはゆっくりしてきな。ボトルの酒、全部飲んでいいから。腹減ったら俺のツケで好きなモン食べとけ」
「いろいろお世話になりました。ありがとうございます」
広田さんが去ってからしばらくして、今度はスタッフの若い女性も早上がりで帰宅し、店内には俺とママの2人だけが残った。
いつの間にかチンコがガッチガチに
「私もそっちで飲もうかしら」
カウンターを離れ、俺の隣に座ったママが、空いたグラスに瓶ビールを注いでいく。
「私のおごりよ。飲んで」
「あ、いただきます」
気のせいか、だんだんママの体がじりじりと近寄ってきてるような。酔ってんのか?
ふいに彼女がこちらに視線を向けた。フフンと鼻で笑いながら、じっと俺の顔を眺めている。
「私さ、若いころちょっとだけフランスにいたことがあって、トルコ人と付き合ってたの。アゼルって言うんだけど、すごく似てるのよね、キミと」
満足気に、そしてややうっとりとした表情で目をパチクリさせるママ。…なんなのでしょうか、この空気。昔の恋人と似てる? もしかして俺、迫られてんの?あらためてママを観察してみる。川越シェフをいかついオッサンにしたような顔には、50代相応の小ジワやたるみが目立ち、体型は恰幅のよいドラム缶タイプときた。決してヤレなくはないけれど、進んで手を出すにはちょっとどうなのよてな感じだ。ママがさらに数センチ、距離を縮めてきた。
「何を難しい顔して考え込んでるの?おばさんと二人きりで固くなってんじゃないの?」
「あっ、いえ。ぜ、全然そんなことないです」
「ホントにぃ? じゃ、こっちのほうは固くなってないかしら」
股間を指先でツンツンとつつかれた。はう!
「キミ、付き合ってる女性はいないの?」
「い、いないっす」
「ふうん、モテそうなのに。おばさんみたいのは苦手?」
「いやいや、美人だと思いますよ」
「またぁ」
今度は服の上から乳首をいじくられた。ああ、そんな!
こうなりゃもう、乳繰り合うしかない。何気ない風を装い、ママの太ももに手を伸ばす。スリスリ。うむ、意外と弾力があってよろしい。ママが妖しく笑う。
「私、最近太っちゃって、お尻にお肉がすごいついちゃったの」
「へえ」
尻を触ってほしいようだ。どれどれ。おお、すごいボリュームだ。いやー、ママさん、想像してたよりエロいね。何だかイイ匂いもするし。
…いつの間にかチンコがガッチガチになっていた。ヤリたい、セックスしたい!そのとき、入口のドアがガラリと開いた。
「今晩は〜、ママ。まだやってる?」
ダブルのスーツを着た鳥羽一郎似のおっさん客を見た途端、ママが慌てて俺から離れた。イヤな予感…。
「あらやだ、ミタニさん!来てくれたの?うれしい〜〜。どうぞ入って」
それから店を出るまでの1時間、ママはひとときもその客のそばを離れようとはせず、一度もこちらに言葉をかけることはなかった。俺の存在など初めからなかったかのように。
あの舞い上がりっぷりからして、ミタニさんとやらはママのオキニか。なんて間の悪さだ。いやん、もう!
朝8時。公園の片隅に敷いた寝袋の中で目が覚め、昼過ぎに東京行きの電車へ。ポケットをまさぐると、例のスナックのライターが出てきた。ママさん、次こそは抱かせてもらうぜ!